90話 ミスリルドラゴン
シャロンに呼ばれて俺は彼女の部屋を探していた。
そういえばどこなのか聞いていなかったな。《思念会話》で聞いてみるか?
そう思いシャロンに《思念会話》を飛ばそうとした矢先、声をかけられる。
「クーラス?」
「ん、アクリーナか。どうした?」
「私はシャロンに呼ばれたんだけど……、クーラスも?」
「ああ、なんだか急な感じで呼び出された」
アクリーナもシャロンに呼ばれてたのか、ちょうどよかった。アクリーナならシャロンの部屋を知ってるかもしれない、もしかしたら同じ部屋かも。
「シャロンの部屋ってどこかわかるか?」
「私と同じ部屋だから案内するわ」
「助かる」
やはりそうだったか。けど俺たちルードルフ生はシエル学園の余り部屋に割り振られてるせいで、一人部屋を二人で使ってたりするからな。狭くないのかな?俺とフィリアみたいに。
アクリーナの案内で俺はシャロンの部屋へとやってきた。
急に、慌てたように聞こえたが一体どうしたのだろう?
「あ、クーラスっ、アクリーナ!」
「キュア!」
ドアを開けると、そこには変な生物を膝に乗せているシャロンの姿が目に入った。
「え……シャロン、それって……」
ふとシャロンの座っている場所より奥へ目をやると、何やら殻のようなものが散乱していた。
あ、もしかして召喚した卵とやらが孵ったのか?
シャロンが抱えている生物は、全体的に白くて背中に小さな翼を生やし、目は水色で、額に縦長な青い宝石のようなものがあった。なんかボンヤリと青白く光っているようにも見える。
確かにゲームとかで見たことあるようなドラゴンの幼生体って感じだな。
「えへへ、私が召喚した卵が孵ったんだ〜」
「わぁ、可愛いわね」
これが、ミスリルドラゴン。ミカエルが祝福をもたらしたとか言われる伝説のドラゴンか。
実際、ミカエルなら祝福の一つや二つをもたらした生物はいるだろうな。それこそ人間にだって、長い歴史の中で一人くらいはいるだろう。
「……契約は済んでいるのか?」
「うん!この子の名前は『ミリィ』だよ!」
「キュア!」
ミリィと呼ばれたドラゴンは返事をするかのように鳴いた。ミスリルから取ってミリィか、シャロンらしくていい名前だと思う。
「ねえシャロン、少し撫でてもいいかしら?」
「うん、いいよ」
シャロンはそう言ってミリィをアクリーナへと差し出す。アクリーナは手をミリィの頭へと置いて撫で始める。
「可愛い……」
「キュア〜」
撫でられて気持ちよさそうに目を細めるミリィ。うーむ、やっぱり動物ってのはいいな。見ているだけでも癒される。
「俺もいいか?」
「いいよ!」
そうしてミリィを差し出されて、俺はミリィの頭へと手を伸ばした。
「キュア!?」
「きゃあっ」
「うおっ」
ミリィが突然驚いたようにシャロンの背後へと飛ぶようにして隠れた。
「な、なんだ?」
「さ、さぁ?」
俺はもう一度ミリィへと手を伸ばそうとした。
「キュウゥゥ!」
「うおっ」
ミリィがすごい剣幕で俺を威嚇するように、毛を逆立てさせながら唸る。
一体どうしたというんだ。
「……もしかしてクーラス怖がられてる?」
「えぇ……」
「キュウゥゥゥゥ……!」
俺はただ手を伸ばしただけなのに……。
ミリィは絶対に俺を近づかせまいというような雰囲気で唸り続ける。
「キュウ!」
「わかったわかった」
ずっと唸っててラチが開かないので俺はミリィから距離を取った。なんか地味に傷ついたぞ。
……よく考えたら俺、前世で飼ってた犬を殺してるんだよな。そういうの、というかそういう事をやりそうな雰囲気を本能的に感じたのだろうか。
ミカエルが祝福をもたらした、と言っていたし聖なるドラゴンともいえるだろう。つまりは、そういうことを感じ取れたとしても何ら不思議ではない?
どのみち懐かれないどころか怖がられるのは傷つくな……
「どうしたの?ミリィ、クーラスは怖くないよ?」
「キュア!」
シャロンが諭すような感じでミリィに話しかける。シャロンの方へ意識が向いたためか、ミリィは先ほどと打って変わってはしゃぐような感じでシャロンの話を聞いている。
「クーラスのことが怖いの?」
「キュア!」
ミリィが首を横に振る。
言葉がわかるのか、結構賢い生物なんだな。
「どうして唸るの?」
「キュアアア!」
俺の方を見て毛を逆立て唸る。
シャロン、もういい。いくら説得してもミリィは納得しないと思う。仮に説得できたとしても嫌々な感じでミリィに接しられても逆に傷つく。
けど彼女なりに気を遣ってくれているのだろう。それを無下にするのもどうかと思う。
「……あー、シャロン」
「何、クーラス?」
「ミリィも、生物なんだし、好き嫌いだってあると思うぞ。だから俺は……」
「でも!クーラスが怖いなんてことないもん!私、わかるもん!」
「シャロン……」
そこまで言ってくれるのはとても嬉しいが、俺は殺戮を快楽として楽しむ異常性癖者だという自覚がある。
それこそ機会があれば人の苦しむ様を見たい、殺してみたいなんてことをたまに考えたりする。そんな、俺の本性を知っても同じことを言ってくれるのだろうか。
あぁ、まただ。またこの感じだ。周囲から誰もいなくなるのではないかと、そんな考えが俺の頭の中を支配していく。
「クーラス?」
「! な、なんだ?」
「すごく、悲しそうな顔をしてたけど……どうしたの?」
「い、いや、なんでもない……」
俺の様子を見かねたのか、アクリーナが心配そうな感じで声をかけてきた。それで俺はハッと、正気に戻った。
そうだ。ミカエルだって言ってたじゃないか、俺は一人じゃないと。神のような存在からそう言われたのだ、それを信じないでどうする。
「なんでもなくないよ。すごく様子がおかしかったよ?本当にどうしたの?」
「いや、本当になんでもないからさ」
「クーラス、何か隠してない?」
「何も隠してはいないよ」
アクリーナが真剣な目つきで俺を見る。
本気で俺のことを心配してくれているのがよくわかる。
前にもあったが、これが俺を想ってくれている人がいるってことなんだよな。こうして信じてくれているのなら、俺も彼女たちを信じないでどうするんだ。
「そう……、それならいいけど。本当に何かあったら、相談してくれて構わないわよ」
「クーラス、大丈夫なの?」
「大丈夫だ。ありがとうな、二人とも。本当に、お前らと出会えてよかったよ」
俺がそう笑いかけながら言うとアクリーナの顔が紅くなり、すぐさま逸らした。
「そ、それはっ、友達なんだし……当然じゃない……」
「キュア?」
ミリィが何かハテナを浮かべているかのような様子で俺の方を見た。何か『コイツ、こんな奴だったか?』みたいな様子を感じた。
忘れてたな、そもそもミリィが俺に懐かないことで色々と話してたんだったな。
「ミリィ、クーラスのこと怖くなくなった?」
「キュアア?」
またしてもミリィは『本当に違うのか?』みたいな様子で鳴く。仮にそんなことを考えていたとしても、何が違うって言うのだろうか。
「クーラス、撫でてみる?」
「……いや、その様子だとまだ警戒してるだろう。今日はもう戻るよ」
「そう?それじゃあ、また明日ね」
「ああ。明日からギルドの依頼をこなす日々が続くだろうからな、ゆっくりと体を休めよう」
「じゃあね、クーラス」
俺はシャロンたちの部屋を後にして自分の部屋へと戻る。
前にも思ったが俺は一人じゃない。シャロンがいる、アクリーナもいる、友達や家族がいる。俺の身を案じてくれる人がいるんだ。そう悲観することはないんだ。
………………だけど、彼らは俺の本性を知らない。それを知っても、同じ言葉をああしてかけてくれるのだろうか。