冬のニッポン応援プロジェクト?
「地上の人たちに、神さまが守ってるって教えたい? それ、今は禁じられてなかったかな?」
話の相手は龍状列島に住む土着の精霊たちだ。
それにしても、あたしから見ると、みんな小人みたいに小さいわね。霊格の高い神さまでも、あたしたちの感覚では下級精霊だ。裏を返したら、彼らから見たらあたしたちは、はるか雲の上の存在になるらしい。まあ、実際に彼らは地上にいる「地つ神」で、あたしたちは空にいる「天つ神」という違いがあるんだけど……。
「そう。禁止。地上人が文明を持つようになったから、彼らが正しく神さまの存在を認識できるまで接触は禁止……でしょ?」
遠い昔、地上の人とあたしたちは、普通に交流していたらしい。でも、いつの頃からかあたしたちが見えなくなったので、霊格の高い精霊は地上まで降りなくなったんだ。
その一方で地上に残った精霊たちもいる。初めのうちは巨人やネフィリムとか呼ばれる大きな身体だったらしいけど、時代と共に人と同じ大きさに縮み、今では小人サイズにまでなっている。天から受ける霊力の違いで、あたしたちとはすっかり別の種族みたいになってるんだ。
「ミリィは、よく地つ神の声が聞こえるねぇ。あたしには聞こえないよぉ」
横で聞いていたユメミが、そんなことを言ってきた。
声が聞こえないというのはユメミの感覚での話。
これ、龍状列島に住む日本人と、それ以外の国の人たちが虫の音を聞いた時に起こる現象と同じだ。日本人は虫の音を聞き取るけど、外国人は音は耳に入っても、脳がカットして聞こえてないに等しいという。
おそらくユメミは地つ神たちの声が聞こえながら、脳がカットして聞こえてないんだろうね。聞こえても「ピー」とか「みゃあ」とか、言語として聞こえてない精霊も多いらしいし……。
「大丈夫。あたしには聞こえてるからね」
『ぴゃーぴゃーぴゃー!』
おっと、身体が小さいから、声が甲高いんだよね。ちょっと早口になられると、あたしでも聞き取れなくなってしまう。
手振りで声を下げて、ゆっくり話すようにとお願いする。それが伝わったのか、地つ神たちが口を押さえて互いの顔を見る。
「うん、今、日本の社会がおかしいから、神さまが見守ってるよって教えて元気づけてあげたいの? ニッポン応援プロジェクト?」
地つ神が代わる代わる身振り手振りを加えて、自分たちの思いを伝えてくる。
「でも、どうやって教えたいの?」
『ひゃーぴゃー』
地つ神たちが用意した絵を見せてきた。海からの日の出だ。しかも光の線が幾筋も出ている。
「初日の出? インスタ映えする、見事な光線の出た日の出を作って欲しい? インスタバエって、写真を撮りに群がる蝿のような人たちのことだっけ? ぜんぜん意味が違う?」
地上界では新しいことがどんどん生まれては消えていくから、たまに謎の言葉が出てくるよね。地つ神たちは好んで使うけど、あまり接触のないあたしたちには、そういう単語を使われると……ねぇ。
「まあ、いいわ。それで、これをどこから見えるようにすればいいのかな?」
『ぴゃ?』
地つ神たちがいっせいに首を傾げた。
『ぴぴきゃきゃきゃ……』
「全員に見せたいって、それは無理よ。それは太陽と雲の位置関係で生まれる現象だから、光の筋がキレイに見える場所は限られるわよ。それに海からの日の出だったら、見る場所は太平洋側に……」
『ぴきゃー、あっちゃー』
急に地つ神たちが円陣を組んだ。
あ、なんか揉めてる……。
『ぴゃーにゃー』
「え? 計画変更? 第二案?」
いきなりだなあ。見せる絵を変えてきている。
「龍状列島の地図に、光が降り注いでる絵? 何を表現してるの?」
『ちゃーつー。ひゅーにょーあー』
「天気図? 冬によくある?」
何が言いたいのだろう?
「あら。これは西高東低の気圧配置ではありませんの」
キャサリンさんが話に顔を出してきた。
「あ、言われてみれば典型的な冬型だ。でも、すごい末広がりだね」
『ぴーきゃー。きょーきょー』
「天からの恵みの光を、地上界で使う天気図で表現したいの? なるほど、これなら全国で見てもらえるわね。朝の九時にこうなるように操作すれば、しっかり記録にも残るし……」
『ちょーれー。にゃにゃーす!』
『にゃにゃーす』
地つ神たちが全身を使って、この気圧配置を実現するようにお願いしてくる。
「これ、どうすれば……」
「簡単な話ですわ。いつもより高気圧と低気圧のある位置を北にズラして、かつ間を狭めればいいのですわ。そうですわね。高気圧はアムール川の下流域、低気圧は千島列島の北端に置けばいいかしら」
キャサリンさんがパッと方針を示してくる。計算もせずに、よくまあ……。
『ちょりゃーす』
『ちょれにゃにゃーす』
「ミリィ。この子たちが何を言ってるのか聞き取れませんわ。お通詞なさい」
あ、キャサリンさんも、地つ神たちの話を聞き取れない側の精霊だったか。
「『それでお願いします』だって」
「お安い御用ですわ。ノーラ、楽しい気象操作のお時間ですわよ」
ニヤリと笑みを見せたキャサリンさんが、北の空へ飛んでいった。そのキャサリンさんを追って、ノーラもシベリアの方へ飛んでいく。
「キャサリンさん。あたし以外には優しいの……かな?」
一瞬見せた笑みは何だろう。何だか胸騒ぎがする。
というか、あたしを手伝いに入れないのは、何か魂胆があるのかな?
『ユーリィ。アリューシャン沖にある低気圧、もっとこちらへ寄せなさいな』
『え? どうしたの? 急に……』
通信を介して、カムチャツカ半島にいるユーリィ姉の声が聞こえてきた。
あ、あそこにはいつもユーリィ姉がいたんだっけ?
『ぴゃーぴゃーぴゃー』
変わっていく天気図を見ながら、地つ神たちが何かを言い合っている。
あの気圧配置にするのは、そう難しくはなさそうだけど……。
何だろう。この違和感は……。
『やあやあ、みんな。おっはよーだね。今日も朝から寒いね』
地上界のテレビに、脳天気な気象予報士が現れた。
『今日は何とも見事な気圧配置だ。この天気図を見てご覧よ。日本列島に天から祝福の光が射してるような見事な図になってるじゃないか』
さすがはキャサリンさんだ。地つ神たちにお願いされた通り、天気図に引かれた等圧線が見事に末広がりの直線になっている。
高気圧と低気圧を北に寄せたのは、テレビで使われる天気図の構図を意識したものだったのね。地図には高気圧も低気圧もなく、描き込まれているのは末広がりのだけ。
これは芸術作品だね。
『きゃーぴゃーきゃー』
『すきゃー。みーちゃーぴゃー!』
早口で何を言ってるかわからないけど、地つ神たちも成功に大喜びだ。
『でも、実際のお天気は、天気図のような祝福にはなってないね』
『……ぴゃ?』
上沢氏の一言で、地つ神たちがいきなり静かになった。
『というより、手荒い祝福かな。日本海側と北日本が大荒れだ。晴れている太平洋側も風が強いから、砂が舞って大変だね』
『ちょーぴょ?』
地つ神の一人が、あたしに解説を求めてくる。
「あ、この縦線って、多いほど列島が荒れるんだ……」
縦線が西高東低の冬型の気圧配置だとわかっていた。でも、それが大雪になって荒れるという部分が、あたしの頭の中ですっかり抜け落ちていた。
列島にかかった縦線の数は一二本。地つ神たちの描いた絵も一二本だ。称賛に値する再現性だ。
でも、一本あたり四ヘクトパスカルの気圧差。それが一二本もあったら……。
キャサリンさんは地つ神たちの絵を、律儀に、正確に、これ以上はないぐらい完璧に天気図の上に再現してみせた。
それがどんな天気になるのか。キャサリンさんだけは気づいていたのだろう。
その結果、
「この線を再現したら、列島が大荒れになるのを忘れてたわ……」
『ぴぎゃぎゃぎゃ〜!』
『みにゃぴぎゃぎゃぎゃ!』
地つ神たちが何を言ってるのかわからないけど、文句を言ってるのだけわかる。
「大丈夫よぉ、ミリィ。この国は神さまに愛されてるわぁ」
それまで黙っていたユメミが、ちょびちょびとお酒を飲みながら話に加わってきた。
「神さまに愛されるってねぇ、苦労を背負い込むのよぉ。貧乏くじなのよぉ」
なんかユメミがスピリチュアルなことを言ってるし……。
『ちゃーぎゃつぎゃにゃあ!』
地つ神が「そんなつもりはない!」と言ってるけど、結果はその通りになってしまった。
これからどうするか。地つ神たちが、また円陣を組んで知恵を出し合っている。
とにかく、今回のニッポン応援プロジェクトは失敗に終わったらしい。
原因は……あたしか?