93話 求人依頼(アルバイト)
驚愕して固まったままのドロシーをよそに、俺たちはバーンブルのツノを回収してギルドへと提出した。
「んなっ!?いつのまに終わっていたのだ……」
ドロシーは終始驚きっぱなしで気がついたら終わっていたようなことを言いながら、ギルドの仕事へと戻っていたのが印象的だった。
受注をしてから大体1時間くらいか?あんまり時間は掛からなかったな。すぐに目標が現れてくれたのもあるだろうな。
案外楽な依頼だった。これでDランクなのだから結構評価を稼げそうだな。
もういっそのこと同時に受注して稼げるだけ稼いでみるのもいいかもしれない。
「それじゃあ次はどうする?このペースなら規定の三つなんか余裕でクリアできそうだけど」
「そうだね。それなら掲示板に貼ってあるのを片っ端から受けてみるか?」
「うーん、それでもいいかもしれないけど、残りの魔力とかの問題もあるし、ほどほどにした方がいいと思うわ」
確かにアクリーナの言う通り、実力で問題はないとしても魔力が切れてしまって倒れたら元も子もないし、無理せずできる範囲でやった方がいいな。
「それもそうだな。残りの魔力も考えて、一日に受けるものは少し考えようか」
「そんじゃ、次はこれにしよう」
アレスがさっそく掲示板から依頼を剥がして受付へと持っていった。確かアレはバーンブルの隣に貼ってあったやつだな、あっちも同行者がつくDランクの討伐依頼だったろう。
なんだっけな、ブラッドボアーと書いてあったような気がする。イノシシの魔物で動きが俊敏で魔法が当て辛いとかなんとか、父さんにやらされた実戦訓練でも狩らされたやつだったな。
「そんじゃ、しゅっぱーつ」
「おー」
そして、この日俺たちは二度目の討伐依頼を受注し、今度は40分ほどで帰ってきた。ちなみに同行者は面識のない男性ギルド職員だった。ドロシーみたいに終始驚愕していたが気にしなかった。
◇
あれから二週間が経ち、いよいよギルドの依頼をこなす試験の最終日となった今日、ギルドでは仮登録をしたあの日と同じくらいの人混みで溢れかえっていた。
所々から「早めにやっときゃよかった」だの「だからやれって言ったでしょ!」と何日も依頼をせずにサボっていた生徒の声が飛び回っていた。
一方俺たちはというとあれからほぼ毎日のようにギルドへと通い、討伐系の依頼を始め掃除やらペット探しなど低ランクの依頼もこなして数を稼いでいた。
「人が溢れかえってるなー」
「まあ最終日だからね」
「うーん、無理して受ける必要あるかなぁ?」
「それもそうだけど、最終日だから何もしないとなって評価に影響もないと言い切れないんじゃない?」
「ゴットハルトならやりかねない気がする」
アイツのことだ。「最後だから手を抜くとは舐めとるのか!」とか言いそうだ。
「この人数だし、落ち着いたら残っているのを受注するのがいいだろうな」
俺たちは人混みが無くなるまで適当に時間を潰すことにした。
「んー、とはいえこの人数だしどのくらいで落ち着くのだろうか」
「なんか仮登録の日を思い出すわね」
「あの日もこのくらい溢れていたよね」
「そうだな。あの時とは別の意味で生徒が騒いでいるしな」
仮登録をした日は楽しげな会話などが飛び交っていたが、今日に至っては必死な、焦っている会話が多く聞こえており、正反対な雰囲気だった。
「それじゃあ近くのカフェでお茶でもしない?そこ、ケーキが美味しいのよ」
アクリーナが提案する。
カフェで軽く食事か、腹ごしらえして万全な状態で依頼を受けるのも悪くはないな。
「うん!あそこのケーキ、とても美味しいよね!」
シャロンが興奮したようにアクリーナの提案に同意する。最近二人でよく出かけていたのはそういうことか、この二人が言うのならとても美味いのだろう。
「じゃあ行こうか。案内してくれ」
「うん、任せて!」
俺たち一行はそのカフェとやらへと足を運んだ。
「うーん、これは美味い」
「でしょ!」
シャロンたちの言うように、カフェのケーキはとても美味しかった。本当に頬が落ちるかと思うくらい甘くてとろけてしまいそうだった。
甘いもの好きな俺にとってどのケーキも美味しく感じられるが、特に前世でもなじみ深いチョコレートが使われているものは懐かしさもあり、とても美味かった。
「そういえば依頼はどのくらいやったんだっけ?」
「今日までのだと、Dランク5つにE、Fランクを合わせて7つで全部で12個だな」
他の生徒や一般冒険者もいたせいで、あまり多く受けられなかった。それにDランクみたいに一般向けの依頼は一般冒険者に優先されるので学生に回されるものはそんなに多くなかったのだ。
まあ、規定の依頼数を大幅に超えているし全員できちんと協力、連携は取ってきているつもりだから問題はないだろう。
チラリとカウンターの方を見ると生徒らしき人が数人、ウエイターとして働いているのが見えた。
こうしてみると依頼というより求人広告にも見えなくはないな。つーか冒険者にやらせるものなのか?こういうのって、商人ギルドとかそういう専門のところに任せるものじゃないだろうか。
全体的に見ればどれも金を貰っているのだし、依頼という名のアルバイトと言っても過言じゃないだろうか?
「それじゃあ荷物が裏に届いてるはずだから、次はそれを運んできて」
「はい!」
オーナーらしき人がウエイターに言う。
荷物か、料理や飲料の材料とかだろうな。ケーキだと卵とかバター、この世界でいうところのグラニュー糖とかイチゴだったりするだろう。
「イヴァンって人が来てると思うから、その人から受け取ってね」
「はい!」
……え?
一瞬、俺は耳を疑った。イヴァンって、もしやあの人か?シャロンの父親の。
俺はそちらに意識を向けていたので会話が聞こえていたが、シャロンたちはお喋りに夢中であちらで自分の父親の名前が出ているのに全く気がついていない様子だった。
少し気になるな。同姓同名かもしれないし、だからといって見知った名前が出てくると気になるものだ。
「……少し、トイレにいってくる」
「うん、いってらっしゃい」
そう言って俺は席を外して店の裏方へと回ってみることにした。
ちょっと顔を見てすぐに戻ろう。
「これで全部だ。卵とかもあるから割れないように注意して運べよー」
「はい!」
「もしかして君たち学生かな?それならこれも依頼の一部になるから、ちゃんとした評価が貰えるように頑張れよ」
「はい!ありがとうございます!」
「それじゃあ、重いから気をつけてな」
そう言って荷馬車から荷物を下ろした人物、イヴァンは再び馬車へと乗るとそのままカフェを後にした。
その場には男子学生が二人と大量の荷物が置き去りにされていた。
イヴァンって、マジであのイヴァンだったよ。
シャロンの父さん、こんな仕事をしていたんだな。元冒険者だからてっきり剣術とか教えているとかそういうことをしてるのかと思ってた。
俺は物陰からその様子を見届けると、すぐに店内へと戻って席へと着いた。
「あ、おかえりクーラス」
「ああ」
「どうしたの?」
「いや、別に」
そういえばシャロンってこのこと知ってるのかな?まあ自分の娘なのだし話していてもおかしくはないと思うが、シャロンのことだし興味すら無さそう。それならば特に伝える必要もないか。
「それで依頼なんだけど、やっぱり最後だからって難しいのを選ぶ必要もないと思うんだよね」
「同感だな。それで最後の最後でヘマをするなんてことになったら目も当てられん」
「うーん。でもこうしている間にもどんどん依頼は無くなっているわけだし、結局この間と同じ感じになるんじゃない?」
「確かに。結局は残ってる依頼をやるわけになるのだから、悩んでいても同じだろうな」
まあどの依頼でも問題はないと思うからそもそもこういう話をする必要もないだろう。
「すっかり話し込んだわね。2時間くらい経ったかしら?」
「こんだけ時間が経ちゃ、ピークは過ぎてるだろうしそろそろギルドに戻ろうか?」
「そうだな。早く終わらせて帰って荷物をまとめないとな」
これが終われば夏季休暇に入る。その前に結果発表があるけど俺たちならば問題はない。チャチャッと終わらせてゆっくりと休ませてもらうとしよう。