探し人の話
「アンリったら、また図書室?」
「はい。古典は難しくて予習と復習をします」
「古典なんて私たちだって分からないよ。アンリは真面目だな~」
「ありがとうございます」
「また、明日ね」
クラスメイトに見送られて図書室へ向かう。放課後はほとんど図書室で過ごす。杏里の頃は本が好きだったし、古典が難しいのも本当。辞書を使って調べていれば、留学生らしく見えるしね。
いつものように勉強をしていると思ってもいなかった厄災がやってきた。
「アンリ先輩。こんにちは」
そうクロードだった。
「こんにちは。ヴィスティルくん」
「あはは。クロードって呼んでよアンリ先輩。へえ、古典の勉強ですか?すごいですね」
「分からないこと多くって」
「いやいや。古典が分からないのは僕たちも同じですよ。僕がすごいって言ったのは、辞書の説明をスラスラ読んでること。ダーヘン語は完璧なんだね?」
背中に冷や汗が伝った。
「そんなことないです。難しい言葉は辞書を使います」
「そうなんだ。ねえ、アンリ先輩。僕とちょっとおしゃべりしようよ」
「・・・図書館ですよ。静かにする必要があります」
「じゃあ、小さい声で。僕、人を探してるんだ」
「探す・・・」
「うん、僕の従姉なんだけどね。小さい頃、離れ離れになっちゃったんだ」
私は平静を保ててるだろうか。表情は普通?
「僕は叔父と暮らしてるんだけど、叔父と叔母が離婚して、従姉は叔母と出て行ってしまったんだ。聞いた話によると、ベザント国で暮らしているらしい」
「そうですか」
「そうなんだ!それで、アンリ先輩に聞きたいんだけど、ベザントの学校に僕の従姉は通ってなかったかな?・・・ヘンリエッタって言う名前なんだけど」
クロードが私の目を覗き込むように言った。メガネで遮ってるはずなのに、その視線は鋭い。
「・・・ごめんなさい。分かりません」
「分からないか。アンリ先輩みたいな黒髪で、多分アンリ先輩と同い年なんだけど・・・」
「私の学年にヘンリエッタという方は居なかったと思います」
言い切った。答えは出たでしょ?早く帰って。
「そっか。残念。でも、ベザント国のどこかで暮らしてるんだ。アンリ先輩に会ったことがあるかもしれないよね?」
「・・・そうですね。ですが、名前と髪の色だけでは分かりません」
「あはは。そうだね。なんか、アンリ先輩とヘンリエッタって似てる気がしたから」
ゾッとした。そんなはずはない。面影は髪型とメガネで誤魔化せているハズだ。
「似てるですか?」
「黒髪のとことか・・・」
「髪だけですか?」
「言われてみればそうかも。ヘンリエッタは派手な事が好きで、本なんて読んでなかったな」
「私とは正反対ですね」
「本当にね。でも懐かしい感じがしたんだ。何でだろ?」
「ダーヘン王国は黒髪が少ないからでは?」
「そうかもね!!・・・ああ、会いたいな」
どうして?
「どうして会いたいんですか?」
思わず口から出た質問にハッとした。こんな質問しないで、早く帰せば良いのに。
「えっと、ヘンリエッタは僕にいろんな事を教えてくれたんだ。だから、会ってお礼が言いたいんだよ」
「お礼?」
「そう。お礼」
嘘。嘘。嘘。そんなにニッコリ笑っていたって私は騙されない。復讐のためでしょ?貴方をいじめた私に復讐するためなんでしょ?
「会って、お礼を言って、抱きしめたいんだ。それでね」
「絶 対 に 離 さ な い」
「じゃあね。アンリ先輩。何か思い出したら教えてね?」
クロードは図書館から出て行った。その背中を見送った私は、小さく震えた。これは何?安心して体が震えたのかしら?それとも・・・恐怖?
怖い。怖い。怖い。
クロードは気が付いているのかもしれない。私の正体に。ヘンリエッタだという事に。私に揺さぶりをかけてきたんだ・・・生徒会の他の奴らにも知られたら、どうしよう?
不安のあまり眠れず。ベットの中で何度も寝返りを打つ。
私がヘンリエッタだと確信したら、明日にでも奴らは来る。私に復讐しに来るんだ。国に帰る?今からじゃ間に合わない。クロードはそんなに甘い奴じゃない。
怖くて仕方なかった夜が明けた。
私に訪れたのは、ただの日常だった。何事もなく日々は過ぎ去っていった。
今日も図書室で勉強する。クロードが来たらどうしようと思っていたけど、あれ以来、姿を見せない。やっぱり私の思い違いだったんだ。気が付くはず無いもの。
でも、油断してはダメ。クロードのルートでは徹底的にいじめの証拠を集めてから断罪されていた。私がヘンリエッタだという絶対的な確信が持てた瞬間、クロードは復讐してくるだろう。
絶対的な証拠。確信て何?この顔の面影?いざとなれば他人の空似で突き通せる。親の証言?わざわざ隣国までは行かないだろう。
私の肯定。
それしか絶対的な証拠となるものはない。そうだ。クロードは、私が自らヘンリエッタであると告白するのを待っているのかもしれない。
怖気づいては負けだ。怖くなって実家に連絡しようものなら疑ってくださいと言っているようなものだ。
分かっている。私は罪人だ。ヘンリエッタである時には、その罪深さに気が付きもしなかった。でも、杏里である私は知ってしまった。
復讐されるのが怖い私は黙っていることしかできないのだ。