整理する話
無事に挨拶を終え、留学生として一通りの質問を受け、一日が終わったことにほっとしながら寮の自室へ帰った。一刻も早く思い出したことを整理したかった。
まずは攻略対象からだ。
一人目は生徒会会長。クリストファー・ルツ・ダーヘン。このダーヘン王国の王子だ。彼のトラウマは「女嫌い」。それもヘンリエッタが原因だ。
ヘンリエッタは公爵令嬢だった。そして、クリストファーの婚約者候補だった。そう、あくまでも候補だったのにもかかわらず、ヘンリエッタは婚約者であるがごとく振舞った。お茶会では派手な化粧とドレスを身にまとってクリストファーに纏わりつき、他の女の子が近づくものなら威嚇した。
特に彼のトラウマになったのは、彼がなついていた侍女が暴行された事件だ。ある特定の侍女にばかり笑顔を向けるクリストファー。嫉妬したヘンリエッタが母に訴え、母が雇った男たちが城の外に出た侍女を暴行した。そして、侍女は城に上がれなくなった。彼女に懐いていたクリストファーは悲しんだ。そして、あるお茶会でヘンリエッタが言ったのだ。
「やっと、あの女が居なくなったわ」
クリストファーは侍女が居なくなったのがヘンリエッタの所為だと知る。そして、そこから彼の女嫌いが始まるのだ。
二人目は生徒会書記のカイム・イエイツ。彼は前髪を伸ばし、目を隠している。それはヘンリエッタのせいなのだ。
彼のトラウマは「容姿」。小さい頃、彼は太っていた。そして、彼の瞳はオッドアイだった。それを見たヘンリエッタは言ったのだ。
「まあ気持ち悪い。目の色が違うなんて魔物ではなくて?すごく太っているし、そうよ肥えた魔物の子なんだわ」
子供は残酷だ。ヘンリエッタの言った言葉を真に受け、カイムを「魔物の子」と蔑んだ。成長するうちに痩せていったが、瞳は変わらない。彼は前髪で目を隠すようになった。
頭は大変優秀で、クリストファー直々に生徒会に迎え入れられている。
最後に生徒会会計のクロード・ヴィスティル。ヘンリエッタの父が引き取った子供だ。彼のトラウマはもちろん「家族」。引き取られた家で散々いじめられた過去を持つ薄幸の美少年だ。
そしてヒロインのマリア・キャラベル。彼女は孤児院出身。子爵家に引き取られ貴族の世界に入ったばかりだ。そして、生徒会のサポートを受けながら学園生活をしていくというありきたりな設定。
ヘンリエッタは彼女がどのルートに行っても悪役令嬢として登場する。クリストファーの婚約者であり、カイムをいじめる首謀者であり、クロードの従姉として。
・・・それにしても、ヘンリエッタってとてもヒドイことしている。本当に申し訳ない。記憶が戻ってからどれだけ懺悔したことか。
そう言えば、クロードがまだヴィスティル姓なのは何故だろう。まだ正式に養子になっていないのかな。ゲームではヘンリエッタが居たから正式に養子にできずヴィスティルを名乗ってたけど・・・。
ゲームと違うのは私ヘンリエッタが公爵家からすでに出ていること。アンリとして生活していること。ゲームの悪役令嬢のようにマリアに嫌がらせするつもりは全くないこと。
だから生徒会に近づかなければ平穏な留学生活を送れるはずだ。
でも怖い。分かってる。悪かったのは私ヘンリエッタだ。それでも復讐されるのが怖い。この乙女ゲームの悪役令嬢であるヘンリエッタの末路は全て「死」だった。
嫌だ。死にたくない。杏里の記憶を思い出してから私はまともになった。ムシュー子爵の娘になって幸せだ。だから、新しいお父様の役に立ちたいし、国に帰って幸せを続けたい。
ごめんなさい。ごめんなさい。どうか私に関わらないで。私も関わらないから。許してください。
いつの間にか私は意識を失っていた。
翌日。通常の授業が始まった。私のクラスは2年Bクラス。攻略対象もヒロインもいないことにほっとしている。ちなみにクリストファー王子は3年。カイムとマリアは2年Aクラス。クロードは1年生だ。
これなら関わらずに過ごせる。そう思っていたのは・・・甘かった。
放課後、私とマリアは生徒会室に呼ばれたのだ。
「ムシューにキャラベル。よく来てくれた。転入一日目の授業はどうだったかな?」
人好きのする笑みでクリストファーに尋ねられた・・・私はその笑顔が偽物だと知っている。
「はい殿下。皆さんに良くしていただけてます」とはマリア。
「そうか、ムシューはどうだい?」
「はい。授業も分かりました」
簡単な単語を並べる。本当はダーヘン語の読み書きは完璧だ。だが、留学生を演じるにあたって、それは隠すべきだと思った。
「素晴らしい。そこで二人に提案なんだが、生徒会を手伝ってみないかい?」
「え?」
「生徒会を?」
「キャラベルは貴族になって日が浅いし学校に通い始めたばかりだ。分からないことも多いだろう。生徒会を手伝って慣れていくのはどうだろう」
「是非、お手伝いさせてください殿下」
「あはは。会長と呼んでくれ」
「はい。会長」
マリアは嬉しそうに笑った。対して私の顔には困惑が浮かんでいたのだろう。
「ムシューも言葉を覚える勉強だと思ってどうだい?それにベザント国の学校では生徒会役員だったと聞いているよ」
断れ断れ断れ。生徒会に関わってはいけない。
「難しいと思います。言葉の勉強は授業と図書館でしたいです。読む。書く。勉強する必要あります」
「それだけ意思表示が出来れば大丈夫だと思うけど・・・無理強いは良くないね。分かった。生徒会はあきらめるよ。でも、我々には留学生である君をサポートする義務がある。それだけは伝えておくよ」
「はい。ありがとうございます」
良かった。断れた、とほっとしていたらクロードが話し出した。
「へえ。会長の申し出を断る女の子を初めて見たよ」
「クロード」
「だって会長。本当じゃないですか。えっと、ムシューさんだっけ?」
「はい」
「僕は1年生のクロード・ヴィスティル。仲良くしてくださいね。あ、アンリ先輩って呼んで良いですか?」
「は、はい」
「・・・クロードが興味を示すなんて珍しいな」
「なんかアンリ先輩って懐かしい感じがするんですよね。ねえ、メガネ取ってみてください」
「え?」
「ちょっと雰囲気が違うんです。メガネを取ったら分かる気がして・・・」
「メ、メガネ大切。見えない困る」
思わずメガネを両手で押さえる。メガネを取ったらバレる危険度が増す。絶対に死守したい。
「クロード無理強いするな」
「はーい。ごめんなさい」
クリストファーが窘めると、しぶしぶと言った体であきらめた。
「ではキャラベルには業務の説明をする。ムシュー、帰って良いぞ」
「はい。失礼します」
部屋を出ようとした時だった。
「見 ぃ つ け た」
誰かが小さい声で囁いた気がした。私は怖くなって振り返りもせずに生徒会室から立ち去った。
お願いします。私を見つけないで。構わないで・・・許して。