89話 能力
学園に戻ると、掲示板に試験の詳しい概要が貼られていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ギルドにて仮登録を済ませたルードルフ、シエル学園生各位。
ギルドの依頼をパーティで合計3つ以上の達成。
達成数、依頼ランク、期間、連携、活躍度などを重点的に見るため、気を引き締めるように。
今回に限り、一部のDランクの依頼まで受注可能。
依頼に失敗しても違約金は発生しない。ただしペナルティとして評価する。
その他禁止事項に触れる行いをした者は所属パーティごと失格とする。
期限は本日より夏季休暇の前日までとする。達成できなかったパーティは休暇を返上して特別訓練を与える。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
今回は団体試験といったところか、誰か一人でも勝手な動きをしたらそれがパーティへの評価につながる。協力して、連携をとって依頼をこなせるかを見る試験だ。
Dランクまでの依頼が可能か。確かギルド説明の紙に一人前って書いてあったが、危険な戦闘系の依頼もあるのではないか?
まあ俺らは全員、訓練で熊とか狩らされたわけだし、一部のとあるから危険なものはないだろう。
「それで、依頼はどうする?今から行くの?」
「いや、流石に今はまだ人で溢れかえってるだろうし、他のパーティとかと依頼の取り合いになるかもしれない。期限まで二週間はあるし、明日以降にしよう」
「僕もそう思うよ。見た感じ、荒くれ者が多そうだしね」
アレスの意見に全員が頷く。
確かにその通りだ。さっきはテンプレ展開と言わんばかりに柄の悪い奴に絡まれたからな。他にもあんなのはいるだろうし、他の生徒だって同じ目にあっているかもしれない。そんなところにわざわざ戻りたくはない。
「そうだね、今日はもう休もうか」
そう言って俺たちはそこで解散し、自分たちの部屋へと戻った。
◇
「おいフィリア」
「何じゃ?」
「なぜお前がここにいる?」
俺は今、寮の部屋にて信じられない光景を目にしていた。
目の前にいる俺の従魔、フィリアは俺の部屋でぐうたらと寛ぎながらお菓子を頬張っているのだ。さらには部屋のあちこちが散らかっており酷い惨状になっていた。
「命令に背いて、いつのまに俺の部屋にいるんだと聞いている」
俺はフィリアに自分の命を狙われないように影から移動するなと命令をしていた。にも関わらず、フィリアは俺よりも先に部屋に戻って寛いでいたのだ。
「ああ何じゃそのことか。無論、命令には逆らっておらぬぞ?」
「ふざけたことを……」
だがその証拠にフィリアのつけている首輪が反応していない。命令に逆らったら、いや逆らおうとしたら高圧電流が流れるのだ。
アレが反応していない?なんだ、不具合か?
「キサマは『影から移動するな』と言ったな?」
「ああ、言ったが」
「われが今いる場所はどこかわかるか?」
「はあ?」
フィリアが今寝そべっているのは、言うまでもなくベッドの横の床である。だからどうしたと言うのだ。
「キサマの言う通り、影から移動はしていないのじゃ」
「だから……!」
そこで俺はフィリアの言っている意味を理解した。
ああなるほど、また言葉の意味を曲解して隙を突いたのだな。
俺が命令で言ったのは『許可なしに影からの移動の禁止』である。
フィリアが今いる場所はベッドの影になっており、そこに寝そべっている状態だ。
確かにフィリアは言葉通り影から移動はしていない。
「ったく、面倒くさい奴だな」
「キサマがアホなだけじゃろ」
「あ?」
「冗談じゃ」
別に俺の影から移動するなとは言っていない、つまりは影から出なければどこでも移動できると奴は解釈したのだ。
「んで、部屋が散らかってんのはどういうことか説明してもらおうか」
「そんなのキサマがわれの力を弱体化させたせいなのじゃ」
フィリアはそう言って棚の上に置いてある本を魔法で動かして自分の方へと引き寄せる。すると本は途中でバサッと床へと落ちた。
「はぁ、全く。曲解して勝手に行動した上に部屋でぐうたらとしやがって」
「この菓子あんま美味しくないのじゃ」
「勝手にバリボリ食っておいて言うな」
ったくこんな様子を見てるとこいつが脅威な存在だってのを忘れそうになる。
けどなんだろうな。今までみたいに敵意を感じないし、本当に何かを企んでいないのだろうか?
「……そうだ。お前、どうやって俺の影から移動したんだ?」
忘れていた。こいつは俺の影に身を潜めていたはずだ。俺のに限らず影から移動するためには一度出なければならないはず、それを俺が見逃すとは思えない。こいつには最大限警戒をしていたからな。
「ん?そんなの、われの力に決まっておろう。影のある場所ならどこだって行けるのじゃ」
「うおっ!」
フィリアはそう言って影に潜ると、俺の背後に伸びている影から飛び出してきたので思わず驚いた。
こいつ、こんな能力まで持ってたのか。
いや、そこまで驚くことではないか?確か闇属性の魔法に《影送り》というものがあったはず。
《影送り》は任意の影に物体を沈めて、任意のところにある影で取り出す収納魔法の一種だ。
「そこまで驚くこともないのじゃ。キサマなら余裕で模倣できるじゃろ」
「それは……そうだが」
実際、やろうと思えばできる。だが影の中がどうなっているのかわからない上に、人が入って無事な保証もないし、《空間収納》があるから使わなかっただけだ。
「それで、ギルドの依頼はしてきたかの?われが出る幕はあるのか?」
お前はオカンか。
「なぜお前に話す必要がある。そもそもお前は俺の従魔だろうが、必要に応じて呼び出す」
「むぅ、だって暇なのじゃー!この部屋には菓子やベッド以外何もなくてやることがないのじゃ!」
フィリアが手足をバタバタとさせながらそう喚く。
今度はガキか、お前は。
「知るか。ここは俺の部屋だし、つか屁理屈で命令の穴を掻い潜ってるくせにワガママ言うな」
「ぐぬぬ」
「はぁ、とりあえず『この部屋を綺麗に片付けろ』」
俺はフィリアにそう命令する。さっさと元に戻して貰わねえと休むにも休めんぞ。
「わかったのじゃー」
フィリアは再び寝そべって指をクイッと動かす。すると散乱した布団や食い散らかされた菓子が片付いていく。
「お前……、その魔法……」
「む、なんじゃ?ああこれか、禁属性ではないぞ?」
「何?」
以前にも見たことがある。確かコルネリウスだったか、あの爺さんも手を動かさずに物を元の場所へと戻していた。アレは爺さんが禁属性だと言ってたが、それと同じだ。
なのに違うだと?一体どういうことだ。
「あと魔法でもないし、知らなくても無理はないのじゃ」
それで魔法でもないと?まあコイツは六魔天将でもあったし、そういう能力なのかもしれない。
だからといって軽視するのは危険だ。もしそういう能力なのだとしたら、他にもあってもおかしくはないし、命を狙われる危険もある。
「おい、それはどういう……」
どういう能力なのか吐かせようとした矢先、頭に声が響いた。
『クーラスっ、ちょっと来て』
『シャロンか?一体どうした?』
『いいから来てっ』
『あ、ああわかった』
シャロンからの《思念会話》が切れる。
やれやれ、一体なんの用だろうか。
「フィリア、また俺はちょっと外出するがくれぐれも部屋を散らかすなよ」
「わかったのじゃ」
そう言って俺は自分の部屋を後にしてシャロンの部屋へと向かう。