95話 それぞれの仕事
「コーヒー二杯です」
「ポテトサラダとパスタセットを一つずつ」
「はいはーい、今すぐお作りするよーっ」
「えっと、えっと……」
「シャロン、落ち着いて」
俺たちはカフェ『ドルチェ』にて本格的に依頼をーーいや、これは依頼ではなく求人広告だ。
この際どちらでも構わない。シャロンの父、イヴァンから荷物を受け取りシフォンさんへ報告をしたあと、早速カフェの制服へと着替えて簡潔な説明を聞くとすぐにホールへ出された。
みんなもだが、俺は前世含めてバイトそのものが初めてだったので最初は戸惑っていたが、まだ空いていた夕方の時間帯にベテラン店員と二人で指導をされながら接客を行っていたが、日が沈むと混み始めて全員が個々に対応するようになった。
「すいませーん」
「こっちも注文お願いしまーす」
「はーい!今、行きます」
思ったよりも混むな。というか昼間に来たときより人が多い気がする。客層は大体が若い男女か子供連れだが、中年の冒険者なども見られる。
夜だし仕事終わりにって感じで来たのか?それなら酒場とかに行きゃいいんじゃないかとも思うが……
「おうシフォンちゃん、今日も可愛いな!」
「シフォンちゃーん!俺にあっちのサービスもしてくれよー」
「ふふふー、ダーメ!僕はそんな安い女じゃないからねー♪」
まぁ、予想通りというかなんというか。結構男受けしそうな格好だったしな。シフォンさん目当てで来てるんだろう。むさい男がいる酒場よりエロい女がいる方に来るのは男として当然だろう。
そう思っていたのだが……
「お兄さん、ちょっと私とイイコトしない?」
「ご注文はメニューに載ってるものだけでお願いします」
「えー、チョットだけ夢見させてあげるよー?」
「メニューに載ってるものだけでお願いします」
「そんなこと言わずにさー!ねー?」
別のテーブルにて、アレスが若い女性グループの人たちに逆ナンされていた。確かにアレスは顔も整っているし、女性としては声をかけたくなるのだろうな。
アレスは顔色ひとつ変えず、冷静に仕事をしていた。まあアイツにゃ心に決めた人がいるのだし、こんくらいで動揺はしないのだろう。
ここってカフェだよな?居酒屋とかじゃないよな?
「……はぁ」
思わずため息が出る。俺は一体何をしているんだろうなぁ。これって依頼に混ざっていた求人広告だったりしないだろうか。
「おう兄ちゃん、注文頼むぜ」
「カシコマリマシタ」
そんなことを考えながら俺は仕事を続けていると、あるテーブルから怒声が響いて店内が静まり返った。
「なんでこんなのがいるんだ!」
「こんなのって女性に対して失礼ね。私は依頼で働いているのよ」
「ふざけるな!」
怒声がした方を見ると、ある男性客とアクリーナが何やら揉めているようだった。
「別に私がどこで働いていようと私の勝手でしょう?」
「お前みたいに気持ち悪いのが!こんなところにいると飯が不味くなるんだよ!」
話の内容的に、アクリーナに対して不満があるようだな。忘れそうになるがアクリーナは朱眼の一族で、その中でも特に忌避される忌子と呼ばれている。
一般人からしたらその反応が普通、なのだろうな。友達がああ言われてるのを、黙って見てはいられないが、今は俺は別の客の相手をしていて手が離せない。
「……やっぱり、黙ってたけど何であんな奴が店員をしてるんだろうな」
「依頼と言ってたが、選ぶものを考えてほしいよな」
「兄ちゃんもそう思うだろ?」
「へ?俺は、その……」
あの客の怒声によって静まり返っていた店内のあちこちから、ボソボソとアクリーナに対する悪口というか不評が聞こえ始めた。
俺が相手をしていた客もれいがいではなく、むしろこちらへも同意を求めるようなことを言ってきた。
「ん?ああ、兄ちゃんたちはアレと同じパーティなのか?」
「それなら悪いことは言わねぇ、すぐに解消した方がいいぞ」
俺が返答に困っていると客がそんなことを言い始めた。ふざけるな。そこまで言われる筋合いはない。それに彼女は俺たちの仲間だ、罵倒することは許さない。
俺が一言文句を言おうとしたところで、また別の声が店内に響いてきた。
「はいはーい、お客様一体どうなされましたか?」
「あ?ああ、シフォンさんよ。何でこんな奴を働かせて……」
「帰れ」
「は?」
「ウチの可愛いスタッフを侮辱する輩は、客じゃないよ。とっととお帰りくださーい」
シフォンさんは満面の笑みで男性客に対し、低い声でそう言うと『お出口はあちらです』的なポーズをとる。
「ちょ、待ってくれよ。俺は……!」
「は・や・く・か・え・れ」
一文字ずつ強調しながらシフォンさんは笑みを崩さずに言う。段々と禍々しいオーラが出て、というか魔力を高めて半ば脅しにかかってるな。なんか怖えぞ。
「ちっ、覚えてろよっ!」
「やーだねーっ」
男はバタンと荒々しく店を出て行った。それに対してシフォンさんは子供みたいな感じで言い返した。
「あの、ありがとうございます」
「いいよいいよっ、アクリーナちゃん。こーんな可愛いのに全く酷いよねーっ」
「むぐっ!」
シフォンさんがアクリーナに勢いよく抱きつく。それにより豊満な胸に顔が埋もれ、息ができないように見える。
うらやま……じゃなくて、シフォンさん、アクリーナのこと差別もしないし、従業員のことを大切に思ってるんだなぁ。……可愛い女の子が好きなだけじゃないよね?
「……だよなぁ。さっきの男、何を考えてるんだろうな」
「あのウェイトレスの子、可愛いと思ってんだよな。なんていうか、学生にしては色っぽい雰囲気がするし」
それまでやり取りを黙って見ていた周囲の客が、手のひらを返したかのような感想をこぼし始める。
ふざけるな。さっきまで散々あの男に同意していたくせに。俺が静かな怒りで拳を握り、震えているとシフォンさんが周囲に向かって言った。
「今さら何を言ってるのかな?さっきまで君たちも似たようなことを言っていたよね?」
一気に店内の空気が凍る。
今度は笑みではなく冷たい視線を周囲へと向けながら、淡々と続ける。先ほどのギャップもあり、かなり怖い。
「あんまりふざけたことを言ってると…………追い出すよ?」
途端に背筋に寒気が走った。
『追い出すよ』のところを強調し、鋭い目つきで周囲を睨みつけるシフォンさんの迫力に押され、店内にいたほとんどの客が縮こまっていた。
「……さて!気を取り直してお仕事お仕事っ!ほらアクリーナちゃん……アレ?アクリーナちゃーん?」
「……ひゅう」
アクリーナはシフォンさんの胸に顔を押し付けられていたのだ。そのため息ができず窒息寸前となり失神していた。
「ありゃー?とりあえずアクリーナちゃんは一時休戦だね」
休戦って、確かに忙しい時は戦争だなんて言っている人は聞いたことはあるけど。
「お騒がせしたねーっ、それじゃあ引き続きゆっくりしていってねー!」
シフォンさんはアクリーナを引きずって裏へと引っ込んでいった。同じ女だからか遠慮がないな。
ちなみにシャロンはというとシフォンさんが気を利かせてくれてキッチンの方でケーキなどデザートを作っている。
彼女もまた可愛い制服を着ながらそんな作業を楽しそうに仕事をしていたのでなんとかなったのだ。
◇
カランカラン
「ありがとうございましたー」
最後の客が出て行き、ようやく全ての仕事が完了した。討伐や戦闘とは違った疲れで、全身がクタクタだった。
こんなことなら依頼を受けない方がよかったかもしれない。
「みんなお疲れ様ーっ!」
シフォンさんが元気そうに俺らを含む従業員全員に対して労りの言葉をかける。
元気が有り余ってるな。流石はオーナーといったところか。
「君たちもお疲れ様っ。いやー、ほんと助かったよー。最近人手が足りなくて困ってたんだよね。ありがとっ」
「こちらこそ、ありがとうございました。あんな横暴な客にバシッと代わりに言ってくれて、助かりました」
「いいってー、アレは客じゃないんだからさー」
確かにあんなのを客とは思いたくない。
前世でもああいう輩に対して言いたいことを言う従業員は見たことはなかったし、凄い人だな。
「さーて、確か証明書だったよね。ちょっと待っててね」
シフォンさんが奥へと引っ込み、少しして一枚の紙を持ってきた。
「あとはこれをギルドに出せば依頼は達成だよー
「ありがとうございます」
「この依頼はしばらく貼りっぱなしにしてるから、よかったらまた来てね」
確かギルドの人が俺らが剥がした依頼をまた貼り直していたな。人手不足らしいし。
「それじゃあ僕たちは店じまいするから、もう外は暗いし気をつけてね。バイバーイ!」
そう言ってシフォンさんは再び奥へと戻って行った。ようやく依頼が、試験が終わった。これで明日からは夏季休暇だ。
「さて、俺らも行こうか」
「うんっ」
「とても疲れたわ」
「全くだよ。何度女性客に声をかけられたことだか……」
アレスが物凄く疲れた表情でそう呟く。やっぱ内心疲れていたんだな。アレはアレで本当に大変だったんだろう。
俺も俺で皿を割っちまうミスをしちまったし、色々と疲れたよ……