勉強会の話
その話を持ってきたのはマリアであった。
「勉強会ですか?」
「はい。期末試験に向けて、生徒会のメンバーと一緒に勉強会をしませんか?ムシューさんが優秀なのは知ってますが、留学して最初の試験ですし。会長やカイム君が勉強を教えて下さるそうです」
「・・・大丈夫です。自分で勉強できます」
「遠慮は無しですよ。私も教わる側なんで、一緒に頑張りましょう。それに、留学生のサポートは生徒会の仕事です。では明日、クラスに迎えに行きますね」
ヒロインというのは人の話を聞かない人種なのだろうか。一方的に約束を取り付けて去って行った。
マリアが去ると、話を聞いていたクラスメイト達が寄ってきた。
「良いな。アンリ。生徒会の皆様と御一緒できるなんて」
「・・・留学生。特別扱い困る」
「役得。役得。あんな綺麗な皆様に囲まれて羨ましいわ」
なら代わって欲しい。そう思いながら私は曖昧に笑った。
無情にも翌日がやって来た。そそくさと図書室へ逃げようと思ったのだが、早く来たマリアに捕まった。
「もう。遠慮しないでって言ったのに」
「でも・・・」
「クロードの言った通り早く来てよかった」
「クロード君?」
「うん。ムシューさんはきっと遠慮して図書館に向かうだろうから、早く行くべきだってアドバイスしてくれたんだよ」
「・・・そうなんだ」
「まあ、今日の勉強会はクロードお休みなんだけどね」
クロードが居ない。その事に少しホッとする。でも、クリストファーとカイムが居る。油断はできない。なるべく遠くに、そうだマリアを挟んで座れば少しは気が楽だ。
だが、現実はそんなにうまくいかなかった。
「古典以外で不安なものは無いか?」
「・・・歴史でしょうか」
私はカイムの隣に座らされた。ちなみにマリアにはクリストファーが付いている。先輩のクリストファーがマリアに教えるのは自然だ。留学生の私に同学年のカイムを宛がうのも分かる。
「イエイツさん。分からない時には声を掛けます。自分の勉強をどうぞ」
「・・・分かった」
これでカイムから話しかけてくることは無いだろう。私から質問するつもりは毛頭無い!!苦しい時間だが、勉強していれば過ぎ去ってくれるハズ・・・。
クリストファーがマリアに数学の解き方を教えている声がする。親しげだ。そうだよね。学期末試験までにイベントとかあったんだろうな。クリストファーもカイムもクロードも、みんなマリアに救われるはずだ。だから、私の事は忘れていて・・・。
「あ」
「どうしたムシュー?」
「この資料、図書室です。私、行きます」
「そうか。カイム着いてってやれよ」
「大丈夫です」
「いや、着いて行く」
「そうね。一緒に行かないと、ムシューさんたら、そのまま図書室で勉強しそう」
バレたか。しぶしぶカイムと図書室へ向かう。本棚の上の方に資料を見つけた。
「俺が取る」
「ありがとうございます」
私が上を見たタイミングと角度が悪かった。そうとしか言えない。私はカイムの目を見てしまった。それは、カイムにも分かったようだ。顔色が変わった。
「ありがとうございました」
「ああ。生徒会室に戻るぞ」
何も反応しない方が正解?それとも、何か言うべき?
自問自答しているとカイムが話しかけてきた。
「目、見た?」
「・・・はい」
「気持ち悪いだろ」
「・・・いいえ」
「気を使わなくて良い」
「えっと、猫」
「・・・猫?」
「うちの猫、思い出しました。名前はシュネです。白い猫で、目の色が違います」
そう。ベザント国の実家で飼っている猫がオッドアイであった。シュネと出会った時、飼うことによって自分への戒めになると思った。今では、ただただ可愛い。
「会いたいなって思いました」
シュネを思い出すと顔がにやける・・・いけない!そんな場合ではなかった。これはカイムのトラウマの話。ヘンリエッタに繋がるものだ。危険よ。
急いで顔を引き締めると、となりで吹き出す声が聞こえた。
「えっと?イエイツさん?」
「猫。猫かぁ」
カイムは苦笑していた。
「俺は、この目の所為で小さい頃、酷い目にあっていた。でも、お前にとっては猫なんだな」
「す、すみません。猫と一緒は嫌ですよね」
「そんなことない・・・嬉しいよ」
カイムのそんな顔、初めて見た。ヘンリエッタの前のカイムは、いつも辛そうな、何かを堪える顔か泣き顔だったから。
「ごめんなさい」
ごめんなさい。そんな気持ちにさせて。そんな事を言わせて。ヘンリエッタとして謝ります。
「謝る必要はない。ダーヘン語は分かっているよな?」
「分かってます」
でも、本当にごめんなさい。許してください。
無事に勉強会は終わり、私は解放された。その日の夜、夢を見た。小さいヘンリエッタが泣きながら謝っている夢。私も一緒に泣いて謝った。