第五十二話 魔術の才能
「レイナさん、早く消してください!」
「あ、はい!」
少し焦ったようなディアナ先生の声を聞いて、私は慌てて魔力を流すのをやめた。
するとついさっきまで頭上でメラメラと燃えていた炎の球が、あっという間にかき消えた。
それを見届けたディアナ先生がほっとしたかのように、ふぅと小さくため息をつく。
「まったく……、驚かせないでくださいよ。一体どれほどの魔力を注ぎ込んだらあんな大きさの火球を生み出せるのですか?」
「うぅ、すみません……。ちょっと張り切りすぎちゃって……」
心なしかディアナ先生の言葉が私を責めているように感じ、思わず謝罪の言葉が口をついてしまった。
しかし、ばつ悪く縮こまる私を見つめるディアナ先生の視線に少し違和感を感じ、私はゆっくり顔を上げて先生と視線を合わせた。
どうしたんだろう、なんだか目がキラキラ輝いている気がする。
そんなことを考えているとディアナ先生は堰を切ったようにしゃべり出した。
「すごいじゃないですか、レイナさん! あんな大きさの火球、生まれて初めて見ました! きっとレイナさんは火属性に高い適性を持つに違いないわ! そうに決まってます! かの『閃光の巫女』にも匹敵するんじゃないかしら? あなたはきっと素晴らしい魔術師になれるわ! この魔法学校の誇りよ! あ、けれどこれで得意にならずにこれからも勉強は頑張るんですよ? サボったりしたら許しませんからね!」
テンションの上がりすぎたディアナ先生は、途中から私の肩をつかんでがたがたと揺さぶり始めた。
そのせいで先生の話の半分くらいは耳に入ってこなかったけれど、後半からはなんだかお説教になっていた気がする。
聞き慣れない単語も聞こえた気がするけど、そんなこと気にしている余裕はなかった。
うぅ、揺さぶられすぎて気分が悪くなってきた……。
それでもディアナ先生は私を離してはくれない。
どうしよう……?
私が途方に暮れていると、
「先生! ディアナ先生! それくらいにしてください、レイナが困ってます!」
ようやく助け船が現れた。
ユーリだ。
その声でディアナ先生ははっとしたように慌てて手を離し、バランスが崩れた私はその場に尻もちをついてしまった。
あいたたた。
いつの間にかそばに来ていたアレクシアに手を貸してもらいながら、私はなんとか起き上がる。
まだ少しクラクラするなぁ……。
そんな私にディアナ先生が申し訳なさそうな表情で頭を下げる。
「すみません、レイナさん。思わず興奮してしまいました……」
それはそうだろう。
先生があんなにはしゃいでいるところは初めて見た。
私自身、呆気にとられすぎて一切抵抗できなかったくらいだ。
「気にしないでください、平気ですから」
なおも謝り続けるディアナ先生を制し、一応アレクシアに手を貸してもらいながら自分の席に戻った。
やっと落ち着くことができた私だったけれど、両隣に座るユーリとアレクシアから何やら視線を感じ、すぐにそちらに目を向ける。
なんだか呆れたようなじっとりとした視線だ。
「二人ともどうしたの?」
訳がわからずそう尋ねると、
「いやぁ、なんというか……。ねぇアレクシア?」
「そうね、もうレイナのやることにいちいち驚いていたら身が持たないわ……」
二人とももう呆れた、といった様子でうなずき合っている。
なんだか納得いかない反応だなぁ。
私は私なりに頑張ってるんだけどなぁ。
それに、
「でも結局私、魔力の流れはいまいちつかめなかったんだよね。だからとりあえず魔力をいっぱい流してみたらあんなことになっちゃって……。だから本当に火属性の適正があるのかどうか、微妙なところだと思うんだけど……」
そう、火球を実際に発動してもなお、私は魔力の流れを完全につかむことはできなかったのだ。
体の中で魔力が流れるのは感じ取ることができたけれど、その魔力が模様を描く、といった感覚はなかった。
今回はたまたま上手くいったけれど、上級の魔術ではこうはいかないかもしれない。
そう二人に告げると、アレクシアはさあね、といった様子で肩をすくめて見せた。
「確かにその属性に適性がないと魔力の流れはつかみづらいというけれど、あくまで一般論よ。個人の感覚なんてそんなに当てにならないのだから。レイナには少なからず火属性の適性はあると思うわ。あれだけ大きな火球を発動できるひとなんてまずいないのだから」
「だといいんだけど……」
なおも不安が拭いきれない私を見て、ユーリが励ますように声をかけてくれた。
「元気出して! レイナならきっと大丈夫だよ」
「ユーリ、ありがとう」
ぽんぽんと私の背中を軽くたたきながら笑うユーリに、私は微笑み返す。
こういうときに親友の存在はとても助かる。
私がユーリの気遣いに感謝していると、突如彼女の笑顔に邪悪な色が広がった気がした。
あ、これはまた何か悪い予感が……。
「なんてたってレイナは、ドラッケンフィールの天才美少女だもん!」
見慣れたいたずらっぽい表情を浮かべてユーリがそう言う。
うぐ、また恥ずかしい呼び名を……。
せっかく忘れかけていたというのに。
ユーリのやつ、励ましてくれるかと思ったらこれか。
油断も隙もありゃしない。
「ちょっとユーリ」
アレクシアがユーリをたしなめるように声をかけた、かと思いきや、
「去年の件でレイナの名前はアシュテリアの政府の人にも知られるようになったのよ。もうアシュテリアの天才美少女でいいんじゃないかしら?」
アレクシアまでも悪ノリし始めた。
「お、それいいねー。今度からそうしよう!」
ユーリもそれに賛同し、楽しそうな笑顔を見せている。
こうなってしまってはもう手の打ちようがない。
諦めた私は机に突っ伏した。
私のせいで一旦中断することになった授業だったが、ディアナ先生が落ち着きを取り戻したことによってその後はつつがなく進んだ。
ユーリの名前は最後の方になってようやく呼ばれたが、彼女も一度で火球を発動させることができていた。
「ふぅ、良かった。レイナとアレクシアにできて私だけできなかったら、ショックで寝込んじゃうとこだったよ」
席に戻ってきたユーリは冗談めかしてそう言っていたけれど、その声音からは心底ほっとしているのが感じ取れた。
それもそうだろう。
三人のうち一人だけうまく魔術を発動できないなんて、仲間はずれもいいところだ。
私だってそんなの嫌だ。
「なんにせよ、いよいよ『魔法学校の授業』って感じになってきたねー」
授業が終わり、ユーリが伸びをしながらそう言う。
私も同感だ。
三年目にしてとうとう自分で魔術を使う段階まで来たのだ。
「うん、楽しみだね!」
私はにっこりと二人に微笑みかける。
アレクシアはなにも言わなかったが、その楽しげな表情が彼女の気持ちを物語っていた。
これからは他の属性の初級魔術を順次覚えていくことになる。
火属性以外の魔術も、今日のようにうまく発動させられるだろうか。
少し不安もあるけれど、それ以上に期待の方が大きかった。
立派な魔術師になるぞ!
そう決意を新たに、私は教室を後にした。
そして、
「これは……、末恐ろしいな……」
「君からは才能の片鱗は感じていたが、これほどとは……」
「いやぁ、長らくここで教鞭をとっていますが、いきなりここまでの規模で土の魔術を扱える生徒を見たのは初めてですよ!」
「ははは、本当に君は我々の想定を軽く凌駕してくれるな」
「間違いない。君はドラッケンフィールきっての、いや、この大陸きっての大魔術師になれる!」
以上は各属性の魔術の最初の授業で、私が発動した魔法を見た先生の反応だ。
どうやら私は、自分が思っていた以上に魔術の才能に溢れているらしい。
めちゃくちゃ久しぶりの更新……
読んでくれている方がいればいいなぁ




