忘年会で怪しい童話合戦
『わぁ〜っはっはっはっはっ……』
雲の上に、精霊たちの楽しそうな笑い声が鳴り響いている。いつもの酒盛りだ。
中心にいるのは着膨れてコタツに入ったユメミ。今、龍状列島には年越しの最強寒波が来てるからね。寒さに弱いユメミは仕事にならなくて、コタツから一歩も出られない状態だ。
そんなユメミの周りに酒ビンや酒樽を持った精霊たちが集まって、いつの間にか宴会になるのも、もはやいつもの風物詩。そして時期が時期だけに、そこに『忘年会』という口実が付くのも、もう自然の流れだね。
「ミリィさま、飲んでやすか? 記憶をなくすまで飲まないと、忘年会にならないでやすよ」
大漢がそう言って、あたしの前に大きな酒樽ジョッキを置いていく。
誰が言い出したのか。忘年会を「一年間の悪い記憶をなくすまで飲む会」だと思ってる精霊たちがいるのよねぇ。
そういうオカシナ目的があるからか、この忘年会の飲み方はいつもの宴会と……。まあ、あまり変わりないか……。
「うにゃあ。ただ飲むだけなのは芸がないニャア」
いきなりファムが、らしくないことを言い出した。
「夏やった怪談みたいなもの。また聞きたいニャ」
「怖がりのくせに、なんで自分から聞きたがるのだ? ファムはマゾなのだ」
ユメミとは別のところにもコタツが置かれていた。そこを使ってるのはファムとライチだ。そのコタツ布団には『猫はコタツでマゾになる』と書かれてある。いや、ホントは『丸くなる』と書かれてあったんだけど、誰かがいたずらで『マゾに』と書いた布を縫いつけて……。
「怖い話ぃ? あぁ、それならぁ……」
ユメミがファムの提案に乗ってきた。
「あるところにノンデレラという女の子がいてねぇ。魔法使いのお婆さんからぁ、お城でお酒を飲めるチケットをもらうのぉ。でぇ、お婆さんの用意したドレスとガラスの靴で着飾ってぇ、お城までカボチャの馬車でいくのぉ。で、お城に入ったら、さぁ大変。一二時までに飲み干さないとぉ、追加料金よぉ。ノンデレラはぁ、お財布を持っていかなかったのぉ」
「……怖いの意味が違うニャ」
ファムが強烈寒波以上に冷たい声でツッコんだ。
「少女が売れ残ったお酒を飲むとぉ、暖かい暖炉の幻覚がぁ〜」
「お酒に弱すぎるのだ」
今度はライチのツッコミだ。
「オオカミさんが親の留守を狙って踏み込むとぉ、中ではうわばみになった七人の子ヤギが待ち構えててぇ、返り討ちで酔い潰されちゃうのぉ」
「子どもにお酒を飲ませないで!」
これは地上界の童話が元ネタだね。
まあ、そういう趣向も悪くはないけどさ。
「それじゃぁ、森に小人と住んでる白酒姫がいてねぇ。その白酒姫を酔い潰そぉとぉ、お婆さんに扮した悪い女王さまが強いお酒を飲ませようとするのよぉ」
「うらやましくて怖くないにゃ」
あ、ファムのお酒が切れてた。ファムは自力で暖房ができるから、コタツからもそもそと出ておかわりのお酒を物色している。
「ファムぅ。そぉいう時はぁ、これを持ってぇ」
ユメミが近くにあった空きビンを取って、それをファムに渡そうとする。
「中身がないニャ」
「これを交換していくとぉ、わらしべ酒豪でいつか大きな酒樽にぃ〜」
「なるわけないニャ!」
ファムが渡された空きビンを、雲の上に投げた。
その空きビンが、ポチャンという音を立てて雲の中に消えていく。
直後、雲の中から光が溢れ出て、両腕に酒ビンを持った泉の精霊……じゃなくて水の上級精霊が上がってきた。って──
「フェ、フェイミンさん?」
「あなたが今落とされたのは、この琥珀色の液体の入った酒ビンでございますか? それとも透明な液体の入った酒ビンでございますか? ……ひっく」
フェイミンさんの目は半分閉じていて、頬もかなり赤く染まっている。これはそうとう飲まされたわね。
「投げたビンは、カラだったニャ」
「あら、正直でございますわ。そんな正直者のあなたには、このお酒……はやめて、こちらの高級なお茶を差し上げましょう」
「なんでニャ?」
フェイミンさんが酒ビンを捨てて、代わりに茶葉の入った茶缶を出してきた。それを見たファムが、見事なタイミングでツッコミを入れる。
「…………ひっく……」
フェイミンさんの目が据わっていた。
「とても高級なお茶でございますわ」
ファムに断られたのが、とても残念らしい。
「どうせなら、落としたお酒の方が欲しいニャ」
「美味しゅうございますのに……。お酒がお望みでございましたら、お好きになさいませ」
フェイミンさんがそれだけ言い残して、雲の中へ消えていく。
かなり酔ってたみたいだけど、大丈夫かなぁ?
「残していったお酒、もらうにゃ」
ファムが雲の上をトテトテと駆けて、お酒に近づこうとする。
ところがファムの足下の雲が動きだして、走るファムが後ろへ下がっていく。
「ど、どうなってるニャア〜?」
ファムが慌てて走る速度を上げた。でも、まったく前に進む気配がない。
「赤の女王よぉ〜。お酒が飲みたかったらぁ、全力で走りなさぁ〜い」
ユメミが赤の女王理論を持ち出してきた。どこか微妙に間違ってるけど……。
「……あれぇ? ミリィ。これ、『お酒の国のアリス』だっけぇ?」
「そんな話はないわよ!」
ユメミのボケに、思いっきりツッコんだ。
その間もファムは動く雲の上を走らされている。
「ぬわぁ〜。もうダメだニャア〜!」
あ、力尽きた。転がったファムが、そのまま動く雲に乗って運ばれていく。
──ばふんっ
動く雲の先に、大きめの雲の塊があった。その先にある酒樽を守るためのクッションだ。作ったのは、そのあたりで飲んでるコズエちゃんたちみたいね。
「うにゃあ。ひどい目に遭ったニャ」
雲のクッションにめり込んだファムが、怨めしそうにボヤいている。
そのファムが雲に埋もれたまま、ぼうっと上を見ていた。
「酒ビンが刺さってるニャ」
ファムが見ていたのは、雲のクッションの上にある酒ビンだ。それはビンに貼られたラベルが完全に隠れるほど、深く埋まっている。
それが気になったのだろう。ファムが雲の塊に登って、酒ビンに近づいていった。
そのファムを、コズエちゃんたちが笑いながら見ている。
ファムが酒ビンを両手でつかんだ。そして、引っこ抜こうとすると同時に、
『ノンベカリバー!』
コズエちゃんや周りにいた精霊たちが、声をそろえてそんなことを言った。
「おお、英雄の誕生でやす」
「……うにゃ?」
ファムの動きが止まっていた。何事かわからないんだろうね。でも、片手で高々と酒ビンを掲げてる格好は、みんなの期待通りだ。
ユメミの怪しい童話語り。他の精霊にも感染したわ。
ん? 最初に趣向に乗ったは、もしかしてフェイミンさん?
「みなさ〜ん。天竺からお酒を持ち帰りましたわぁ〜」
「有り難く飲むですのね!」
「なんで、あたしがブタ役なんですか?」
キャサリンさんたちは三蔵法師御一行でのご登場ね。キャサリンさんが玄奘三蔵役で、ノーラが孫悟空、で、猪八戒をさせられてるのはスーちゃんだ。
運搬用の雲にたくさんの酒樽を載せてきたわね。これでまた何日も宴会ができそうだ。
そこから樽を持ち出した大漢が、
「次は酒樽ころりんでやす!」
などと言って、雲に掘られた穴へ放り込もうとしていた。
ユメミほどじゃないけど、寒さが苦手な精霊の中には、防寒のために雲に穴を掘って中で飲むグループもあるのよねぇ。そこへの差し入れだろうけど、ちょっと悪乗りしすぎだ。当然、中から、
『やめろー!』
『そんなもん放り込まれたら潰されるわ!』
なんて文句が返ってくる。
こんな光景を豆の木を登ってきた地上人が見たら、とっとと尻尾を巻いて逃げていきそうだ。