思いがけない話
恋はするものではなく落ちるものと言ったのは誰だったろうか。まったく恋に落ちる気配のない私を察したのかセリーヌから手紙が来た。内容は今度の連休、国境沿いの街で会おうというものだった。
連休初日、私は馬車で国境沿いの街に向かっていた。街の名前はアグネスと言う。貿易の拠点として結構にぎわっている街だ。アグネスまでは馬車で約1日。帰りの計算もすると滞在は連休中日のみになる。一日だけでもセリーヌと話し尽くせば、解決策も見えてくるのだろうか。
丸一日馬車に乗り続けアグネスに到着した。とりあえず今日は宿で体を休めよう。途中で休憩をはさんでいても、馬車に乗り続けるって結構疲れるものだ。枕が変わっても眠れる私は、宿のベッドでぐっすり休んだのだった。
翌日、セリーヌの手紙にあった喫茶店へ向かう。街は朝から賑わっている。朝食は宿で頂いたから、紅茶でも飲もうと思って喫茶店の中に入った。
セリーヌはまだ来ていなかった。窓側の席に案内される。座って紅茶を頼んだ。
窓の外を眺めながら数分過ぎた。前の席が引かれる音に気付き正面を向く。そこに居たのは・・・
「セドリック先輩?」
「やあ、アンリ君。久しぶりだね」
セリーヌの兄であるセドリック・カロルだった。
「なんで先輩が?セリーヌに何かあったのですか?」
「セリーヌは元気だよ。安心して」
「では何故?」
「う~ん。セリーヌ曰く『これを見せれば分かる』そうだよ」
そう言ってセドリックが差し出したのは一枚の紙、婚姻届だった。
「セリーヌ・・・」
「ペンとインクも待たされたよ。まったく用意周到な子だ」
「ごめんなさい。セドリック先輩。セリーヌったら・・・」
「謝罪は必要ないかな。私としても、是非とも名前を書いて貰いたいから」
「え?」
「セリーヌにも驚かれたのだけど・・・私はそんなにアピールが下手だったのかな」
セドリック先輩が頭を掻く。
「アピール・・・なんてされたことありましたっけ?」
「やはり気付かれてなかったのだね。恥ずかしいよ」
紅茶とセドリック先輩が頼んだコーヒーが運ばれてきた。セドリック先輩がコーヒーに口をつける。
「セリーヌに言われたからではない。私は私の意志でアンリ君に結婚を申し込むよ」
セドリック先輩が微笑む。私の頭の中は勿論、大混乱だ。
「どうかな?」
「どうと・・・言われても」
「私と結婚するのは嫌?」
「滅相もない!!」
「なら結婚してくれる?」
「ちょ、ちょっと待ってください」
このままだと流されて婚姻届にサインしてしまいそうだ。
「セドリック先輩は、私の事がその・・・」
「うん。愛しているよ」
「愛!?」
私の顔が真っ赤に染まる。気が動転している。
「あの、まったく先輩に気に入られる事をした記憶がありません」
「アンリ君は普段から魅力的だよ。そうだな。最初はセリーヌの友人と言うから気になったのだけど、一緒に生徒会で仕事をしている内に気が付いたら好きだったよ」
「全然、気が付きませんでした」
「なるべく一緒に仕事をする時間を増やしたり、アピールしていたつもりだったんだけどな」
それは私の仕事ぶりを気に入ってくれているのだと思ってました。
「アンリ君には直接の言葉が必要だったんだね。君が好きだよ。是非とも私と結婚してくれ」
脳が活動を停止している。私は今日、友達に恋とは何かを相談するハズだったのに、愛の告白を受けている。どうなっているの?
「け、結婚と唐突に言われましても・・・」
「おや、結構前から手紙でセリーヌに結婚の話をされていたと思うのだけど」
「冗談だと思っていました」
「そうなのかい?それは悲しいね」
「すみません」
思わず謝ってしまう。
「結婚がまだ考えられないのなら、婚約でも良いよ」
「婚約・・・」
「そう婚約」
ここで先輩と婚約すると一気に問題が片付くけど・・・それは逃げだ。先輩に対しても失礼だ。
「あの、先輩はセリーヌからどこまで話を聞かれているのですか?」
「話?ああ、君が今、因縁のある相手から告白されて困っているとは聞いているよ」
「そうですか」
私は隠してはおけないとヘンリエッタ時代のことから今までの話をした。
「という訳なので、先輩の婚約者になることは先輩にも失礼かと・・・」
「そんなことで告白を断られる方が悲しいな」
「え?」
「利用?大いにしたまえ。逃げることが悪い事?そんなことは無い。私は君と結婚できるなら利用されたって、逃げ道にされたって構わない」
「先輩・・・」
「どうかセドリックと呼んでくれ。アンリ」
先輩の真摯な目を見ていると頷きたくなる。私、逃げても良いの?ここで頷いてしまっても良いの?
「でも、先輩を利用するなんて心苦しくて」
「君は優しい子だね、私が悪い大人のようだ」
「そんなこと・・・先輩は私のために」
「9割自分のためだよ。言っただろう。『愛してる』って」
「先輩・・・」
「君の悩みを増やしてしまうかもしれないが、提案がある」
「何ですか?」
「君は卒業パーティーまでに三人の内の誰かを選ぶのだろう?そこに私を入れてくれないか」
「先輩をですか?」
「そう。四人目の候補者として。卒業パーティーの日、私は君のエスコートに行くよ。そこで答えを聞かせて欲しい」
セドリック先輩の手がテーブルの上に置いてあった私の手に重なる。
「私は待つよ。君の答えが出るまで」
「恋をしたいなら私に恋してくれたまえ」
あまりにセドリックが人気なので驚いています。




