精霊さんたちはクリスマスに言いたい?
『我々はぁ〜、今のクリスマスに反対するぅ〜!』
雲の向こうからプラカードを持った大勢の精霊たちが、何かを叫びながら近づいてくる。
デモ行進……かな?
赤いコートや茶色い毛皮を着た精霊が目立つけど、いったい何の抗議活動だろう。
『商業主義に染まった赤いサンタクロースを殺せ〜! 元の青いサンタクロースに戻せ〜!』
過激なことを言ってるのは、青っぽいサンタ服を着た精霊だ。青というか、青にちょっと緑が混ざったような色合いかな。彼の持つプラカードには赤いサンタの絵が描かれてて、それを大きなバッテンで消している。
『色はいいのよ。降誕祭はちゃんと主現節までやって、プレゼントは最終日に贈るべきよぉ〜!』
こっちは赤いパーティ用のミニスカ臍出しのサンタコスをした女性精霊だ。
降誕祭はクリスマスのこと。顕現節は……たしか一月六日にやるキリスト教の一部宗派がやってるお祭り……だったかな?
同じことを宗派によって公現祭、顕現節とも呼ばれている。
行進には何千人もの精霊たちが集まってるけど、言ってることはバラバラ。恰好や主張もバラバラ。
この精霊たちは、いったい……。
『一日だけはダメよぉ〜。クリスマスは二四日の日没から始めてぇ、二週間休まず飲み続けるのよぉ〜!』
……え? 集団の中にユメミがいた。
ブクブクに着膨れたサンタコスを着て、両手にプラカードと酒樽ジョッキを握っている。
『そうでやす。クリスマスは年末年始、飲み明かすための祭りでやすよ!』
ユメミの後ろを歩いてるのは、巨大な身体のトナカイ……じゃなくて、トナカイコスをした大漢だ。彼がトナカイコスは、まるで立派な角帽子をかぶった和製バイキング。しかも肩に担いでるのも白布袋じゃなくて、巨大な酒樽って……。
『クリスマス休暇は新年を祝いながら、楽しく飲みましょぉ〜』
ユメミのあとに続く集団、やけに元気がいいわね。
『飲むのだぁ〜!』
『飲むニャア!』
サンタコスのライチと、トナカイコスのファムがいた。よく見るとあのあたり、妙に知った顔が集まっている。
というか、そこだけ一大勢力になってないかな? それも気象精霊の……。
『飲み続けるんじゃない! 本当のクリスマスは一月七日だ。ユリウス暦の一二月二五日と決まってるんだ! 二週間も祭りを続けるはずねーだろー!』
あ、否定派がいた。
何で意見がバラバラなんだろう。
「うわぁ〜。すごいことになってますね」
「コズエが何人集まるかでカケなんか始めたから、取材が遅れたじゃないか」
「わたしたちよりも先に来た取材班はいませんか?」
気象情報局の三人──コズエちゃん、カスミちゃん、モミジちゃんが来た。お天気が専門ではあるけど、情報精霊として何か事件が起きたら情報収集に奔走する記者みたいな存在だ。
「コズエちゃん。この騒ぎは、いったい何なの?」
「あ、ミリィさま。ミリィさまは参加されないんですか?」
声をかけられたコズエちゃんが、あたしの近くまで飛んでくる。
三人の中ではもっとも華奢で、緑のメイド服を着た子だ。
「参加するも何も、あれが何のデモ行進かわからないから……」
「あはは。正直言うと、あたしたちも何の集団かわかんないです」
あたしの疑問に、コズエちゃんが笑いながら答えてきた。取材は一緒に来た二人が、独自に始めている。
「……えっと、何が起きて……?」
「最初はとある神社に、お酒がお供えされたのが始まりなんですよねぇ〜」
「神社? ということは龍状列島が発端なの? 何がお願いされたの?」
「えっとですね。『ホワイトクリスマス実現委員会』を名乗る人たちが、東京のクリスマスイブに雪を降らせる研究実験を進めてまして……。それで、クリスマスを前に奉納されたお酒がなかなか上物だったので、ユメミさまが……」
「雪を降らせるとか言い出したの? あの寒がりが?」
「いえ、ちょっと『ホワイトクリスマス』って言葉に興味を持たれただけですよ。初めは……」
コズエちゃん、説明しながら苦笑してる。
「詳しいわね」
「はい。だって、あたしもその場にいましたから」
などと話してる間に、集まってきた精霊の数が増えてるわね。デモに参加する方も、それを取材する方も……。
「ユメミさまが『ホワイトクリスマス』は何かと聞いてきたのは、あたしに……だったんですよ」
「で、なんて答えたの?」
「『クリスマスの夜に雪が降ること』とだけ……。ホントに、これだけですよ」
コズエちゃんが両手をあたしの前で振って、困った表情を見せてくる。
「それで、この騒ぎになったの?」
「もちろん、それだけで始まるはず、ないじゃないですか。そこにたまたま居合わせた運脈の下級精霊たちが、クリスマスと聞いて何かを言いたいと集まってきたんです」
運脈の下級精霊。これは日本神道風にいうと、地上に降りて人々の暮らしを見守る地つ神たちだ。一方で空でお天気を操るあたしたちは天つ神って分類になるらしい。
「で、その中にクリスマスをよく思わない精霊たちがいまして、それで言い合いが始まりまして……。あ、後ろの方にいる黒い集団ですよ」
コズエちゃんがデモ行進の後ろの方を指差した。
黒い集団というか、冬だから暗い色のコートを羽織っただけの集団……だけどね。
『ここは東洋だ〜。西洋の祭りを追放しろぉ〜!』
『もうハロウィンに負けたクリスマスは時代遅れだ。そのまま廃止してしまえ〜!』
たしかに否定論者たちだ。その中に死神のコスプレをした精霊がいて、
『クリスマスは家族で過ごすものだぁ〜。恋人同士で過ごす者には死をぉ〜』
なんて根暗で剣呑なことを言ってるけど、あれには触れない方が良さそうだ。
「いや〜、ユメミさま。初めは『雪が降る中のお祭りなんて』って興味がなさそうなご様子だったんですけどねぇ〜。本当のクリスマスは二四日の日没から始まって年末年始を祝いつつ最終日の一月六日にプレゼントを贈り合う二週間のお祭りと聞いたら、すぐに『それは精霊の間にも広めないと』って……」
「……二週間の宴会マラソン……」
なるほど、そこがユメミの琴線に触れたワケね。
「二週間のお祭りって、そんなものが本当にあったの?」
「一応、そういう説はあるんですよ。でも、今の赤いサンタのクリスマスが定着する時に、労働者に二週間も休まれちゃ堪らんって言う資本家たちの陰謀で、プレゼントは初日に貰って仕事に戻れという……」
「赤いサンタ……。資本家の陰謀?」
「赤いサンタクロースも、企業のイメージ戦略なんです。元の色は青みの強い青緑色で……」
「それも陰謀論みたいね……」
話の要領が、まったくつかめない……。
「えっと……。コズエちゃん。……それで、これのデモ、なんで始まったの?」
「ですから、ユメミさまが二週間続く宴会を呼びかけようと……」
「デモを初めたのはユメミか……」
「まあ、そうなんですけど、さすがにユメミさまの宴会は度を過ぎてますからねぇ。すぐに『クリスマスは一日で十分』と言い出すグループが出てきて……」
「あれ? あの黒い集団は?」
「クリスマスについて何かを言い出したのは最初なんですけどね。このデモでは後発組なんですよ」
「あ、だから後ろの方にいるのね」
もう話の前後関係がグチャグチャだ。
「そこでデモが始まった時に、コズエが『何人集まるか』でカケを呼びかけて、情報発信したからこの騒ぎなンすよ」
カスミちゃんも話に加わってきた。カスミちゃんは地上界の女子高生風の衣装を着た精霊だ。ブレザー風の制服を着崩して、ちょっと不良っぽい雰囲気を出している。
「ふ〜ん。コズエちゃんも一枚噛んでたんだ……」
「あ、カスミに代わって、今度はあたしが取材に行きま〜す!」
コズエちゃんが逃げた。無責任だね。
「いったい、何のデモなんだろ?」
「クリスマスになンか言いたい精霊の集まり……っすかね? あ、まだ増えるますよ」
カスミちゃんが飛んでくる精霊集団を指差した。
「出遅れてございますわ。みなさん、お酒派に負けないようにしましょう」
フェイミンさん率いるお茶派だ。
さっそくフェイミンさんがメガホンを持って、
『西洋のお祭りは、東洋の支局では禁止にすべきでございます。みなさま、節度をもって……』
『そうだそうだ! お茶派にも何か言わせて!』
もうムチャクチャだ。
『クリスマスの飲み物は、お酒じゃありませんよぉ〜。ホットチョコレートです。これは譲れませ〜ん!』
『違うわ。リンゴジュースよ。これこそ譲れないわ!』
うわっ! チカカとフィンさんまで来た。二人とも、他の支局でしょ?
コズエちゃん、惑星全体に向けて情報発信してたのね。
『エッグノッグはいかがですか〜? 一度飲んでみましょう』
これは北米支局から来た精霊だろう。エッグノックはホットミルクに卵を入れて、砂糖やシナモン、バニラなどを入れて飲みやすくしたものだ。雲の上に屋台を立てて、デモ隊に向けて売りまわっている。
『クリスマスと言ったら、サンタさんへのお礼にクッキーとホットミルクですよ〜』
『クリスマスと言ったら豆カレーだ』
『え? ハイビスカスのお茶じゃないの?』
『いや、季節的にゆず茶だ』
『カボチャのヨーグルトスープです。これ以外は譲れません!』
惑星中から、いろんな精霊が集まってくる。もう怪しい風習のオンパレードだ。
ようやく、あたしの前を最後尾が通りすぎていく。いったい、何のデモ行進だったのだろう?
このあとデモ行進の参加者たちは、二週間の打ち上げパーティをしたらしい。
大勢の精霊たちを酔い潰して……。
あたしは参加しなくてよかった……と、思う……。