ミリィとマッサージチェア
「お疲れさま。このあとの仕事は入ってないから、今日はゆっくり休んでいいわよ」
イツミさんが報告書を受け取って、ねぎらってくれた。
「それでは、失礼しました」
あたしは早々に支局長室を出て、部屋に帰って休むことにする。
「あぁ〜。疲れた……」
廊下に出たところで、急に身体が重くなってきた。
今日もいろいろありすぎて、疲れが思った以上に溜まってるのよね。
キャサリンさんが予定にない雷雲を作って、毎度毎度の騒ぎを起こしてくれた。
そこでユメミが雷見物の宴会を始めてくれて、そこに大勢の下級精霊たちが集まってきた。
ライチが「雷は地上と上空の温度差でできる」と言って、地上を冷やすために寒気団を作って持ってきた。でも、その寒気団があるのは上空よ。おかげで余計に雷が激しくなった。
そこへきてファムが雷に帯電して、宴会場で大爆発。アルコール分の高いお酒に引火しちゃったのよね。
おかげで散々な出動になってしまった。
今回は部屋に帰って寝るだけじゃ、絶対に身体が休まらないような気がする。
「……ん?」
などと考えながら廊下を歩いてたら、目に気になるものが飛び込んできた。通りすぎた部屋の中だ。
それを確かめようと廊下を戻って、開けっ放しのドアから部屋を覗き込んだ。
「あ〜、いい……。ツボに利くなぁ〜。おおお、そこそこ……」
部屋では大きなイスに座ったマハルさんが、やや上ずった声を出していた。
「マハルさん。何をしてるんですか?」
「おお、ミリィか。見てわからんか? マッサージだ」
マハルさんがとろけるような口調で答えてくれる。
「それは見てわかりますけど、なんでマッサージチェアが何台も?」
「前々から東亜支局の備品にマサージチェアが欲しくてね。イツミさんには事あるごとに頼んでたんだ。それがようやく認められて、しかも専用の部屋まで作ってもらえて……。ああ〜……」
「専用の部屋?」
マハルさんの話を聞いて、あたしは一度部屋を出た。
さっきは気づかなかったけど、ドアの上に『マッサージ室』というプレートが掛かっている。
いつの間に作られたんだろう?
それを確かめて、また部屋に戻った。
部屋の中央には、大きなガラステーブルが置かれている。そこを囲むように、奥に一台、左右に二台ずつのマッサージチェアが置かれているんだ。計五台も導入されたのね。
マハルさんが使っているのは、一番奥にあるマッサージチェアだ。
「ミリィも使ってみないか? 気持ちいいぞぉ〜」
マハルさんがだらしない顔で誘ってくる。その席は入り口の真正面だから、使ってる様子は廊下から丸見えだ。さすがに、あたしには座れないわね。でも、
「じゃあ、お言葉に甘えてみよう……かな」
入り口から、もっとも見えづらい席なら、使ってもいいかな。
あたしは誘われるまま、マハルさんの斜め隣の席に腰を下ろす。
「これ、どうやって使うのかな?」
「テーブルにリモコンがあるだろ。それで動かすんだ」
リモコンには番号の書かれたシールが貼られていた。あたしの席は2番だから、『2』のリモコンを使えばいいのね。
「あ、これ、気持ちのいいところを探してくれるのね」
動きだしたマッサージチェアが、まず全身をくまなく探って体型や凝り具合を診た。それが終わるとすぐに欲しいところを揉みほぐしてくれる。
「これは絶妙な力加減だわ」
「だろ。クセになるよなぁ〜」
使い始めて数十秒で、マッサージチェアは最高に気持ちのいいツボを見つけてくれた。あまりの気持ちよさに変な声が出そうだ。
マハルさんじゃないけど、ホントにクセになるわ。
持っていたリモコンをテーブルに戻して、全身の力を抜いてみた。
これは一度ハマったら抜けられなくなるワナだ。背中や腰だけでなく、腿や腕まで念入りにマッサージしてくれる。
あまりの気持ちよさに誘われて、このまま寝落ちしそうだわ。
「もう少し、強くしてみよう……かな?」
と思ってはみたけど、身体を動かすのも億劫になるほど気持ちが良すぎる。
このままイスに揉まれるまま埋もれてるか、思いきって揉みを強くするか。変なことに葛藤してしまう。
でも、強く揉まれたい欲望の方が勝った。あたしは身体を起こしてリモコンを手に取る。
ボタンに『強』と書かれてるから、これを押せばいいのかな?
「あまり変わらないわね」
ボタンを二回押したけど、マッサージの力加減に変化は感じなかった。
ひょっとしたら『速』のボタンを押した方が感じやすいのかな?
『速』を二回、三回、四回と押したけど変わらない。再度『強』を押しても……。
「こうなったら……」
思いきって『最強』『最速』を押してみた。でも、まったく変わらない。なんでだろう?
と思ってリモコンを戻した矢先、その答えがわかった。
「おぎょばごへがめきょみぎゃにょらべぎょあひょ……」
マハルさんの身体がマッサージチェアの上で、激しくのた打っていた。
あたし、間違えてマハルさんの席のリモコンを押してたんだ!
「めげほぎゃにごげが……」
「ご、ごめんなさい! すぐに止めます!」
急いでテーブルにあるリモコンを取った。
「マハルさんのは『3番』ね。……あれ?」
おかしい。停止ボタンを押しても止まらない。電源ボタンを押しても……だ。
この場合、どうすればいいんだろう? 考えること数秒。そして、
「待ってて! イツミさんを呼んでくるから」
あたしはリモコンをテーブルに戻して、廊下へと駆け出した。
その間もマッサージチェアではマハルさんが、激しく震動を続けていた。
ちなみにリモコンが反応しなかったのは、ちゃんとイスに向けてボタンを押さなかったため。
あせって上に向けて押してたのね。あたし……。