91話 ゴットハルト
次の日、俺たちは再びギルドへと来ていた。それは依頼を受けて試験に合格するためだ。
「さーて、何かめぼしい依頼はないかなーっと」
ギルドは昨日と比べてあまり人はいなかった。いや、冒険者が騒いだりしてはいるが昨日ほどの賑わいはなかった。
まあ昨日は仮登録の学生で溢れていたし、余計にそう感じるのかもな。
「あー、やっぱり昨日の時点でランクの低い依頼は、ほとんど無くなってるみたいだね」
アレスが掲示板を見てそう呟く。
確かに昨日は一面に依頼の紙が貼られていた掲示板は、その半数以上が剥がされており残っているのは国からの特殊依頼、一般冒険者向けの常設依頼、もしくは学生向けの低ランク依頼がわずかに残っている程度だった。
「だが逆に言えば、試験において評価が高くなるような高ランクの依頼はたくさんあるってことだよな?」
俺はニヤリと笑いながらアレスの方を向く。
ま、単純に高ランクの依頼をこなすだけならば好都合ではあるが。
「けど今回はパーティによる団体の試験だからね、僕たちだけが秀でていても連携がなっていなければ評価は低くなるだろうね」
アレスが後ろを向き、シャロンとアクリーナを見てそう言う。
その通りだ。これはただの依頼ではなく、パーティとの連携を見られる団体試験でもある。いくら俺らが秀でた実力を持っていても、協力や連携ができなければ意味がない。
「そうね。私も実力に自信はあるけど、貴方たちには劣ると思ってるわ」
「うん、二人とも魔法もすごいし、何せ禁ーーモゴッ!」
俺は慌ててシャロンの口を塞いだ。
こんな人目の多いところで禁属性が扱えるなんて言うもんじゃない!
「それでどうする?出来る限りみんなと連携をとれるような依頼を受けようとは思うけど」
「ここにいる全員が魔族と戦ってる上に、それを討伐しているし、どの依頼でも大丈夫だと思うわ」
「それもそうだね、それならこの辺の依頼をまとめて受注するかい?」
「複数の同時受注ってできたっけ?」
「別に禁止はされていないし、チャチャっと終わらせるにはいいんじゃないかしら?」
「まとめて受注してもさ、期限内に達成できなきゃ元も子もないぞ?一つ一つを迅速にこなす方が評価としては高くなるんじゃないか?」
確か評価の項目に期間も含まれていたはず、いくら達成できたとはいえギリギリでは逆に評価は低くなるだろう。
「確かにそうね、クーラスの言う通り一つの依頼を迅速にこなす方がいいかもしれないわね」
「そんじゃ残ってる依頼で短期間で達成できそうで高ランクのを見繕うか」
狙い目はそうだな、討伐系の依頼の方が連携も取れるし活躍も分散しやすくてもいい、採取系も連携は取れやすそうだな。
「んー、とりあえず最初だし様子見って形でこれなんかどうかな?」
アレスが一つの依頼を指差す。
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常設依頼(学園生の受注可)
バーンブルの討伐
ランク : D
詳細 : 魔の森に生息している魔物『バーンブル』の数が増大している。討伐した証拠部位として角の提出。パーティ人数分の提出で達成とする。
※学園生受注の場合、安全面として試験官を同行させるものとする。
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名前からして炎の牛の討伐か、しかも魔の森となるとまた魔族と遭遇する可能性がある。それも含めて試験官が同行することにより、学園生受注が可能なDランクとなっているのだろう。
同行者がいる分まだ安心できるとは思うが、しょっぱなから中々危険な依頼のような気もする。
まあアクリーナの言うように魔族を難なく討伐してる俺たちにとって今更って感じだよな。それを考えると大したことはないのかも。
「そうだな。他も似たようなものだけど、同行者がいるって面では安心できるし最初のとしてはいいんじゃないか?みんなはどう思う?」
俺は後ろを向いてアクリーナたちに向けて聞いてみる。
「私もいいと思うわ」
「うん」
「じゃ、これを受付に持って行こうか」
そう言って依頼を剥がし、俺たちは受付へと向かう。受付にはこの間俺に両親の話を振ってきたグリーズとか呼ばれてたオッサンが仕事をしていた。
「ん?ああアンタらか、依頼の受注か?」
「ええ、こちらの依頼を」
「お、これは同行者付きの奴だな。ちょっと待ってろ」
オッサンは依頼の紙を受け取ると、すぐさま奥へと持って行った。同行者ねえ、試験官となるとやはりギルド関係者か、もしくは教師陣の誰かとなるな。
ーー討伐系の依頼とはいえ、結局は戦闘だからな。誰が試験官として付いてくるのか容易に想像がついてしまう。
少ししてオッサンが戻って受付に戻ってきた。
「裏口にアンタらに同行する試験官がいる。気をつけてな」
試験官ね、奥に引っ込んでそのまま来たっぽいし教師ではないのだろうか?
「そんじゃ、早速出発しようか」
「うん、がんばろっ」
俺たちはギルドの裏口へと向かった。
「君たちがバーンブルの討伐依頼を受けたパーティか?」
「はい、そうです」
裏口から外に出ると、そこには紺色のポニーテールをした若い女性が立っていた。
確かこの人、昨日受付のオッサンに無駄話するなと怒鳴ってた人だな。
「私はドロシー=カティナ、このギルドのマスターをしている。君たちに同行する者だ」
「えっ、ギルドマスターなんですか?」
こんな若い人が、ギルドの長をしているのか。
ドロシーと名乗った女性は見た目的にまだ二十代前半くらいと思われるが……、若作りでもしてんのか?
「……なんか今、どこかで不愉快なことを思った輩がいた気がする」
ドロシーが眉を釣り上げて不快そうに言う。
この人、結構勘が鋭いみたいだ。
にしてもギルドマスターと言うくらいだから、もう少し立派な格好をしているものだと思ったがそこらの冒険者と変わらないような格好なんだな。
女性用の革鎧にレギンス、鎧の下から鎖帷子のようなものが見える。それとこの人、二刀流なんだな。腰には二本の長剣が携えられている。
「……そんな若いのに、ギルドマスターになれるものなんですか?」
「私がギルドマスターになったのはつい最近だ。本来は私の父がマスターをしていたのだがな、この間の魔族による襲撃によってな……」
ドロシーは言いづらそうに言葉を切る。
それで何があったのか察しがつく。
「す、すみません。俺、そんなつもりで聞いたわけじゃ……」
「あ、いや父はまだ健在だが、魔族との戦いで仕事ができないような体になってしまってな、それで娘の私が引き継ぐ形になったんだ」
亡くなっているわけではないが、それでも十分に重たい話だった。仕事ができないような体、手足が欠損していてもこの世界にも義手や義足がある。となるとーー、いや、あまりそういうことを考えるのは失礼だろう。
「まあ私としても、冒険者よりも事務職の方が性に合っているからな」
確かに登録の時もチラリとしか見ていないが、やりがいがあるような感じで仕事していたしな。
「それで話を戻すがーー」
ドロシーが俺らを一人一人見定めるような感じで、視線を動かす。
「ーー君たちは、依頼というものをなめているのか?」
険しい目つきで俺らを見ながらドロシーは言う。
「戦闘が伴う依頼だというのに、その格好は何だ?軽装すぎるぞ、ましてや魔の森に制服姿で向かうなど死に急いでいるようなものだぞ」
「え?ああ、言われてみれば、そりゃ当たり前だよな」
「そういえば、そうだね」
ドロシーに言われて初めて気がついたが、魔族が出るとも言われる魔の森(実際出たが)に防具も何も付けずに行くなど、危険にも程がある。
「そうね、今まで何で気がつかなかったのかしら?」
「……あの先生に、森にほっぽり出されたからじゃない?」
「「「あ」」」
シャロンが言ったことに全員が同意する。
それだ、間違いなくそれだ。アイツに実戦訓練で丸一日あの森にほっぽり出されたのが理由だ。
「なんだと?ルードルフ学園にはそんな教師がいるのか……?」
シャロンの言ったことにドロシーが表情を歪める。
「一体何を考えているのだその教師は!生徒の安全を守るのが教師の役目ではないのか!」
「……だよなぁ」
ボソリとそんな言葉が出る。
まあ普通はそうだよな、そう思うよな。
「その教師の名は何というのだ?私が直々に抗議してやる!」
「……ゴットハルトです」
俺が教師の名を言うと、ドロシーはピタリと激昂するのをやめた。
「……今、何と?」
「ゴットハルトです」
「それは、背が高くガタイの良い、いかにも脳筋な格好をした男のことか?」
俺たちは無言で頷く。
「ぐ、そ、そうか……、それは気の毒だったな……。あの方なら、やりかねないか……」
ドロシーが何やら哀れむような感じで納得する。ゴットハルトって一体何者なんだろうか、元団長と呼ばれていることから騎士団あたりの関係者だとは思うが。
「ゴットハルトって何者なんですか?元騎士団なんですか?」
「あ、ああ。あの方は元騎士団長"兼"魔法師団長をしていたお方だ」
「え?」
騎士団と魔法師団を兼任?それで二つとも団長をしていたのか?というかできるものなのか?
「あの方は剣の腕も、魔法の実力もこの国で一、二を争う強さを持っている。それで両方の組織で指揮を取ることを任されていたのだが、あの方のやり方は随分と強引というか、無理やりというか、ついていける者がいなくてな、それを『貧弱者が多すぎる!』とか何とか言って勝手に辞職して行ったんだ……」
「へ、へぇ……」
ゴットハルト、自分のやり方についていけないからって……。随分と自分勝手な奴だな。
「だがあの方の実力は本物でな、あの方が指揮していたからこそ騎士団も魔法師団も、実力が大幅に上昇したんだ。だから団を辞められていなくなられると国としても困るから、教師として赴任してもらったんだ」
なるほどな、ゴットハルトは見た目通りの脳筋野郎ってことね、改めて納得した。……身内に既視感を覚えるのは気のせいだと思いたい。
「他にも素行の悪い冒険者や犯罪者の処罰にも関わっていて、国中から『剣魔の鬼』と恐れられていた」
通りで昨日、俺たちに絡んできた連中があんなに怯えるわけだ。それにしてもこの世界は異名をつけるのが流行ってるのだろうか。
「ただ、今言ったように自分のやり方に従わない奴に容赦はなくてな……。君たちも大変だったろう」
「……そうですね、本当に」
全くだ。俺なんか入学試験の時に鳩尾にストレートを喰らったんだぞ。しかもアレが担任という始末、ふざけるなと思ったよ。
今でも奴のやり方は気に入らんが、色々と世話になったからな。そんなに嫌悪感は最初ほどはない。
「クーラス……」
「大丈夫、大丈夫だ」
シャロンが何やら怯え気味な様子だ。相変わらず慣れないのだろう。というか無理に慣れる必要はない、気にするな。
「さて、随分と話が逸れたが改めて君たちの格好は軽装すぎる。少し装備を整えることを勧める」
「んー、そうだな。今まで気にしてなかったが、これを機に防具も揃えるか?」
「正直言って僕たちに必要はないと思うけど、そうしないと面倒くさそうだしね」
アレスがドロシーに聞こえない程度の声量で言う。はっきり言ってその通りだ。禁属性が扱える俺やアレスにとってそんなもの必要はない。
「それじゃ、森に行く前に防具屋を覗いてみようか」
そう言って俺たちは一旦、魔の森へ行く前に防具屋へ行くことにした。