キャサリンにとっての災害
「ミリィ。大変ですわ」
やってきたキャサリンさんが、いきなりそんなことを言ってきた。
あたしたちは今、雲の上で龍状列島のお天気を管理している。その雲に血相を変えたキャサリンさんが飛び込んできた。
「何かあったの?」
「すごい災害が起きてますわ!」
「え、どこに?」
災害と聞いて、身体が反射的に動いた。
ユメミも頭上に浮かべた地図を拡大して、見落としがないかと探し始める。
「何が起きてるの?」
「まったく災害が起こらないことこそが、一番の災害ですわ」
何言ってるの? この精霊……。
ユメミの拡大した地図が、すすすっと元の大きさに戻っていく。
「何も起きてないなら、いいことじゃないの」
「良くありませんわ!」
キャサリンさん、平穏な世の中が嫌いなのかな? 前から思ってたけど……。
「いいですか、ミリィ。運命室の方に言われたのですが、この龍状列島にはこの惑星中から鍛えに鍛え抜くための魂が集められてるそうですわ。気象精霊として、神の試練としての災害をどんどん与えて欲しいと……」
「あぁ〜……」
これは……、あれだ。運命室の中には、神派という原理主義の一派がある。そんな偏った思想の精霊から、都合のいいことを吹き込まれたのね。
「それに最近の地上人はご先祖からの教えを忘れて、災害の起こりやすい場所を切り拓いて宅地造成してますでしょう。運命室から、そういう場所なら災害を起こし放題とお墨付きをもらいましたのに……」
「でも、今は『災害発生許可証』は出されてないでしょ?」
そういう問題箇所に災害を起こすように言われるのは、たしかにある。
地方の過疎地では人口が最盛期の半分、ところによっては三分の一未満にまで減ってるのに、わざわざ災害の起こりやすい危険な場所を宅地造成して、そこに若い家族が住む例は珍しくないものね。
たしか龍状列島でバブル経済とかいう地価高騰時代があって、その時に安い土地を求めて始まったとか何とか……。
「災害を起こして、どうするの?」
「それで魂を篩にかけるそうですわ。運命室が……」
あたしに顔を近づけて、小さな声で教えてくれる。
でも、なんか悪巧みに誘ってるような言い方じゃない?
「篩って、どういうこと?」
「魂の間引きですわ」
「犠牲者を出せってこと?」
「違いますわ」
とんでもない意見が出たと思った。でも、それをキャサリンさんが即座に否定してくれる。
「まずは宅地造成に関係した業者、役人、政治家……だったかしら。その地上人たちが死ぬまでに心を入れ替えるかどうかですわ。もしも改心してなかったら、来世は『草や木からやり直して、虫に喰われてしまえ』だそうですわ」
「ああ、神派が考えそうなことだわ」
急にバカバカしい話に付き合わされてる気分になってきた。
「被害に遭う地上人たちは?」
「その地上人たちでしたら、今世は被害を受けるのが魂の修業ですわ」
「怒られるよ。そんな理屈……」
「あら、それでも被害を体験することで魂のステージが上がりますのよ。そうすれば来世では……」
「もっとひどい目に遭わされるんでしょ? 魂を更に鍛えるとか言って……」
ホント、これは理不尽な考えだ。魂を磨くためにイジメにイジメ抜くなんてね。
もっとも、それで磨かれた魂の中には、あたしたちのような精霊として生まれ変わってくるものもあるとは聞くけどさ。
「ミリィ。試練を与えるのは、わたしたち気象精霊の義務ですわ」
「ただ災害を起こしたいだけでしょ。キャサリンさんの場合は……」
あたしの反論に、キャサリンさんがムッとした表情になる。そのキャサリンさんがあたしの肩に手を置いて、
「ミリィ。最初にも言いましたでしょう。この龍状列島には惑星中から鍛えに鍛え抜くための魂が集められてるそうですわ。是非とも鍛えて差し上げましょう」
なんて言ってくれた。龍状列島に棲む生き物には迷惑以外の何物でもない物言いだ。
「そんなに災害を起こしたいのなら、予定のあるところへ協力名目で出張したらどうですか? 今ならアフリカ支局と南米支局で……」
「じょ、冗談ではありませんわ。わたしがなぜ、この東亜支局にいると思ってるのですか」
キャサリンさんが、あたしの提案に反発してきた。これはキャサリンさんなりの災害の美学かな?
「なんで居座ってるの?」
「決まってますわ。この惑星には七つの支局に分けられてますけど、惑星で起こる地震、火山、津波や高潮、台風、大雨、大雪、河川氾濫などの半分が、この東亜支局たった一つの管轄内で起きてるからですわ!」
「キャサリンさんが起こしてるからでしょうがっ!」
「失礼ですわね。やりたいようにできるのでしたら、もっと起こしてますわ!」
「その発想が問題なのよ!」
キャサリンさんとの言い合いは疲れるわね。支局長のイツミさんに言わせると「人材の多様性は大事」ってことらしいけど、物事には限度があるわ。
「ユメミ。担当区域内の様子は?」
「あと三日ぐらいはぁ、微塵の確率もないわぁ」
あたしの確認に、ユメミがすぐに答えてくれる。
「では、四日後に……」
キャサリンさんの目が輝いた。なるほど、キャサリンさんの耳には、そう聞こえたのか。
「ちょぉっとだけ確率が出てくるわねぇ。一〇〇万分の一ぐらいぃ」
「それは雨ですの? 地震ですの? もしかしたら火山ですの?」
「何を期待してんのよ!」
ホント、困った精霊だ。
「ミリィ。それまで宴会しよぉ〜!」
ユメミの答えは、酒ビンだった。
「教えなさいな。酒樽、お一つ差し上げますから……」
キャサリンさんが買収を持ちかける。
この精霊のモラル、微妙にズレてるんだよねぇ。仕事はマジメだし、人格的にも大勢の信派を集めるほどのカリスマだし、あからさまな駆け引きでない時にはけっしてウソを言わない精霊だけど……。
災害好き、争い好き、駆け引き大好きという性格が、あたし的には大きなマイナスだ。まあ、あたしが争い、駆け引きの一番の相手にされてるから……もあるけどさ。
「大丈夫ぅ。三日経ったら教えるわぁ」
ユメミはすっかりキャサリンさんの遇い方を心得てるわね。完全に聞き流して、一人で飲み始めている。
「ユメミさま。お声をかけられたので、さっそく酒樽持参で駆けつけたでやすよ」
大漢が、雲の中から飛び出してきた。肩に大きな酒樽を担いだ雲の下級精霊だ。
彼の後ろの空には、飛んでくる精霊たちの姿がポツンポツンと見えてくる。ユメミ、いつの間に声をかけたのかな? 雲の上に酒樽の山を載せて、運んでくる精霊たちも見える。
「ユメミ。これでは宴会災害ではありませんの」
「うん。災害を楽しみましょぉ。好きなんでしょぉ、災害ぃ」
ユメミがうまいことを言った。
このあとキャサリンさんが災害を起こせない禁断症状を起こしたのか、珍しく酔って大暴れしたけど……。まあ、これは天候が穏やかな証拠……だよね?