人工魔術師作成計画
オカルト研究会には様々な本が置いてあった。超能力の本から超古代の魔法とかが書いてある本。
今の時代、こんな本はネタとしか思われず、物好きしか買わないが、僕はこの意味不明なものが好きでこのオカルト研究会に入部した。
今は科学でなんでも説明がつくため、超能力という部分は機械で補える。魔法というのは実際に何をしたのかを見れば、もしかしたら科学で証明できるかもしれない。
大学卒業後、研究員となった僕は、縁もあり、トガシ博士の下で働くことになる。
「早く結果を出すんだ、この役立たずの科学者!」
「……すみません」
今日も所長から怒鳴られ、僕の耳は少し聞こえが悪くなった気がしていた。
「一週間、これが限度だ」
「その後は、僕は普通の研究に戻れるのですか?」
「何を言っている。研究所からは退去。君は無職になり、この安全な世界から出て行ってもらうんだよ」
「ま、待ってください! 外は人間が住んで良い場所とは言えない!」
「だからだよ。私は思うのだよ。優秀な人間は必要だからこの場所に残る。君のような無能は、不必要だから出て行ってもらう。小学生でもできる簡単な理論だ」
そんなのは理論でもなんでもない。ただの持論だった。
「……わかりました。一週間、待ってください」
「ふん、私としてはすぐ君には自由になってもらいたいのだけれどね」
そう言い残し、所長は研究室から出ていく。
「サイトウ博士。もうこれ以上は……」
赤い髪をポニーテールに結び、その赤を目立たせるかのような白衣が印象の女性が僕に話しかける。
僕を案じてか、コップに水を入れて持ってきてくれる。唯一僕の味方にして、優秀な人材でもある。
「……ありがとう」
僕の研究は人情や心理を完全に無視した最低の研究。そして戦争に使われる『超能力を使える人間の作成』だった。
☆
西暦二千百五十年。
化学は進歩し、今では空を飛ぶ車やホログラムといった技術が普通になり、世の中便利になる一方……と思われていた。
数年前にこの発達した技術が発端となり、テロ事件が起こった。
死者は数千。負傷者は数万。それが日本を襲い、一時は混乱ですべての流通が滞ってしまった。
今でも資源の流通が一部止まっている中、優遇されている分野がある。それが僕も所属する「兵器開発部門」と呼ばれる分野だった。
今の時代、核を使っても戦争を終わらせることはできず、上層部が考えた案が、超能力者を生み出すという案だった。
大学の頃に興味本位で入っていたオカルト研究会という今の時代からかけ離れていた部活に没頭していたおかげで、その技術や知識がなぜか今発揮されている。
しかし、もちろん後悔もある。
「僕の大学生活が、全否定されているみたいだ」
そう呟きながら、試験管を眺めて、不自然に輝く液体を眺めていた。
「サイトウ博士。それ以上試薬を空気に触れさせると、劣化して失敗するリスクが高まります」
「おっと、そうだった」
あわてながらも、慎重に試験管の中の液体を別な試験管に入れる。
注意したのは赤い髪が特徴の僕の唯一の助手であるアカネ君だった。
「サイトウ博士の論文は私も感動しました。だからこそ、このプロジェクトには私も賛成しかねます。しかし、やらないと『外』に出されてしまいます」
外。
それは、絶望と恐怖が入り混じった世界とでもいえる場所だろう。
僕の今いる研究所は、東京の一角に作られたシェルターの中にある。
様々な研究員がそこで兵器を作り、それを戦争に使う。成果が出れば、シェルター内の富豪が住む地域に永住。逆に成果を出せなければ今も兵器が飛び交うシェルターの外に追い出される。
偶然僕が大学で人間が超能力を使う方法という吹っ飛んだ論文を出したら、それに目を付けた研究者がこのシェルター内の研究室に内定をくれた。
「……トガシ博士。命の恩人ではありますが、僕の運命はこれで良かったのか考えさせられます」
僕を誘った恩人のトガシ博士。今は外の世界に追い出され、安否は不明となっている。
「トガシ博士の件はサイトウ博士が悔やんでも解決できません。今は自分の研究の成果を最優先にすべきです」
そう、今は僕がこの研究室のリーダー。助手は優秀なアカネ君だけ。どうにか成果を出さないと、外に出されてしまう。
「ここの細胞なんですが、これでは物を浮かせるという物理法則を無視する能力は生み出せません。この部分をこの細胞に代用できませんか?」
「そうだな、だがこれだと浮かせてから先の事が制御できなくなる。計算を見直そう」
「確かに……わかりました」
本当に有能すぎるアカネ君に、どうして僕のような得体もしれない人物と一緒に研究を続けられるのかを聞きたいくらいだ。
本来は研究員は数名存在した。トガシ博士が外に出るまでは。
そこから僕がリーダーとなり、数日でアカネ君を除く全員が、他の研究室に移動した。
リーダー以外は研究室の移動は可能。ただし移動先のリーダーの同意が必要である。
どこも人材不足ということもあり、全員が他の研究室に移動でき、残された僕とアカネ君だけが、この研究室で淡々と研究を行っている。
「……アカネ君は、移動を望まないのか?」
ふと出た言葉に、少し怒りのこもった返事が返ってくる。
「そんな戯言を言う暇があるなら、研究を続けてください。もしくは、こういう本でも読んで、現実逃避をしたらどうですか?」
アカネ君から一冊の本が出される。良くタイトルは見なかったが、テーブルの上にそっと置かれた。
「……実験を続けよう」
そう返すことしかできなかった。
首を左右に振り、思考を切り替える。
が、一周して僕の研究が最終的に何になるかを再度考え込ませる。
人を殺す兵器を作っているという研究に。
☆
所長が決めた期限まで残り一日。
アカネ君は諦めずに色々調べてくれているが、いまいち成果が現れない。
そもそも超能力ってなんだよと、自暴自棄にまでなりかかっていた。
僕のテーブルの引き出しには一枚の手紙が置いてあり、そこにはアカネ君の異動願いが書いてある。
赤い髪の科学者として名が通っているアカネ君の実力は研究所内でも有名で、実際スカウトが連日来ていた。
僕が引き留めていたわけでは無く、自信の意思でここに残っていてくれていたが、さすがに僕が追い出された後、ここの研究のリーダーに繰り下がりでなるには惜しい存在である。
そうならないためにも念のため準備はしていた。
「明日が、最後か」
期限が過ぎれば、当然追い出される。トガシ博士も同じ運命を辿っていた。
「超能力か……」
そもそも超能力っていう言葉が古いようにも思える。百年前にマジックが流行っていたとも聞くが、今の時代科学が全て。機械さえ使えば物を浮かすくらいは可能である。
「……これは?」
ふとレポートの下敷きになっていた本を発見する。
休憩時間にアカネ君が現実逃避と言って勧めた本で、タイトルが日本語で『ネクロノミコン』と書いてある。
禁じられた本という事で有名だが、当然本物ではなく、どこかの出版社がネタ本として販売した本だろう。そして内容はとてもひどい。
「笑えるな。これは酒を飲みながらでも読みたい本だ」
そうだ。久しぶりに酒を飲もう。
そう思い、冷蔵庫から酒を取り出す。トガシ博士が最後に残した秘蔵の酒をここで飲むとは思っても居なかった。
「なになに、手からは火を放ち、杖を持てば雷を落とす……一体何が言いたいのかわからないな」
全てが意味不明。しかしそれらが知っている言語で書いてあるからさらに意味不明である。
「禁断の魔法を使って、竜を封印する方法。異世界にワープする方法。どれも抽象的だな」
竜を封印というか、倒す方法だろうか。それならミサイルを使えば良い。ワープは、最近光を超える粒子が人工的に作れたとか言ってたし、今は無理でも将来的に可能だろうか。
そんな事を言いながら、酒を飲む。
「魔法かー、そうだなー」
目の前がぐらぐらと動きながら、自分の意思だが無意識で手が動く。
「そもそも浮かせるという事に無理があるんだな。手からは火や雷が出せるようにしよう」
無意識にタブレットの操作をしていた。視界が回っているのは変わらない。
「杖か。まあ必要ないけどあったら狙いが正確になるとか良いよな」
ブレーカーのスイッチをオンにし、制御装置に電源が入る。
「というか、そもそも脳を一つにするから失敗するんだ。二つに複製すれば良いんだ」
3D画面に映る脳の画像を複写する。
「今ある理論が邪魔だ。全部削除。そして再構築」
完全に酔っ払ってて、何をしているのか、自分でも不明だった。
そこで扉が開き出す。
「さ、サイトウ博士! 一体この光は何を!」
「ん? ……んんん!」
アカネ君の言葉にようやく気がついた。
僕の目の前には実験用の人が一人ほど入る大きさのカプセルがある。それがとてつもない光を放っていた。
「こ、これは!」
「博士!」
そして、大きな光に僕とアカネ君は飲み込まれた。
☆
「失礼するよ……何だねこれは」
所長が疑問に思うのも不思議では無い。
カプセルを中心に、周囲は何か爆発でもあったのかと思える状態だった。
棚の物は全て落ち、本はバラバラになり、コンセントからの電気の供給は期待できない。
「実験の成果……とでも言うべきでしょうか」
「ふん、失敗だったか」
「いえ、その、成功ではあります。ただ、時間を少しいただきたいのです」
これが僕にとって最大の悪あがきだった。
「何を言っている。期限は延ばさない。何が成功だ。証拠は……何だねあれは?」
そして所長は見る。
目線の先には、年齢にして十歳ほどの少女。
銀色の髪。幼い容姿。
一言で言えば子供である。
「あの子が……超能力……使いです」
「ほう、何ができるのかね?」
「所長! それ以上は進まないでください!」
アカネ君が少し大きめの声で所長の動きを止める。
「……アカネ君、君は賢いと思っていたが、気のせいかな? 私を誰だと思っているのかね?」
「尊敬しております。しかし、それ以上はとても危険です。もちろん証拠を見せます」
そう言って、アカネ君はクマのぬいぐるみと、ラジコンカーを準備する。
「……何がしたい?」
「見ていてください」
ラジコンカーに乗せたクマのぬいぐるみは、ゆっくりと幼女に近づく。そして。
パアン!
そんな音を出して、はじけていた。
「……な、なるほど。証拠があるなら、まあ良いだろう。少し時間をやろう」
所長の額に汗が見え、すぐに引き返す。どうやらなかなか衝撃的だったのだろう。
所長が去り、少し空気が軽くなる。しかし、正直幼女に関して僕はまだ何も制御できていない。
何かを与えようとすると、すぐに破壊し、僕たちも近づくことができないのである。
「さて、どうするべきか。ちょうど一日くらい経つだろうか」
幼女は依然と僕とアカネ君を交互に見ている。
「超能力者。せめてソースがあれば、対処は可能なのですが」
カプセルの爆発と共に、ネクロノミコンは消え去り、データの入ったタブレットも壊れてしまった。
酔っていたため、何をどう設定したかも覚えていない。よって、目の前の超能力者に対して、詰んでいるのである。
「いや、データや科学という前に、あの子は生きているのでは?」
ふと感じた忘れていた感情。よく見ると、呼吸をしている。
「アカネ君。パンを持ってきてくれないか?」
「え、一体何を?」
「いいから」
そう言ってアカネ君にパンを持ってきてもらう。
「……パンだ。お腹、空いただろ?」
「……ッ!」
右手に持っていたパンは、その場で破裂する。
「博士!」
「大声を出すな」
「!」
もしかしたら、初めてアカネ君に対して強く言ったかも知れない。僕もなぜこんなにも強く声が出たかも分からない。しかし、一つ思ったことがある。
この子は、まだ子供である。
「パンを二つ」
「ですが」
「いいから。持ってきてくれ」
「……はい」
そう言って、アカネ君はパンを二つ持ってくる。
「両手にパン。これでは君を傷つけることはできない。どうだ? 一緒に食べないか?」
「……」
無反応。いや、ずっと僕の目を見ている。
僕はこの子に対して恐怖を抱いてはいけない存在だと思った。
生み出した責任。作った責任は取らないといけない。
そして何より、この子は「人間を殺そうとしない」。
パンを一口、僕が食べる。これはこういう物だと見せつける為に食べる。
僕の口の動きに、幼女も口が少し動く。どうやら釣られているようにも思える。
「食べながらパンを差し出す」
……今度は破裂しない。
何かに脅えているのだろうか。
「大丈夫だ。これは美味しい。一緒に食べよう」
笑顔で話す。
「……ん」
差し出したパンは、強い力で引っ張られる。
「はは、まずはマナーを覚えさせるところからか」
「……んん、んあーん」
言葉もまだ分からないらしい。
「博士……」
心配しそうな顔で僕を見るアカネ君。それを見て、僕自信が生きていることに実感する。
爆発も悪いことばかりでは無かった。テーブルの推薦状も粉々になり、辛い別れにならずに済んだのだから。
そんなことを思い、緊張の糸が切れたのか、僕は、そのまままぶたを閉じて、気を失ってしまった。
☆
気がつけば布団の中だった。
確か小さい女の子がカプセルから現れて、パンをあげて、それから……。
「アカネ君!」
まずい、気を失ってたか!
ガバッと起き上がり、小さな悲鳴が聞こえてくる。
「ふぁ!」
「え?」
声の先をみると、少女が布団の隣の椅子に座っていた。え、なんでここにいるの?
疑問に思う中、アカネ君が入室する。
「失礼します。起き上がったのですね」
「あ、ああ。えっと、この状況は一体?」
「博士が倒れた後、私が驚いておどおどしていたら、この子が持ち上げたのです」
「この子が?」
驚いて見ると、再度ビクッと反応する。
「ああ、怖がらなくていいんだ。えっと……」
少し考える。
パンを渡すとき、パンだけを破壊した。我ながら無謀な挑戦だったが、この子には人間を殺す考えを持っていない。
誠意を込めて話せば分かる。言葉は伝わらなくとも、今回ここへ運んでくれたという行動は少なからずこの子の意思だと思う。
だから、僕はお礼を言わなければいけない。
「ありがとう!」
そう言って、ゆっくり手のひらを見せながら、少女の頭に手を乗せて、撫でて上げる。
少し暖かい感触は手を包み、少し癒やされる。また、少女もその安心感から、次第に身を僕に寄せてくる。
「はは、こうしてみると可愛いもんだな」
「ええ、超能力云々は置いといて、可愛い子供です」
「これから少し忙しくなるぞ。この子に色々と教えないと行けないからな。まずは、言葉だ!」
未婚の僕が、子供を養い育てる役割を、この日から行うこととなった記念日になった。
☆
数日が経ち、次第に言葉も覚え始めた。最初は「サイトー」とか「やっ」とかしか話さなかったが、今は日常会話も可能なレベルとなっていた。
「サイトー。お腹すいた」
「ちょっと待っててな。あ、物を壊すなよ」
「んー」
まあ、少し我が儘な部分もあるんだが、そこも少し可愛く思える。
調べて分かったのは、この子には脳が二つあるということだ。どのような処理が脳内で行われているのかはわからないが、単純に物事の理解が早いというのは分かった。
あとは、超能力と呼んでいる力だが。
「あ、マオ、そこの皿を取ってくれ」
「んー」
フワッと浮いて、皿を僕に渡す。
ちなみにマオというのは少女の名前だ。本当は名前では無く数字を使うつもりだったが、こうも自我を持っていると人として扱わないといけない気がする。
「マオちゃん、だんだん慣れてきましたね」
「ああ、実験は成功。ただ富豪層の地域へはまだ引っ越せないがな」
超能力者の作成には成功。しかし、引き渡すまでが実験だ。
現時点ではまだ言葉が理解できないという理由で引き渡しを行っていない。
そもそもこれは超能力というべき能力なのか気になる。
「そういえばアカネ君の読んでいたネクロノミコンだが、なかなか面白かったな」
「ああ、あの現実逃避本ですか。手から火とかですよね。過去には魔法という存在もあったそうですが、私がその時代に行ったら、科学的に証明して見せますよ」
そう言って、どや顔を見せる。
その赤い髪も今日はポニーテールをやめて結び目が無く、自然の状態が色っぽさを出している。
「科学的に証明。そうだ、マオ。お願いして良いか?」
「ん?」
多少の言葉なら分かる。
皿を運ぶのと同じく、この些細なお願いなら、どうだろうか?
「火の玉を出して、それを空中に浮かせてくれないか?」
「サイトウ博士は何を言っているんです?」
「ん」
マオは迷いも無く頷く。
「え?」
ボウッとマオの手から火の玉を出し、それをしばらく維持する。
「ありがとう。もう消して良いよ」
「ん」
そう言って、火の玉を消す。
「今のは……」
アカネ君が何度も瞬きをする。
「さて、科学で証明してみてくれ。マオの手は見るだけ。話を聞いても良いが、多分答えは返ってこないだろう」
「……はは、参りました」
案外あっさりとしていた。
「超能力というのは逸脱した能力も含めて超能力です。しかし今のは、まるで魔法ですね」
「そう。僕は今回の研究で、超能力者は生成できなかった。代わりに魔法使いを作ったみたいだ」
これがこの先どういう未来が待ち受けているか、僕にも想像できないが、科学で証明できない人物となると、国も黙ってはいられないだろう。
「しばらくは、黙ってるしか無いだろうな」
ブツブツ言いながら、僕はクッキーを持ってマオに近づく。今では驚かさない限りはマオも驚かない。
「協力してくれてありがとう。これはご褒美だ」
「ごほうび?」
「そう。良く覚えるんだ。お菓子は嫌なことを忘れる魔法の食べ物だ。これを食べて、もっと元気になるんだ」
「マオ……元気だよ?」
「そうだったな」
このやりとりに幸せを少し感じている僕は、平和ぼけをしているのだろう。
この後に襲ってくる悲劇が無ければ。
☆
突如襲ってくる爆発に、一瞬気を失っていた。
「な、何が起こった」
視界が徐々に戻り始めて、やがて景色が理解できるほど頭の回転が戻った途端、まず理解したのは血だらけの自分の体と、大きな爆発後の研究室だった。
カプセルが爆発したとき、棚や机は吹っ飛んでも、僕とアカネ君は無事だった。
今なら分かる。
マオは人間を傷つけない。
だからこそ、今の爆発は別の何かの仕業だと思った。
「一体誰が?」
「誰が。か」
聞き覚えのある声。
所長が武装をして目の前で立っていた。
「所長……一体何を」
「何をとは愚問だね。結果は出たなら早く提出。報告は迅速にしなければいつ戦争に負けるかわかりませんよ」
「サイトウ博士!」
アカネ君が数人のフルアーマーの人間に捕まっていた。あれでは身動きが取れない。
「研究室には監視カメラが付いています。何日か様子を見せて貰いましたが、実に平和だったね。故に、君は嘘をついていた」
「言葉……ですか」
「そう。もうあんなに話せるのに」
そう言って、マオを見る。
「サイトー! これ、何!」
一番最初に出会った時と同じく脅えているマオ。これはまずい。 何をするか分からない。
「それにしても素晴らしいですね。魔法ですか」
「聞いていたんですか?」
「いえ、あくまで推測です。超能力ではなく魔法を使う人間を作り出すなんて、これは国からご褒美が貰えますね」
「所長。残念ですが、あの子を戦争にはつれて」
行けません。
そう言おうとした瞬間、視界がぶれた。
いや、正確に言うと、殴られた。
「頬にハエが止まっていました。それで、何ですって?」
「……何度でも言ってやります! マオは僕の子だ! 戦争には行かせない!」
「面倒は苦手です。一号。やってください」
「ハッ」
そう言って、僕に銃口を向ける。
「貴方という存在がいるから、才能が無駄になるのです。であれば、消えて貰えば、話は早いでしょう」
所長の右手で何かのサインを出す。
何も躊躇いも無かった。
サインを送った後に聞こえたのは、パンッという破裂音。その音に一瞬目を閉じる。
撃たれたのか?
それとも、銃弾は外れた?
「サイトーに怪我は、ゆるさない」
マオが、箸を持って僕の方に向けている。
「なるほど、魔法か」
杖を持てば精度があがる。僅かながら覚えていた設定だ。
「素晴らしい。それで、銃弾はどこに消えたのかな?」
「……足、気がつかない?」
「何を……お、おおおあああああいったあああああ!」
何が起こったかわからなかった。いつの間にか所長の足には銃弾が命中していた。
「な、な、何を!」
「反射。サイトーに何か飛んでたから、それを跳ね返した」
「そんな、ガジェットが無いのに、どうやって……そうだった、魔法というのがあったな」
未だに魔法という存在は不確定要素の塊だった。科学は確かに凄まじく進歩する中、不明点が一つでもあればそれは立場が逆転するほど科学は不安定だった。
「面白い。そして、早く連れて帰りたい!」
所長がマオを見て、近づく。
「まずい、マオ! 逃げろ!」
「で、でも!」
僕に向けて銃を撃った人は、所長に玉を当ててしまったのではと思っているのか、混乱している。
その人に向かって体当たりし、銃を奪い取る。
「フルオートの拳銃。狙った場所は絶対に外さないタイプか」
研究雑誌で読んだ銃がすでに実装されているとは思わなかった。だが、今はそれを考える暇は無い。
銃をアカネ君を捉えているフルアーマーの男達に向けて、躊躇いも無く放つ。
「があ! う、腕が!」
「馬鹿な! フルアーマーだぞ!」
全身鎧の最新アーマー。
しかし、弱点はその可動部分で、その隙間なら銃弾が命中する。この銃であればそれを狙うことは可能である。
「マオ! いいか、よく聞くんだ! とにかく逃げろ! 遠い場所、遠い世界、遠い星。何処でも良い。とにかく、ここから離れるんだ!」
「でも、サイトーとアカネが!」
「いいから! このままだと僕は、君を辛い場所に送ることになる。頼む、僕の幸せの為に逃げてくれ!」
精一杯の言葉だった。
そして、言った後、一つの銃声が鳴り響く。
「さ、サイトー!」
撃たれたのは僕の腕だ。誰が撃ったか。それは一瞬で分かった。
「逃がすものか。折角戦争に勝てるチャンスを、簡単に逃がしてたまるものかああああ!」
所長の持つ拳銃から煙が出ている。きっと僕を撃ったのはあれだろう。
「いっ、は、早く飛べ! 頼む! 逃げてくれえ!」
「う、うあああああああ!」
マオから光りが放たれる。
まるで、初めて出会った時と同じ光だった。
最初は出会いの光だった。
その光は、僕たちに希望と幸せをくれた光だった。
最後の光は別れだった。
その光は、悲しみと切なさが伝わる光だった。
光が消えると、マオの姿も消えていた。
研究室はいくつもの爆発の末、廃墟となっていた。
「は、博士」
アカネ君が心配そうに僕を見る。当然である。腕から血を流し、今にも倒れそうな状態なのである。
「余計な事をしてくれたな。君には外に出て貰う」
そして僕は、この研究室の外に出て、平和な日常は消え去ることとなった。
いとです。
短編二作目は魔法を使ったファンタジー。ですが、実際は魔法を使っている部分が少ないとも思っています。
とはいえ、一番に書きたかったのは、運命的な出会いを成し遂げた主人公とヒロイン(今作の場合はマオですね)が、必ずしも幸せに一生生活できないという部分です。
もちろんこの先の部分の物語は前作同様に思いつきません。マオの部分に関してはいろいろと創意工夫ができそうですが、この作品に関してはこれで完結となります。
つたない文章ではあったと思いますが、お付き合いいただきありがとうございます。また、他作品を見てくださった方に関しまして、この場を借りてお礼を申し上げます。
では、また次回会いましょう。