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第四十四話 急転直下

 私たちは大急ぎでドラッケンフィールへと戻った。

 けれどどんなに急いだところで馬車の速度には限界があるため、結局のところ到着するのは七日後になってしまうのに変わりはないのだが……。

 ウォーレンハイトを出てから五日後に、オーウェンさんからの返事が届いた。

 それによると、ケイシーさんからの報せを受けたオーウェンさんたちは、まずはなるべく穏便に済まそうと神殿に捜査の許可を求めたそうだ。

 しかし当然これは司祭であるニコラウスによって突っぱねられた。

 そこで今度は確固たる証拠を得るため、ユーリと同様に洗脳を受けたと思われる私たちの同級生に接触したらしい。

 その結果、彼らからは確かに記憶の混濁と洗脳の痕跡が確認でき、また神殿でアナトリオスらしき液体を飲まされたとの証言も得られた。

 これによって証拠十分と判断したオーウェンさんはライゼンフォート家の護衛とドラッケンフィールの警吏を集め、神殿の強制捜査に踏み切ることとなった。

 途中で神殿関係者や六神教の信者たちによる妨害はあったものの、神殿内部からは確かにアナトリオスとそれを利用した麻薬の痕跡が見つかり、さらに複数の信者への洗脳を行った事実も確認できた。

 そしてニコラウスを始めとする神殿上層部のほとんどが逮捕されたとのことだった。

 これで残る問題は洗脳を受けた人々の解毒だけだ。

 カーターさんから事件の結末を聞いた私はほっとひと安心した。

 これで気楽にドラッケンフィールに帰ることができる。

 私はそう思っていた。

 しかし思わぬ事態が私たちを待ち構えていたのだ。


「えぇ!? 神殿関係者のほとんどが洗脳を受けていた!?」

 魔法学校に戻った私たちは、再会したアレクシアから予想外の報告を聞くことになった。

「そうよ、ニコラウスも含めて逮捕された神殿上層部は全員が既に洗脳を受けていたの。もしかしたらこの事件の犯人は神殿関係者を装った外部犯なのかもしれないわ」

 私は今の今までニコラウスがこの件の主犯であると確信していた。

 私とアレクシアが神殿に行った日に感じたニコラウスの悪意、そしてユーリの証言からもそれは間違いないはずだった。

 しかしニコラウスが元々洗脳を受けていたとなると、それらの行動も誰かに操られて行っていたということになる。

 だとすれば一体誰に?

「今はドラッケンフィールの治療魔術師が神殿関係者の治療を最優先で行っているわ。彼らから情報を聞き出さないと、捜査に進展は期待できそうにもないものね」

 どうやら神殿関係者、特にその上層部は重度のアナトリオス中毒に陥っているようで、並の治療魔術師ではそう簡単には解毒できない状態であるようだ。

 ドラッケンフィールで就職したダンケルさんも寝る間を惜しんで治療にあたっているそうだが、なかなか記憶混濁から回復しない人がほとんどであるらしい。

 でもそれだけ頻繁に神殿関係者にアナトリオスを服用させられる人物となると、やはり犯人も神殿関係者なのではないか?

 そうでないと辻褄が合わない。

 となると一人怪しい人物がいる。

 マリアンヌだ。

 そうだ、どうして今まで気づかなかったのだ。

 以前マリアンヌは、「ユーリもウェインくんも水の月の始めに三回ほど神殿に来たきり、それ以降は顔をみせていない」と言っていた。

 けれどユーリとウェインくんの証言によれば、確かにユーリは神殿内部には入らず裏手の隠し部屋に向かっていたそうだが、ウェインくんは聖堂でお祈りを捧げていたはずなのだ。

 ならばマリアンヌがウェインくんの訪問を知らないはずがない。

 私はその推測をアレクシアに話した。

 しかしアレクシアは難しそうな顔で首を横に振る。

「私も彼女は怪しいと思ったわ。それにマリアンヌは神殿関係者の中では比較的アナトリオスの影響の少ない人物だったもの。でも彼女にはこの犯行は不可能なのよ。そして彼女だけでなくドラッケンフィールの神殿関係者は、誰一人として実行犯にはなり得ないわ」

 どうしてそこまで言い切れるのだろうか?

 神殿関係者の中にも洗脳をあまり受けていない人物がいるのなら、彼らはかなり怪しいはずだ。

 そんな私の疑問に答える代わりにアレクシアが私に問う。

「アナトリオスを用いた麻薬を作る条件は覚えてる?」

「えっと……、確か魔力を持った人が調合することで……、ってまさか!?」

 ゼノヴィアさんから聞いた話をなんとか思い出そうとする過程で、私はマリアンヌたちが犯人たりえない理由を察した。

 そんな私を見てアレクシアがうなずく。

「そう、ドラッケンフィールの神殿関係者に魔術師はいなかったわ。ただの一人もね」


 それから捜査は遅々として進まなくなってしまった。

 外部で誰か魔術を使える人間が調合した麻薬を神殿に持ち込んだのでは? という線も考えられたが、アシュテリアでは魔術師は本人確認用の魔導具で判別することができ、基本的にはその所在が明らかとされている。

 魔術師が妙な行動をとれば、すぐに怪しまれるだろう。

 何より神殿だけが唯一の、捜査の手が届かない場所なのだ。

 人目に触れない神殿の中であるからこそ、麻薬を調合することができる。

 どこか別の場所で調合を行おうものなら、すぐにそれは白日の下に晒されるに違いない。

 一体何がどうなっているのやら……。

 私たちは途方にくれていた。


 私たちがドラッケンフィールに帰還して数日後、魔法学校の休暇の終了まであと五日となった頃に、ラディアーレ家からの連絡がライゼンフォート家に届いた。

 それによるとウォーレンハイトでもドラッケンフィールと同様に神殿関係者のほとんどは既に洗脳済みであったそうだが、何人か()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()が確認されたとのことだった。

 彼らは洗脳を受けてはおらず、神殿に突入した中央の大賢者さんを始めとする調査隊に激しく抵抗したらしい。

 しかしそんな彼らも大賢者さんにとってはものの数ではなく、すぐに制圧され逮捕されることになったそうだ。

 彼らの正体は未だに謎ではあるものの、この事件の鍵を握っていることは間違いないと思われる。

 けれどドラッケンフィールでは依然として何も進展がなかった。

 その連絡を受けて神殿関係者全員が魔力測定を受けることになったが、やはり魔術を使えるだけの魔力を持つ人間はいなかった。

 そしてとうとう治療を終えた人々から順に釈放されることになってしまった。

 後はニコラウスさんを始めとする上層部の治療待ちか。

 彼らの証言が最後の頼みの綱だ。

 やはりというべきか、ドラッケンフィールに帰ってきてすぐに私のお守りは取り上げられ、被害者の治療に役立てられることとなっていた。

 事件解決のために必要なことなのはわかるが、いつも首に感じていた重みと胸に触れる魔石の温もりがないとどうしても落ち着かない。

 これまで親鳥の庇護下にあった雛鳥が、いきなり巣から放り出されたかのような不安を感じた。

 そんな日が続いて数日後、私、ユーリ、アレクシアの三人は、ライゼンフォート邸へと呼び出された。




 私にとっては念願のアレクシアのお宅訪問だ。

 ライゼンフォート邸はラディアーレ邸に負けず劣らずの豪華さであった。

 しかし建物や庭園の趣は少し違い、ラディアーレ邸はウォーレンハイトの街並みと同じく武骨な雰囲気だったのに対し、ライゼンフォート邸は木や花などを象った装飾があったり、庭園は自然に溢れていたりと華やかな印象を受けた。

 肥沃で広大な土地を持つドラッケンフィールを表しているのだろうか。


 何日ぶりかに会ったオーウェンさんの顔は、かなり疲れているように見えた。

 側に控えるカーターさんとケイシーさんもだ。

 多くの人々が精力的に捜査に望んでいるというのに、一向に進展が見受けられないのだ。

 体力的にも精神的にも疲弊するのは仕方ないだろう。

 私たちが着席するのを待って、オーウェンさんが口を開く。

「君たちも知ってのことだろうが、現状我々は捜査に行き詰まっている。そこで一度原点に立ち返って最初の情報をもたらしてくれたユーリとレイナの話を聞きたいと思ったのだ。何でもいい、少しでも気になったことがあれば教えて欲しい」

 本来なら君たちのような少女にあれこれ聞くのは気が進まないのだが、とオーウェンさんはつけ足した。

 そうは言われても、私たちに提供できる情報などほとんどない。

 すべて話してしまっているからだ。

 特にユーリはドラッケンフィールに帰ってきてすぐに、オーウェンさんに直接自分の体験を話しにいった。

 どれだけ私がフォローしようとも、事件が解決しないうちはユーリの罪悪感が消えることはないかもしれない。

 そしてその時アレクシアも同席していたから、彼女もユーリがアナトリオスを飲むことになった理由を知っている。

 それでもアレクシアはユーリの気持ちを受けとめ、これからも三人で親友で居続けることを選んでくれた。

 私は本当にいい友達に恵まれていると思う。

 そんな彼女たちが困っている今こそ、何か力になれればと思うのだけれど……。

「今は神殿に出入りしていた者の中に怪しい人物がいないかしらみ潰しに探しているのだが、なにぶん六神教の信者ともなると数が多すぎる。とうてい正確な捜査などできるものではない。洗脳によって信者となった人物を見つけるのが精一杯だ」

 オーウェンさんがお手上げだ、というかのように額に手をあて首を振る。

「ただ魔力を持っているだけでもアナトリオスの調合はできるんですか? 例えば私や私たちの同級生だとか……」

 ユーリがオーウェンさんに問う。

「いや、きちんと魔力を扱った薬の調合の仕方を習っていなければできないな。魔法学校では確か三年生から習うことになるはずだ。だから魔力を持っていてもそれに満たない歳の子供は除外されるよ」

 それを聞いてユーリがほっとした表情を見せる。

 私はその様子に少し引っ掛かった。

「もしかしてユーリ、ウェインくんを疑ってるの?」

 私の質問にユーリがびくっと肩を震わせた。

 どうやら図星だったようだ。

「だって私の知り合いで神殿に頻繁に出入りしてて魔力を持ってるっていったらウェインくんくらいしかいないから……。でも良かった、ウェインくんじゃないみたい」

 そう言ってユーリは顔をほころばせる。

 ユーリは安心しているようだったが、私はそうではなかった。

 彼女とは違い、これまで私はウェインくんのことなどちっとも疑っていなかった。

 だって相手はまだ魔法学校の一年生だ。

 そんな子供が麻薬を調合して何人もの人を洗脳するなんて、到底考えられることではない。

 けれどユーリの言葉を聞いたことで初めて、私の中にウェインくんに対する疑惑が生じた。

 私は自分の記憶を必死でたどる。

 ウェインくんがおかしな言動を見せたことはなかっただろうか。

 どこかに違和感はなかっただろうか。

 魔法学校で友達を作れていないことは?

 そんな人はべつに全くいない訳じゃない。

 たまたま友達を作るのが苦手な子もいる。

 田舎の出身であるにも拘わらず、六神教の信者であったことは?

 六神教はアシュテリアでかなりの数の信者を獲得しているのだ。

 田舎だろうが信者がいてもおかしくない。

 それにウェインくんの両親が最初からアイルバーグ村に住んでいたとも限らない。

 では剣術において非凡な才能を見せていたことは?

 ウェインくんのお父さんは剣術を嗜んでいたらしいし、それならむしろ自然なことだと言える。

 ましてやエドウィンさんやウォルターさんのように目にも止まらぬ速さで動けたわけでもない。

 ……待てよ?

 私にはエドウィンさんとウォルターさんの訓練は()()()()()()()()()

 エドウィンさんだって、魔術で動体視力を底上げしないとついてこられないと言っていたのだから、当然のことだろう。

 私が見ても、なんだかよくわからないけど凄い、という感想しか思いつかなかった。

 しかし彼らの訓練を見たウェインくんはなんと言っていただろうか?

『二人ともすごかったです! どうやったらあんな動きができるんだろう?』

『道理で二人の訓練のレベルも高いと思いました!』

 もしかしてウェインくんには二人の動きが見えていた?

 魔術が使えなければ目で追うことなどできないはずなのに、一体どうして?

「どうしたんだいレイナ、急に黙り込んだりして?」

 オーウェンさんの視線を感じた。

 でも私は情報を整理するのに精一杯だ。

 もし本当にウェインくんが入学前から魔術を使えるとしたら、初めてユーリと二人で神殿に行った時、二人が別行動となった隙を狙ってアナトリオスの調合ができたかもしれない。

 そして二回目の訪問の時にはその時調合された麻薬によって、ユーリや他の人々を洗脳することができた。

 もしかしたらニコラウスさんたちの洗脳もこの間に行われたのかもしれない。

 そしてもうひとつ、私が見落としていた手がかりに気がついた。

「ねぇ、ユーリ。私とアレクシアが神殿に行ったときもユーリは隠し部屋にいたの?」

 私はユーリにそう確認する。

「うん。休日はいつも行ってたから……」

 ユーリが少しうつむき加減にうなずく。

 あまり思い出したくはない話なのだろう。

 でももうすぐだ。

 あと一歩で真相にたどり着ける。

 私は最後の質問を投げかけた。

「じゃあその間ウェインくんは何をしてたの?」

「ウェインくんは聖堂にお祈りを捧げに行ってたはずだよ」

 ユーリの答えを聞いて、アレクシアがはっとしたように大声をあげた。

「それはおかしいわ! あの日聖堂にはウェインくんはいなかったもの!」

「えぇ!? だったらウェインくんはどこに……、もしかして!?」

 二人も私の考えと同じ結論にたどり着いたようだ。

 ユーリは驚きのあまり顔を真っ青にしていた。

「なにかわかったのかね!? 話の流れからするとあのウェインという子が怪しいようだが、彼はまだ一年生だろう? とてもじゃないがアナトリオスの調合などできるとは思えん」

 オーウェンさんは私たちの言葉に期待は見せつつも、信じられないといった表情だ。

「間違いないと思います。ウェインくんにはエドウィンさんとウォルターさんの訓練が見えていました」

 私はきっぱりとそう告げる。

 その瞬間ケイシーさんが息を飲むのが聞こえた。

 オーウェンさんの視線がそちらに向く。

「なにか心当たりがあるようだな。ケイシー、説明してくれ」

「かしこまりました……」

 ケイシーさんがオーウェンに、エドウィンさんとウォルターさんの訓練について説明をする。

「確かに私も動体視力を強化しなければ二人の動きは追えなかったので、それは間違いないと思います。しかしウェイン様が魔術を使えるとは……。言葉の綾という可能性もありますし……」

 ケイシーさんは半信半疑といった感じだ。

「確かにこれだけでは判断できんな。あくまで疑惑に過ぎん。何かもうひとつ決め手があれば良いのだが……」

 そう、今のところ私たちが持つ手がかりは、すべて可能性に過ぎないのだ。

 ウェインくんは魔術を使えるかもしれない。

 お祈りを捧げていると嘘をつき、アナトリオスの調合をしていたかもしれない。

 しかし魔力を持つか否かと違って、魔術を使えるか否かは調べる方法がないし、たまたまウェインくんの気が変わってお祈りに行かなかったということも十分あり得る。

 何かもうひとつ手がかりはないだろうか。

 ……そうだ。

「剣術の訓練で私のお守りが暴発したとき、お守りをユーリに預けて一度洗脳が解けかけたよね? でもその日の夜にはまた洗脳状態に戻ってた。あれはなんで? もしかしてその間にアナトリオスを飲んだんじゃないの?」

 その問いにユーリは、あの日口にしたものを思い出そうとする。

「でもあの日はエドウィンさんたちとお茶を飲んだのと、宿の夕食を食べただけだよ? みんなと同じものを口にしてたと思うんだけど……」

 言いかけてユーリが何かに気づいたように表情を変えた。

「いや、違う。私はあの日の夜、ウェインくんと一緒にお茶を飲んだ……!」

 その光景は私も覚えている。

 私がユーリと一対一で話をするため彼女の部屋に行ったとき、ユーリとウェインくんは二人でお茶を飲んでいた。

 あの時の飲み物にアナトリオスが混入されていたのかもしれない。

「これは、決まりかもしれんな……」

 オーウェンさんが一度目を閉じ、深くうなずいた。

 あらゆる事実が、ウェインくんが黒だと告げている。

 もはや言い逃れはできないだろう。

 今回の事件の黒幕は、ウェインくんだ。

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