必殺技は宴会芸
「ミリィ。今日は必殺技を考えますわよ」
キャサリンさんが脈絡もなく誘ってきた。
「暇なの?」
「これは時間の有効利用ですわ」
あたしの皮肉に、キャサリンさんがキッパリと言い切ってくれる。
今は秋雨が終わって天気が安定してくる季節。それで暇を持て余してるんだろうけど、だからと言って「暇だから災害を起こそう」なんて考えられたら大変よね。
ここはそっちへ考えが向かわないように、付き合ってあげた方が良さそうだ。
災害を起こされないように遊びに付き合うのも、気象精霊としての立派なお仕事……よね?
「……で、必殺技って、何の? 格闘戦? 打撃戦? それとも……」
「もちろん霊術を使った大技に決まってますわ!」
「決まってるんだ。大技に……」
それでも、ざっくりしすぎだ。むしろ大きな霊術を使って大気を動かされる方を心配してしまう。
台風で殴り合うとか、やめてよね。
「霊光弾を使って、何かできないかしら?」
あ、良かった。そこは良識的なんだ。やはり精霊同士の戦いといったら、霊光弾の撃ち合いだよね。
「まず、お相手の真下の地面に撃ち込んで……」
「……ん?」
「火山のツボを刺激して下からドカンと……」
「待て待て待て〜いっ!」
いきなり何を言い出すんだ? この精霊は……。
「火山の噴火に巻き込めば、効果は抜群ですわ」
「抜群でも、それはやっちゃダメ! 大技でも、運命室から『始末書』を要求されるものは考えるのもやめて!」
「考えるだけでしたらタダですわ。やってみなければ……」
「考えたらやりたくなるでしょ。それができそうな霊術だったら……」
「なるほど。ミリィが言いたいことは、わかりましたわ」
本当にわかってるのかな?
「つまり、見ててカワイイ技が欲しいと……」
「誰も、言ってないんだけど……」
わかってない。絶対にわかってないわ。
というか、カワイイ技って何? 必殺技でしょ?
「まず小さめの霊光弾を用意しまして、そこに連撃をまとわせますの」
なんか勝手に始めてる。
「これだけでまっすぐに飛ぶしかない能のない霊光弾が、電撃をぶつける反動で、ある程度の軌道修正ができますのよ」
あ、その攻撃は、何度か見せられた経験がある。
あたしは体験があるから新鮮味を感じないけど、使いどころや相手によっては今でも十分に必殺技だ。
「ここから電圧を調整しつつ、電撃を網のようにまとわせますと……」
──しゅぅぅぅぅぅ〜ばちばちばちばち……
霊光弾が周りに火花を散らせ始めた。大きな線香花火だ。
「すごい、綺麗……」
「これはせいぜい目くらましに使える程度かしら? 綺麗なだけで、他には何の役にも立ちませんわ。せいぜい宴会芸に使えるだけです」
「ニャに? 宴会芸の練習かニャ? ボクも混ぜて欲しいニャ」
そこへ小さなヤマネコ精霊が飛んできた。あたしたちのやってることに興味を感じたんだろうね。来るなり、あたしの肩に飛び乗ってくれる。
「ファム。宴会芸の練習ではなく、必殺技の開発ですわ」
キャサリンさんが霊光弾を消して、ファムの期待を訂正する。
「必殺技ニャ? ニャんかカッコイイニャ。ボクもやりたいニャ」
ファムが仲間に加わった。
「必殺の霊光弾、作ってたのかニャ?」
「今は必殺というより、霊光弾の発展形の話って感じよね。雷をまとわせて、軌道を変えるとか、派手に見せるとか……」
まあ、今はまだ、そんな感じよね。
「派手といえば、色を変えることもできますわ」
今の話を受けて、キャサリンさんがさっそく次の霊光弾を生みだした。
「霊光弾に注ぎ込む霊力の強さで、色が変わるのよね。たくさん入れると青、少ないと赤って」
「さすがにミリィはご存知でしたわね」
「うにゃあ? 霊光弾って、色が変わるのかニャ? 白いんじゃないのかニャ?」
ファムは知らなかったみたいね。というより、気にもしてなかった……かな?
「ファムの作る霊光弾は、いつも緑色ですわ。ただ輝きが強いので、白く見えるだけです」
「うにゃあ? ボクが作るのは緑だったのかニャ? でも、白にしか見えないニャ」
ファムがあたしの肩に乗ったまま、霊光弾を作り出してくれた。そこで爪を立てて自爆なんて、させないでよね。
「ファムの作る霊光弾は、お日さまよりも少しだけ青に近い緑色ですわ。でも、緑色は輝きを増すと他の色と混じってすぐに白くなりますの。……なるほど。それでしたら作りづらい緑の霊光弾を作ってみるのも一興ですわね……」
あ、キャサリンさんの方針が固まった。
必殺技にはならないだろうけど、職人技としては知る精霊だけが知る高難度技になるのは間違いないわね。
「ですが、それでは今日の趣旨に反しますわ」
このまま気づかないで欲しかった。
さすがに平和な必殺技……は、作ってくれないだろうなぁ。
「でも、色は良い考えですわ。霊光弾の色を緑から赤、更に与える霊力を下げていくと……」
「うにゃ! 消えたニャ!」
キャサリンさんの手にあった霊光弾が、ふいに見えなくなった。
いや、よく見ると熱で周りの空間がゆがんでいる。一種の蜃気楼だ。
「そっか、霊力を落として、遠赤外線に輝く霊光弾を作ったのね」
「簡単な理屈でしたわね。光っても見えない霊光弾ですわ」
ゆがんだ空間を手に持って、キャサリンさんが勝ち誇ったような顔で言ってくれる。でも、
「とはいえ、おそらくこれは失敗作ですわ。必殺技ではなく、不意打ちにしか使えません。ということで、試し撃ちの三・九×一〇の一〇乗ジュールですわ!」
すぐにそう言い直して、ゆがんだ空間をあたしに向けて撃ち放ってくれた。
見えない霊光弾。でも、それは肉眼では見えないというだけ。熱や電撃は火の属性だから、そういう属性を持つ精霊には見え見えだ。
だけど、あたしにはその属性が……。
「痛いニャ!」
見えない霊光弾は、あたしにではなくファムに当たった。弾かれたファムの手から、持っていた霊光弾が放り出される。
そういえばファムも火の属性が弱かったわね。
「何するニャ。ひどいニャ!」
霊光弾に直撃されても、ファムはあたしの肩に乗ったまま。吹き飛ばされるほどの威力すらなかったんだ。
そのファムの放り投げた霊光弾が、雲の中に入って自爆している。
「あら、ごめんあそばせ。お詫びの気持ちですわ〜の、四・三×一〇の一四乗ジュールですわ!」
すぐさまキャサリンさんが、次の霊光弾を放ってきた。作ったのは小さくてピンクの霊光弾を二つだ。
二つのミニ霊光弾が、接近して高速回転している。もしかしたら触れてるんじゃないかな。接触した場所から、下に向かってエネルギーが吹き出している。それを正面から見ると、見事なハートマークだ。
「そんな気持ち、ありがた迷惑だニャ!」
ファムがあたしの肩から逃げた。
ハート型の霊光弾は電撃をまとってないから、軌道を変えられずにまっすぐあたしに向かって来てる。
正直、これがキャサリンさんからだと思うとホントに迷惑よね。ゴメンだわ。
「風の結界!」
自分を中心に、周りの空気を高速回転させた。強い渦巻きが近づくものを切り裂く、鉄壁の防御だ。
そこへ飛び込んできたハート型の霊光弾は、爆発することなく引きちぎられて、風に呑まれていく。
まさに完璧!
「風の精霊らしい結界ですわね」
キャサリンさんが楽しそうに言ってくる。
さすがにハートを壊されて不機嫌なんて態度を取られても困るけど……。
「まあね。渦の中心は風がなくて安全なのよ」
「ミリィ。そのまま竜巻にして仕返すニャ!」
襲われたファムが、そんなことを言ってきた。
まあ、あんな仕打ちをされたら、怒りたくのもわかるわね。でも、
「さすがに、これを竜巻になんかしないわよ」
風の結界をいじって、竜巻になんてするつもりはない。
「うにゃあ。じゃあ、ボクが自分でやるニャ!」
ファムがあたしと同じように、自分を中心に風の結界を張った。それを、
「キャサリン、覚悟するニャ!」
仕返しとばかりに上へ伸ばして、大きな竜巻にする。
「面白い。さあ、いらっしゃいませ!」
こういうことはキャサリンさんの大好物だもんね。ファムの反撃を受けてやろうと、結界を張らずに身構えてみせる。
ところが、
「うにゃあ〜! 吸われたニャア〜〜〜〜〜……」
ファムからの攻撃はなかった。育てた竜巻に吸われて、天高く飛ばされている。
「ミリィ。今、何が起きましたの?」
「風の結界を竜巻になんか変えたら、吸い上げられて当然でしょ」
「なるほど。それは気づきませんでしたわ」
あたしの解説に、キャサリンさんが甚く納得した顔を見せてくる。
そういう失敗をやらかしたファムは、
『高度四〇〇〇メートルまで飛ばされてきたニャア〜……』
なんて言いながら、雲のパラシュートを開いてゆっくり降りてきている。
いや、精霊ならパラシュートなんか要らないんだけど……。
『いいのだ〜、ファム。今の宴会芸は九点、八点、八点、九点、一〇点の四四点なのだ』
『暫定トップだぞー!』
離れた雲から、やんやと囃し立てる声が聞こえてきた。
「いつの間に……」
そこでは酒樽を高く積み上げて、気象精霊たちが宴会をしていた。
今の季節、お天気の動きが少ないから、暇を持て余してる精霊が多いのよね。特に決まった地域だけを担当する下級精霊はなおのこと……。
そんな宴会場には大きなボードが立てられて、『ハート型霊光弾、四一点』『霊光弾花火、四〇点』『ハートブレイクの結界、二八点』『見えない霊光弾、七点』と順位が付けられている。まさか、最初からやってたの?
『ぷっはぁ〜。ミリィ、点数が出てないよぉ〜』
ユメミもいた。酒樽の山のふもとで、すっかりでき上がっている。
「ミリィ。わたくし、今、ムショーにあの山を噴火させたくてしょうがありませんわ」
「それは気が合うね。あたしも一度でいいから、やってみたかったのよね。酒樽山の破局噴火……」
「破局噴火。なんと甘美な響きなのでしょう」
ちょっと不健全だけど、即席の共闘作戦が決まった。
「ああ、雲の下からマグマのような積乱雲が!」
これはあたしの仕掛けた風の操作。
「雲の大地に亀裂ができましたわ。ついでに地電流も……」
続いてキャサリンさんの操作だ。雲に大きな裂け目ができて、そこへ酒樽が吸い込まれていく。
『おおおぁ〜?』
この事態に、宴会をしていた精霊たちは大騒ぎだ。這う這うの体で逃げ惑ってる精霊が多いけど、酔いすぎて腰が立たない精霊も目立つわね。
ユメミも逃げ出さない精霊の一人だけど、
「この酒樽とぉ、この酒樽はダメだよぉ〜」
足腰が立たないんじゃなくて、豪胆にも大事な酒樽だけは守ろうとしていた。ホント、肝が据わってるわ。
直後、
──ドッゴォォォ〜〜〜〜〜ン……
雲が破局噴火を起こして、酒樽が粉微塵に吹き飛ばされていった。
何人かの下級精霊たちが巻き込まれ、青空の中で悲鳴を上げている。
「やってしまった……。なんか虚しい……」
キャサリンさんと手を組んだこともある。
大量の酒樽を吹き飛ばしたのに、ユメミはしっかりとお気に入りの酒樽を守って結界の中で飲み続けている。
つまり、あたしは騒いだだけで終わったのも虚しい。
それよりも何よりも、
「ミリィ。お酒がもったいないから〇点だよぉ」
ユメミに〇点の札を出されたのが精神的に大きな反撃だ。そんなあたしにトドメを刺すように、
「さぁ、飲み直すよぉ。もぉ宴会芸はいいからぁ、ミリィも飲もぉ」
ユメミが満面の笑みで誘ってくれる。
こういう場合に使える必殺技が欲しい。