88話 テンプレ
「へ?え、ええ確かにその二人は俺の両親ですけど……」
受付のオッサンが両親について尋ねられる。
急にそんな話題をふられたので俺は思わず困惑したように返事をした。
「ほー、やっぱりそうか。苗字がおなじだし、パーティ名も似てたからな。ふむ、確かにラルスの若え頃に似てんな」
オッサンがジロジロと俺の顔を覗き込みながら、何やら納得するように頷きながらそう言う。
この人、父さんたちの知り合いなのかな。いや、そうでなくてもさっきのプレートに名前が刻まれてたし、有名だったのかもしれない。
「てこたぁ、そっちの嬢ちゃんがイヴァンの娘か。あの赤ん坊がこんな美人に育つなんてアイツも幸せ者だな」
「び、びじっ!?」
シャロンが顔を赤らめる。
急にそんなこと言われりゃこうなるよな。というかさっきからなんだか注目されているような気がする。
周囲を見ると明らかに視線が俺たちの方へ集まっていた。
「えっと、父と母って何か有名だったりしたんですか?」
「勿論だ。俺たちの世代であの二人を知らぬ者はいない、ギルドで最強の冒険者だったぞ」
「最強の……、そんなに強かったんですか」
「ああそうだ。あの二人が通ったあとは草一本も残らないと言われている」
よくある謳い文句だな。
…………けどあの二人から受けたシゴキを考えると、本当なのかもしれないと思えるのが怖い。
「……クーラス」
「な、なんだ?」
見るとシャロンは何やらブルッとしたように見えた。シャロンも思い出していたのかもしれない。
「他にもな……」
オッサンがそう言いかけた時、オッサンの後ろから怒鳴り声が響いた。
「グリーズ!あとがつかえてんだから無駄話すんな!」
奥を見ると、グリーズと呼ばれたオッサンに怒鳴っていたの紺色のポニーテールをしている若い女の人だった。
彼女はオッサンに怒鳴ると、抱えていた分厚い申請書の束をドスンと机に置いてハンコを押す作業を始めた。
「へい!じゃあな坊主、引き止めて悪かったな」
「は、はぁ……」
そう言ってオッサンは急いでポニーテールの女性の元へと駆けて行った。
「そ、そんじゃあ行こうか」
俺たちは改めて学園の方へと戻ろうとした。
「オイ、お前ら。かの有名なパーティと同じ名前つけるとかどういう了見だ?」
すると、いかにも悪そうな見た目をした冒険者たちが俺らの行手を阻み、因縁をつけてきた。
……ああ、冒険者の新人登録って大抵こんなテンプレがあるよな。なんか、ここまでくると逆に笑える。
「何笑ってんだ!」
「別に?どんな名前をつけようと俺たちの勝手だろ」
「ああ?テメー生意気な口聞いてんじゃねえぞ」
男の一人が鞘から剣を抜いて俺たちへと向ける。オイオイ、こいつバカか?冒険者同士の私闘は禁止されているだろうに。
「黙って聞いてれば、その理屈で言うならキミのパーティ名もどうなの?さっきキミたちの会話を聞いてたけど『明けの明星』って、いかにも意識してるようだけど」
アレスがニコニコとしながら前に出て、男にそう告げる。
「アレス、よく聞いてたな」
「クーラスが受付の人と話に夢中になってたときに、こいつらが『あの伝説のパーティと肩を並べるのは、俺たちだ!』なんて戯言を言ってたからね」
戯言ね、アレスは男たちを小馬鹿にするような感じでそう言う。
「ああ!?テメー、バカにしてんのか!」
「バカはどっちよ、さっきから聞いてれば剣を向けたまま何もしないじゃない。ビビってるの?」
アレスに便乗するようにアクリーナまでもが挑発するような言葉を投げる。
「ああ?なんだ、朱眼のロクデナシじゃねーか」
「魔法もロクに使えねえ奴はすっこんでろ!気持ち悪い見た目しやがって」
「それが何よ。そんなこと今の話に関係ないでしょう」
アクリーナが強気でそう言い返す。アクリーナ、出会った時と比べて随分と変わったよな。最初の頃だったらそんなこと言われたら泣いてそうなのに。
「テメーら、先輩の冒険者に向かってどうなるかわかってんのか?お前ら、少し教育してやれ」
リーダーらしき男が殺気を放ちながらそう言うと、背後の男らは剣を抜いて俺らへと向ける。
「ウチの生徒に何か用か?」
男たちの背後からドスの効いた声が聞こえた。
誰だ?
その疑問はすぐに解消された。ああ、思えばギルドとかこういうテンプレの宝庫だったからな。そういうのの対処として来たのだろうな。
「ああ?…………っ!あ、貴方は!」
リーダーの男がイラついたように振り向いた瞬間青ざめる。おや、こいつらもアイツのことを知っているのか。
「ご、ゴットハルト元団長……」
え?この男は今なんて言った?
ゴットハルトが元団長?
「お前ら、何をしていた?」
「い、いえ……」
「別に何も……」
男らは震えた声で、ゴットハルトや俺らと目も合わせようとせずにとぼける。
「ヴィルヘルム、こいつらは何をしてきた?」
「因縁つけて剣を向けられました」
ゴットハルトの言葉に俺は即答する。
「な、てめっ」
「ほーう、冒険者同士の私闘は禁じられているはずなんだがな」
「ま、まだ戦ってないですよ!」
男の一人がそう叫ぶ。
墓穴を掘ったな、こいつ。
「まだ?つまりはやろうとしていたということだな」
「あ、違っ!」
「問答無用!お前らには然るべき処分を与える、ついて来い!ヴィルヘルム、お前たちはもう学園には戻れ」
「は、はあ」
男たちは落胆した様子ですごすごとゴットハルトの後について行った。
「そ、そんじゃあ行こうか」
「うん……」
俺らは冒険者ギルドを後にした。色々とテンプレ展開があったが不発というか勝手に解決した感じだな。
それにしても少し疑問だな。
ゴットハルトが元団長と呼ばれていたことだ。
俺は知らなかったが、過去にたぶん騎士団か魔法師団のどちらかに所属していたのだろう。それで途中から教師に転身したとかだろうか。
まあどちらにせよ、生徒だけでなく他の冒険者が恐れるくらいだし味方にすれば心強い。
そしてもう一つ、あのグリーズとかいうオッサンがシャロンを見て言った『あの赤ん坊』という言葉だ。
普通に考えるならばシャロンの父イヴァンが、赤子のシャロンを連れてあのオッサンと会ったと考えられるが、俺にはどうも引っかかる。
なぜならば、あのオッサンがシャロンのことを、何か哀れむような目つきで見ていたからだ。
そんな目をしながらあんなことを言うのは普通に考えてもおかしい。シャロンの出生に何かあるのだろうか……?
…………いや、たとえそうだったとしても変わらない。シャロンはシャロンだ。俺の家族であり大切な存在だ。それでいいじゃないか。
俺はあまり深く考えるのは良くないと感じ、そこで考えるのをやめた。