87話 刻まれた名前
1時間ほど経ったころ、ようやく俺たちの前のパーティが登録申請書を書き終えて受付のオッサンに渡した。
説明が聞こえていたので要約すると、ようはあの申請書を書いて出せばいいのだ。あとはギルドカードが出来上がって呼び出されるのを待機するだけという。
先ほどからすでに登録を終えているパーティや人間を呼び出す声が飛び交っている。
うん、もう役所だ。必要書類を書いて出して受付に呼ばれるのを待つ、異世界の役所って感じなんだな、ギルドって。
そんな夢もないことを考えていると前のパーティがはけて俺らの前にスペースができる。
「おう、次はアンタらだな。次から次へと、今日は忙しいぜ」
受付のオッサンは小声でそうぼやく。
そう思うのも無理はないだろうな、なんせこの時間だけで何十人もの人間を相手にしてるのだからな。
「これが冒険者登録の申請書だ。アンタらは学園生だから仮登録という形になるから、赤線で囲っている箇所だけ記入すりゃあいい」
オッサンは四枚の申請書を取り出し、俺たちへと手渡す。申請書には何箇所か赤い線で囲まれていた。
記入すべき箇所は名前、年齢、性別、パーティ名、種族名だ。赤線で囲まれていない、それ以外の箇所は得意な魔法や戦闘方法、など細かいことが書かれていた。
「ねえクーラス」
「ん、なんだシャロン?」
「パーティ名って、どうするの?」
おっとそれを決めなきゃならんのか。
うーん、さっさと決めなきゃ後ろにも迷惑かかるしな。
確か前から聞こえてきたのは『炎の魔術士達』とか『ベテルギウス』とか得意な魔法を使う者の集まりだったり、固有名詞だったりしたな。
「とりあえず『夜明けの星』で登録しよう。仮だし特にこだわる必要はないしな」
適当に頭に思い浮かんだ。
俺がそうパーティ名を告げると、受付のオッサンが何やら目を丸くしたように見えた。だが今はそれを気にしている暇はないのでそのまま書き続けた。
「これで全員だな。あとはギルドカードができるまで適当に待ってな」
受付のオッサンはそう言うと申請書をまとめて若い女の人へと渡した。
今更だが受付に座ってるのが女の人じゃなかったな。というかここは現実だし、そういうファンタジーのお約束はないのか。ま、ギルド職員も仕事なわけだし、男の人もいるか。
そんなわけでギルドカードが出来上がるまでの間、俺たちは暇になった。
「さて、どうする?この調子だと結構な時間がかかりそうだけど」
周囲を見るとギルドカードが出来上がるのを待っている学園生が数多くいた。パーティがどのくらいあるのかはわからないが、個々にカードが配られるだろうから時間がかかるのは間違いない。
「せっかくだし、ギルドの中を見て回らない?」
「受付から声をかけられたらすぐに気づけるように、あんまり受付から離れないようにしよう」
アクリーナの提案で俺たちはギルドの建物内を見て回ることにした。
受付のすぐ横には様々な依頼が貼り付けてある掲示板があり、そこから受付へと紙を持っていくようだ。
この辺りはよくあるファンタジーもののテンプレだったのですぐにわかった。
受付の方を見ると先ほどみたいに種族年齢様々な人がてんこてこまいしていた。これだけの人数が仮とはいえ登録しにきているうえに、通常の冒険者の依頼もあるのだ。忙しさは普段の比ではないだろう。
「ん?あそこに何か飾ってあるよ」
シャロンが指差した先には何か文章が刻まれているような銀色のプレートが壁に飾ってあった。ここからだと何が刻まれているか読めないので近くに行ってみることにした。
「これは歴代の冒険者やパーティ名、かな?」
「歴史的な活躍をした人たちの名前みたいだな」
飾ってあるプレートを見ると、そこにはいくつもの名前が刻まれており、名前のすぐ上には年代や功績が刻まれている。どれもSランクの依頼や国の依頼など難易度の高い依頼を達成した功績だった。
Sランクとかの依頼ともなると多くは年代が古く、俺どころか親すら生まれる前の年代で『魔族から領地を奪い返した』とか『魔族の群れを撃退した』など魔族関連の功績が多かった。
プレートの下の方へと視線を落とした時、俺はある名前を見つけ驚愕した。
「! こ、これは……!」
「これって……!」
シャロンも同じところに気付いて驚愕する。
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『千体の魔族の殲滅』××年
Sランク『タイタンの魔力災害の解決』××年
Sランク『双龍フレアバランシュドラゴン討伐』××年
パーティ名
星々の夜明け
冒険者名
『殲滅の一等星』ラルス=ヴィルヘルム
『崩星の魔女』シーナ=デトワール
異名無し イヴァン=フレンツェン
異名無し エクトル=デッシ
異名無し クロエ=シュリツィア
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そこには俺の両親、そしてシャロンの父親の名前が刻まれていたのだ。
俺の母であるシーナは苗字が違うが父ラルスとシャロンの父、イヴァンは苗字まで同じだ。ここまで一致しているのなら同一人物であるのは間違いないだろう。
つーか厨二っぽい異名がついてるのはなんなんだ……
「……父さんたち、こんな功績を残してたんだな」
「そうだね。お父さん、凄いパーティだったんだ……」
シャロンがプレートに手を置きながらそう言う。
父さんも母さんも、本当に強かったんだな。確か二人もAランクだったはず、その中でもさらに細かくA1とA2と言っていた気がする。
「そういやシャロンのお父さんのランクって聞いたことないな」
「そういえば、そうだね。お父さん、あまりそういうこと話さなかったし……」
まあ冒険者みたいな危険が仕事をしてる身からしたら、娘にそんな話をするのもどうかとは思うが。
いや、案外普通のことか?大体ファンタジーものって親の話を聞いて冒険者に憧れるとかあるし、変だと思うのは俺の日本人的な価値観かな?
「ここに書かれてるの、二人の両親なの?」
「ああ、この二人が俺の両親でこっちがシャロンのお父さんだ」
「魔族の殲滅にドラゴンの討伐、これだけでも随分と凄い功績だね。クーラス」
「へー、二人のご両親って凄いんだね。だからあんな魔法が使えるんだ……」
アクリーナが何やら羨ましそうな、悲しそうな目でプレートを見つめる。
…………そういえばアクリーナの両親は確か、母親は幼い頃に亡くなり父親からはロクでなしだの恥さらしだの言われてきたんだったよな。
だから他人の家族というのがより気になるものなのだろう。
他人の家族が羨ましい、か。かつての俺も似たようなことを考えていたな。
おっと、あんまマイナス思考になるのはよそう。過去は過去、今は今だ。あんまり過去のことを引きずるのは良くない。
改めて思考を切り替えると、そのとき俺らの名前を呼ぶ声が聞こえた。
「パーティ名『夜明けの星』、メンバーのクーラス=ヴィルヘルム、シャロン=フレンツェン、アクリーナ=アルデバラン、アレス=タキオンはいるか?」
受付の方を見ると先ほど俺らの登録受付をしたオッサンが何やら紙束を持って名前を読み上げていた。
「呼ばれたみたいだな、行くか」
俺らは受付の方へと歩き始めた。
「アレが噂の……?」
「あのパーティと同じ名前なんて、偶然だろ?」
「だけど苗字も同じだし、そうじゃないのか?」
なんだ?やけに視線を感じるな。それにヒソヒソと話してるが、一体何だ?というか噂って聞こえたが、何の話だろう。
周囲の冒険者が何やらざわつきながら、俺らの方に注目をしていた。
「これがギルドカードだ。アンタらはまだ学生の身分だが、身分証明書にもなる。失くすんじゃないぞ。再発行には銀貨三枚かかるからな」
受付のオッサンからそう言って俺たちにギルドカードを手渡す。
カードはクレカみたいなサイズをしている紫色のプレートで、そこには申請書に書いた内容が記載されている。
いくつか不自然な空行があるのは申請書で書かなかったところだろう。
「本登録の時にはここに血を一滴垂らしてもらうが、仮登録だからそれはしなくてもいい」
しなくてもいいって、やってもいいのか。まあ仮だし痛いからあんまやりたくはない。必要事項でないならやる必要はないな。
「これで私たちも冒険者になれたね」
「冒険者(仮)だな、今の段階だと」
「あと、これだ」
オッサンが四枚の紙を俺たちへと手渡す。
ギルドカード以外になんだろう。
「本来なら口頭で説明しにゃならんが、何分人数が人数でな。学園側から渡されたものだ」
渡された紙を見ると、それは冒険者ギルドについてと注意事項が書かれていた。
ああ、これね。物語とかでは受付の人がよく説明していたやつか。
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・冒険者ギルドとは国を超えた組織。
・冒険者のランクは大きく8段階に分けられ、プレートの色によりランクがわかり、大雑把な実力がわかる。
(低)仮 < F < E < D < C < B < A < S(高)
仮 紫 見習い
F 白 初心者
E 緑 半人前
D 橙 一人前
C 黄 ベテラン
B 青 一級品の逸材
A 赤 天才(ギルドに一人いるかどうかのレベル)
S 黒 英雄(国に一人いるかどうかのレベル)
・Aランクから細かにランクが分かれる。
A3 < A2 < A1 < S2 < S1
・受注できる依頼は自分のランクと同じか、一つ上のランクの依頼しか受けられない。
ただし、パーティランクが基準を満たしていれば受けることもできる。
・依頼は何人で受けてもよい。ただしパーティ推奨の依頼の場合、原則としてソロ受注は不可。
・一度受注した依頼はキャンセル不可。
・依頼失敗は違約金が発生する。
・Cランク以上の昇級から試験を伴う。
・冒険者同士での私闘は禁止。
・略奪、殺人などの禁止。
・ケガや死亡について、ギルドは一切責任を負わない。
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なるほどね、要するに冒険者は全て自己責任ってことか。まあこの辺りはよくあるファンタジーもののテンプレだな。
「そんじゃ、とりあえず登録も終わったし、今日はこれで帰ろうか」
後日、ゴットハルトから試験の詳細が説明されるだろう。大体の内容は予想できる、おそらく簡単な依頼を複数達成するか、パーティの試験と考えるとダンジョン系の試験だろう。
「なあ坊主、もしかしてラルスとシーナさんの息子か?」