キャサリン流、図上演習
「生ぬるいですわ! もっと危機感のある気象管理をなさい」
手に大きなサイコロを持って、キャサリンさんがそんなことを言い出した。
そのキャサリンさんに集まっていた精霊たちの視線が向かう。
「何を脈絡もなく……」
「今年は梅雨明けが早すぎて、暇を持て余してますの。ですから、ミリィも遊びに付き合いなさいな」
「なんだ。それがホンネなのね」
梅雨時には災害が多い。そして梅雨が明けても、そこから三日ぐらいは大気が不安定で忙しくなる。だけど、そこを乗り越えると安定した夏の天気になるから、龍状列島では途端に仕事がなくなるのよね。
今年は梅雨明けが早かったから、その分だけ暇な時間が長引きそうだ。
それで南の海に行って台風を作りまくりという精霊もいるけど、今は台風のことを忘れてるのなら有り難いのかも。むしろ付き合って、思い出さないようにしてあげようかな?
「それで、何をするの?」
「図上演習ですわ。龍状列島の上でサイコロを振って、出た目の操作をしたことにしますの」
「なんかゲームみたいね。いいわ。付き合ってあげようじゃないの」
正直言うと、あたしも暇だったのよね。
正確には気象室本部に戻って、溜まっていた書類仕事を片づけようと考えていた。
ところが、ランティが夏休みを取って、待ち構えてるらしいのよねぇ。東亜支局のフロアに入り浸ってるって、支局長でランティのお母さんであるイツミさんから、そんなボヤキを聞かされてしまった。
ということで、あたしもしばらく地上で時間を潰そうかと思ってる。
「それでは、最初のサイコロを振りますわよ」
雲の上に大きな地図を広げて、キャサリンさんがサイコロを投げた。それが九州の上で止まる。
「『このまま』ですわ。いきなり、つまらないですわね」
いきなり悪い目が出なくてホッとしたわ。そう思ってるあたしにサイコロが渡される。
「陸上に悪い目を出すのは避けたいわね。キャサリンさんに悪いけど……」
わざと太平洋上に投げた。三陸沖に『寒冷化』と書かれた目で止まる。
「ミリィ。今のはワザと……ですわね」
「さあ、不可抗力よ」
しれっと答えて、小さく舌を出した。ゲームでも災害なんか起こしたくないものね。
「次はうちが投げますのね」
ノーラがサイコロを投げた。名古屋あたりを狙ったみたい。でも、跳ね返って関東地方へ転がっていく。
「キャサリンさま。『南下』って、何を南下させますの?」
「う〜ん。考えてませんわ」
キャサリンさん、思いつきでこのゲームを始めたわね。
というか、サイコロの目は六つだけ。『そのまま』『戻す』『北上』『南下』『温暖化』『寒冷化』で何がしたいワケ?
「ぼくも入りますニャ。どりゃあ!」
ファムがサイコロを蹴った。
「痛いのだ!」
ライチの顔面に当たった。それで跳ね返ったサイコロが、東北地方で止まる。
「また『そのまま』ですわ。このゲームは失敗ですわね。まったく面白くありませんわ」
あ、早くもキャサリンさんが飽きた。雲でベッドを作って横になってる。それは無責任すぎる。
──ピコピコピコ
そこへ緊急通信が入ってきた。ユメミからだ。
『ミリィ。大変よぉ。東京周辺ですごい雷雨だよぉ』
ユメミが遠隔操作で、あたしの前に立体の気象配置図を出してくれる。
「何が起きたの?」
『あのねぇ。突然三陸沖に寒気を伴った低気圧ができてねぇ、それが偏西風をねじ曲げて、梅雨前線を南に戻しちゃったのよぉ。それで南関東で大雨だよぉ』
「……ん?」
話を聞いて、脳裏にイヤな予感がよぎった。
『ミリィさん。東北地方で蛇行した梅雨前線が居座ってますわ。何が起きてますの?』
次にフェイミンさんからの通信だ。それを横で聞いていたライチが、何かに気づいたのか、こっそりと逃げようとしている。
そのライチの肩を、背後に飛んできたキャサリンさんがガシッとつかんだ。
「お待ちなさい! 端末計算機を持って、どちらへ行かれますの?」
「ひぃ〜!」
ライチが小さな悲鳴を上げた。そのライチは肩を震わせ、ガチガチに固まっている。
「何を緊張されてますの? 正直に言って怒られるか、黙っててしばかれるか、お好きな方を選になさいな」
キャサリンさん、何かに気づいたみたいね。それにしても、ひどい選択肢だ。これで何もなかったら、とんでもない言いがかりだと思うけど……。
「どっちを選んでも地獄なのだ!」
ライチがキャサリンさんの手を振りほどいて、全力で逃げようとした。
これは間違いなく、何かをやらかしたわね。
でも、悲しいかな世の中には、天と地ほどの能力差ってものがあるのよね。ライチはほんの数歩逃げただけで、キャサリンさんにあっけなく捕まっている。それでも何とか逃げようと、ジタバタともがいている。
そのライチが、
「すまなかったのだ。下級精霊への指示通信が開いたままだったのだ。演習のはずが、そのまま操作されてしまったのだ!」
「な……?」
ライチがとんでもないことを言ってくれた。
おかげでサイコロの目が出た通り、西日本は猛暑で東日本は天候不順だ。あちこちで水害が起きている。
「それは大義でしたわ。やはり災害が起こらなくては、風情がありませんもの」
あ、キャサリンさん的には『有り』だった。ライチを無罪放免にすると、嬉々とした顔で現場へ急行していく。
それで解放されたライチは、完全に放心状態だ。雲の上で腰を抜かしている。
その横では事態をまったく理解してないファムが、またサイコロを振ろうとしていた。