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第四十二話 世界を越えた出逢い

 ユーリと話し込んでいる間にすっかり夜も更けてしまっていたが、ケイシーさんもダレンさんもまだ起きていた。

 目を真っ赤に泣き腫らした私たちを見て二人とも目を丸くする。

「何か……、あったのですか?」

 ダレンさんが困惑ぎみに私たちに問いかけてきた。

 私たちの姿を見て戸惑うのも当然だろう。

 二人とも顔は真っ赤で呼吸も荒く、全身汗ばみ衣服も乱れているのだ。

 ……私がユーリにこちょこちょをしかけたせいだ。

 余計なことをするんじゃなかった。

 けれど今はそんなことを気にしている場合ではない。

「大切な話があるんです! アナトリオスに関係あることです!」

 私がそう告げると、二人の表情が険しくなった。

「聞きましょう。どうぞこちらへ」

 私たちはダレンさんの部屋へと案内された。


 ユーリは神殿で経験したことを、包み隠さず二人に話した。

 アナトリオスを服用するきっかけになったのが、私たちへの劣等感であったことも含めて、だ。

 それによると、二回目に神殿に行ったときに複数の人々と一緒にアナトリオスを飲むことになり、それ以降も定期的に神殿に足を運んで服用を続けるよう指示されたということだ。

 そのなかにはドラッケンフィールの魔法学校の同級生もいたという。

 そして何度目かの訪問から、神殿の裏手にある隠し部屋へと案内されるようになったらしい。

 どうやら最初は神殿内の部屋でアナトリオスを飲まされ、三回目くらいからは隠し部屋で六神教の信者となるための洗脳を施されていたようだ。

 ニコラウスの手によって。

 やはり以前ニコラウスから感じた悪意は気のせいではなかったのだ。

 そしてある程度洗脳が進んだら、普通に信者に混ざってお祈りを捧げていたそうだ。

 私とアレクシアが神殿にいったときに遭遇した生徒たちはこれだ。

 しかしユーリだけはずっと解放されず、アナトリオスの服用を続けていたらしい。

 道理でマリアンヌさんがユーリの訪問に気づいていなかったわけだ。

 全てを聞いたダレンさんが腕を組み難しい顔をする。

「確かにユーリ様の話を聞く限り、その液体はアナトリオスの可能性は高いでしょう。しかしわからないことがひとつあります。アナトリオスの作用を消し去るには、高度な解毒魔術が必要となります。長期間に渡って定期的に服用していたなら尚更です。ユーリ様の場合、二ヶ月以上服用を続けていたわけですからね。どうやってユーリ様は正気に戻られたのですか?」

 その疑問への回答として、私はペンダントを外してダレンさんに見せた。

「きっとこのペンダントは解毒効果を持っているんです。魔石の部分をユーリに押し付けたら、もとに戻りました」

 私の説明を聞いたダレンさんがより一層難しい表情になる。

「そのお守りの効力についてはゼノヴィアから話を聞いてはいますが、にわかには信じがたいですね。アナトリオスが危険とされる理由のひとつに解毒の難しさがあげられるのです。命の属性に高い適性を持つ魔術師でなければ、まず解毒はできませんからね」

 うーん、とうなり声をあげてダレンさんが考え込む。

 一般的な常識と、目の前の状況を照らし合わせているようだ。

 最終的にダレンさんは一度うなずき、口を開いた

「しかしお嬢様もおっしゃっておられました。最近のユーリ様はどこか変である、と。それがアナトリオスの影響であったのなら説明はつきます。そして今、ユーリ様は洗脳を受けているようには見えません。ならばきっとレイナ様のお守りの効果も確かなのでしょう。わかりました、関係各所に掛け合ってみましょう」

 どうやら私たちの話を信じてくれたようだ。

 そしてそのままケイシーさんに指示を出す。

「至急旦那様と、ラディアーレ家に向かったカーターに連絡を頼む」

「かしこまりました」

 それを受けたケイシーさんは連絡用の魔導具を取り出し、それに何やら吹き込み始めた。

「ユーリ様にはもう一度、事の次第を説明していただく必要があるかもしれません。お二人とも今日はもうお休みなさいませ」

 ダレンさんにそう促され、私たちは自分の部屋へと戻った。

 その途中で私はユーリに声をかける。

「これで事件が解決したら、今度はユーリがヒーローだね」

 私の言葉にユーリが頬を赤く染めた。

 珍しく素直な反応だ。

「そんなことないよ。私はただ洗脳されただけだし……」

「ううん、もしユーリが勇気を出して全部話してくれなかったらみんな気づけなかったし、もしかしたらもっとたくさんの人が洗脳されて取り返しのつかないことになってたかもしれない。ユーリは自分のことをもっと誇っていいんだよ」

 私は微笑んでそう告げ、ユーリの手を握った。

「ありがとう、レイナ」

 ユーリが恥ずかしそうに感謝を告げる。

 ユーリが自分を責めることのないように、私が彼女の心のケアをしてあげないといけない。

 なんたって、私とユーリは親友であるのだから。

「じゃあ、おやすみ。また明日ね!」

「うん、また明日!」

 私たちはおやすみの挨拶をし、自分の部屋に入る。

 ベッドに横たわった途端、一気に睡魔に襲われた。

 今日は体力的にも精神的にも疲れた。

 けれどまだ全てが終わったわけではない。

 むしろこれからが大変なのだ。

 六神教の企みを暴き、洗脳された人々を救わなければいけない。

 私が直接行動するわけではないだろうが、何か手伝えることはあるはずだ。

 そんなことを考えているうちに私は深い眠りに引きずり込まれていった。




 翌朝私とユーリはダレンさんに呼ばれ、ラディアーレ家へと赴くことになった。

 カーターさんから返事があったのだ。

 ラディアーレ家の当主が詳しい話を聞くために面会を求めている、と。

 私は余計じゃないかな? と思ったけれど、アナトリオスの解毒に携わった者として聞くことがあるそうだ。

 ちなみにウェインくんはケイシーさんと一緒にお留守番だ。

 宿の外にはラディアーレ家からの迎えの馬車が来ていた。

 ライゼンフォート家の馬車に負けず劣らずの豪華さだ。

 そしてやはり花を模した紋章が刻まれていた。

 今度は私も知っている花だった。

 剣のような葉を持つ花、グラジオラスだ。

 私たちを乗せた馬車はゆっくりと動き出す。

 そういえば今日でアレクシアたちと別れてから五日目だ。

 今日中にはアレクシアたちはドラッケンフィールに到着する計算になる。

 昨日ケイシーさんが送った連絡用の魔導具は、ドラッケンフィールに届くまでに二日ほどかかるらしい。

 この手がかりを解決に役立ててくれるといいのだけれど……。

 そんなことを考えているうちに、私たちはラディアーレ邸へと到着した。


 ラディアーレ邸の正面玄関の前で、私たちはカーターさんと合流した。

 カーターさんはダレンさんの予想通り、アナトリオスの捜査に協力していたらしい。

 なんだか疲れているように見えた。

 私はラディアーレ邸をぐるりと見回す。

 やはりというべきか、ラディアーレ邸はとても大きかった。

 まずはその敷地が広い。

 高い塀にぐるりと囲まれたそのなかには、広大な庭園が整備されていた。

 そして建物自体も圧倒的存在感だ。

 大きさだけなら六神教の神殿や魔法学校の方が勝っているが、この建物は方向性が違った。

 とにかく装飾に凝っているのだ。

 一体どれだけお金をかければこんな建物が建つのやら……。

 ライゼンフォート邸もこんな感じなのだろうか?

 ちょっと行ってみたくなった。

「ようこそおいでくださいました。旦那様がお待ちです。どうぞこちらへ」

 呆気にとられる私たちを壮年の執事さんが館の中へと案内してくれる。

 私は少し緊張しながら執事さんのあとに続いてラディアーレ邸へと足を踏み入れた。




「なるほど、確かに君の言うことには信憑性があるな」

 ユーリの話を聞いてそううなずくのは、テオドール・アッシュ・ラディアーレさん。

 ラディアーレ家の現当主だ。

 長めの黒髪と赤い瞳、そしてがっちりとした体格の持ち主だ。

 歳は四十くらいに見える。

 ユーリの語った、アナトリオスらしき液体を飲んだときの味や香り、その後思考が鈍っていく様子や洗脳の感覚、そして記憶の混濁。

 それらを丁寧に聞いて何やら手元の資料と見比べていたテオドールさんだったが、最終的に納得のいったようにうなずいた。

「君の語る内容は、確かに過去のアナトリオス服用者の話と一致する。しかし問題はどうやってアナトリオスによる洗脳から脱したか、ということだが……」

 そう言ってテオドールさんは私の方へ視線を向ける。

 迫力のある視線で射抜かれて、思わず私は身を縮こまらせてしまった。

 テオドールさんの表情は少し厳つくて怖いのだ。

 まぁ、ヴィルヘルム先生ほどではないのだが……。

 そんな私を見てテオドールさんは苦笑する。

「君の持つペンダントに秘密があると言っていたね。できればこちらで確認させてほしいのだが……」

 なんでこうも私のペンダントは大人気なんだろう?

 お母さんに肌身離さず身に付けていろと言われたのだから、あまりほいほい人に渡したくないのだけれど……。

 けれど捜査のために必要なら仕方ない。

 私は渋々ペンダントを外しテオドールさんに渡した。

 私からペンダントを受け取ったテオドールさんは、そのまま隣に控えていた護衛にそれを手渡す。

 その護衛の人はしばらくの間、じっくりと私のペンダントを観察していた。

「どうだ? それの機能がわかるか?」

 テオドールさんがその人にそう問うが、彼は難しそうな顔で首を横に振る。

「申し訳ございませんが、少し見ただけではわかりません。どうやら所有者を危険から守るための防御機能が主に発揮されているようなのですが、魔方陣があまりにも複雑に重ねられていて、ひとつひとつ解析するのにはかなり時間がかかりそうです」

 そう言ってその人は物欲しそうな顔で私を見る。

 このペンダントを研究したい! という心の声が漏れ聞こえてきた。

 でもそれはダメだ。

「あの、そろそろ返してください」

 私は容赦なくペンダントを返してもらった。

 私にペンダントを差し出す手からはかなりの未練を感じたけれど、そんなことは気にせず私はペンダントをつけ、服のしたにしまった。

 その直前まで護衛さんの視線はペンダントに注がれていた。

 こっちの方は非常に気になった。

 そんなに私の胸元見ないでよ!

「君たちのもたらしてくれた情報は大変貴重なものであるが、それですぐに動けるわけではないのが心苦しいな」

 テオドールさんが眉間を指で押さえるようにして悩んでいる。

 どうしてそんなに悩む必要があるのだろう?

 状況証拠的に神殿がアナトリオスを所持しているのは明らかなのだから、いくらでも捜査ができそうなのに。

 そんな私の疑問を察したのかのように、テオドールさんが言葉を続ける。

「相手は六神教だ。迂闊には手が出せん。それにドラッケンフィールの神殿とウォーレンハイトの神殿は無関係だと言い張られたら、こちらも強引な手段は取れない。まぁドラッケンフィールの神殿にアナトリオスがあることは間違いなさそうだから、先にそちらの捜査が終わるのを待つのがいいだろうが……」

 六神教ってそんなに面倒な相手なのか……。

 でもドラッケンフィールの捜査が終わるのに、あと何日かかるだろう?

 オーウェンさんに連絡が届くのは明日だろうし、それから捜査を開始して折り返し連絡をしていたら、どんなに早くても三日以上はかかってしまう。

 捜査が長引けばそれ以上だ。

 それにドラッケンフィールではそれですむかもしれないが、その間にウォーレンハイトでは証拠が隠滅されてしまうかもしれない。

 あまり悠長に構えている時間はないのではないだろうか。

 テオドールさんも同じことを考えているようだ。

 なんとかして早めに手を打ちたいが、大義名分が見つからない。

 そんな難しい状況下にいるのが見てとれる。

 一体どうしたものだろうか。

 私たちが頭を悩ませていたところ、ふいにドアをノックする音が聞こえた。

「入れ」

 テオドールさんの声を合図に、さっき私たちを案内してくれた執事さんが入室してきた。

「お話し中失礼かと存じますが、至急旦那様のお耳にお入れしたいことがございまして」

「なんだ?」

 執事さんはテオドールさんのもとへ歩み寄り、何やら耳打ちをした。

 それを聞いたテオドールさんの目が驚愕に見開かれる。

「本当か? 間違いないのか?」

「間違いございません。ライオネル様の紹介状をお持ちでございました」

「ならばすぐにここに通せ」

「かしこまりました」

 執事さんとやり取りをするうちに、だんだんとテオドールさんの口元が緩んできた。

 しかしヴィルヘルム先生とは違い、顔全体の雰囲気は怖いままだ。

 なんだか悪いことを企んでいるように見えてしまう。

 私は心配になって胸のペンダントに触れたが、魔石は熱くなっていなかった。

 良かった良かった。

 テオドールさんは悪い人じゃないみたいだ。

 テオドールさんが恐ろしい笑みのまま、こちらに視線を向ける。

 やっぱりちょっと怖い。

「たった今朗報が入った。六神教に対して強い影響を持つ人物がここに到着したそうだ。『彼』の言うことなら六神教も聞かざるを得ないはずだ。話の続きは彼の到着を待ってからにしよう」

 そう話すテオドールさんはとても楽しそうだ。

 今までの重い空気が嘘のように吹き飛んだ。

 今からやって来るその人物はそんなにすごい人なのだろうか。

 テオドールさん以外は誰もその人物の正体を知らないようだ。

 カーターさんやダレンさんも首をかしげていた。

 私たちは固唾を飲んでその人物の来訪を待った。

 しばらくして、

 コンコン

「失礼します」

 ドアをノックする音と男性の声が聞こえてきた。

「入りたまえ」

 テオドールさんがその人物を招き入れる。

 ドアを開けて入ってきたのは、黒い髪と濃い茶色の瞳を持つ、三十歳くらいの男性だった。

 背はやや高く細身で、顔はまあまあ格好いいかな? というくらいの、特にこれといった特徴のない人物だ。

 あまりにも平凡すぎて、親しみすら感じてしまうほどだ。

 この状況を打破できるようなすごい人物には見えない。

「初めまして、山下翔一と言います。ここには魔術に関する資料集めに立ち寄ったのですが、なんだか大変なことになっているみたいですね」

 その男性が丁寧に挨拶する。

 ヤマシタショーイチ?

 不思議な名前だな。

 十大貴族みたいに姓を持つ人なのだろうか。

 それとも外国の人?

「皆ぴんと来ていないようだから私が紹介しよう。と言っても私も初対面であるのだがな」

 テオドールさんが私たちに向き直り話し出す。

 次に発したテオドールさんの言葉に一同驚愕することになるなど、このときは誰も思っていなかった。

「彼は、『中央の大賢者』だ」

 それが私と師匠の、初めての出逢いだった。

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