86話 冒険者ギルド
あれから数日後、俺たちは今、王都にある冒険者ギルドへと来ていた。
「ここが冒険者ギルド……」
外観はゲームとかでよく見る立派な建物をしており、剣と盾をモチーフとした看板が下げられ『冒険者ギルド』と書かれていた。
久々なファンタジー要素で期待を胸に膨らませて中に入ってみると、一気に現実感に戻された。
なんていうか、印象が完全に役所とか職業案内所といった感じだった。依頼を持って受付に渡して手続きする。これを役所と言わずして何と言う。
「うへぇ、ハ○ーワークかよ」
「何それ?」
「いや、何でもない」
ところで俺たちがなぜギルドに来ているのかと言うと、前日に遡る。
◇
「というわけで、明日からお前らには実際にギルドの依頼をやってきてもらう」
ゴットハルトの声が講堂に響く。
ギルドの仕事体験か、前に言ってたが報酬は出ないが成果を出せば本登録のときに上位ランクで始められるとかいう。
「本来なら来年からの実戦訓練であるが、ここのところ魔族共の動きが活発になってきていてな。お前らには早めに経験を積んで実戦で役に立ってもらわねば困るからな」
傲慢な物言いにシエル学園側の生徒は一気に不満な様子に変わる。相変わらずだな。
まあそんなことはどうでもいい、ようやく異世界ファンタジーものの王道って感じがしてきた。ゲーム感覚な気もするがワクワクする。
「無論、お前らはまだ未成年も多いだろうがそれ以前に学園生だ。そのため卒業までは仮登録という形にはなるが、実績を残せば本登録で上位ランクから始められる。だがこれは訓練とは名ばかりの実戦だ、ナメた行動が命取りになることを忘れるな!」
ゴットハルトはそう一喝する。以前の魔の森もそうだが、訓練ではあるものの実際に魔物と戦うのだ、一歩間違えれば死ぬこともある危険な訓練なのだからな。
「それと今回は試験も兼ねている。そしてパーティも組んでもらう。そのため誰か一人でもヘマをした時点で連帯責任によりそのパーティは即座に落とすからな、覚悟しておけ。勝手な個人プレイは仲間を危険にさらすことをよく覚えておくように!」
文字通り勝手な行動は命取りってやつね。たしか前世でも似たようなこと言ってた忍者漫画があったな。
「パーティは基本二人以上だが、今回に限りメンバーは三人以上とする。学園、クラスに関係なく好きなように組むがいい。ただし、上限は八人までだ。明日までに誰と組むか俺のところへ申請しに来い、では解散!」
ゴットハルトはそう言うと講堂を出て行った。すると周囲では誰が誰と組むかみたいな感じで各々が話している。さて、俺もいつものように声をかけようとした。
「クーラスっ」
「おっと」
背中からシャロンに抱きつかれる。思わずバランスを崩しそうになった。まあちょうど良かった。
「シャロン、明日のことなんだが」
「パーティのことでしょ?もちろん!」
俺はまだ何も言ってないが、まあ話が早くて助かる。あとはアクリーナとアレスに声をかけよう。
◇
そんな感じで俺らは四人でパーティを組んで登録に来ている。フィリアに関しては扱いが従魔という形になってるからな。別に登録はできなくないが、こんなやつに無駄に金をかけるわけにはいかないからな。
それに、今更だがコイツは王都を襲撃してきた親玉だからな。街の人間にバレたらどんなことになるか、想像に難くない。
そんな節を直接フィリアに伝えたところ。
「フン、キサマがそう言うなら引っ込んでいようではないか」
こんな風に、やけに聞き分けが良くなっているのが気になったが余計なトラブルが起きなくて良かったが。
「……何を企んでいる?」
「何の話じゃ?」
「やけに聞き分けがいいからな。お前のことだ、油断するわけにはいかない」
なんとか命令の穴を突こうと必死だったからな、コイツ。そのおかげで睡眠不足やら疲労やら、ストレスしかたまらない一方だ。
「何もないのじゃ」
「命令だ。言え」
「……何もないと言っておるのじゃ!」
一瞬の間を置いてフィリアは激昂したように叫ぶ。
この反応、どっちだ?言葉に魔力を込めて強く命令したから通ってはいるだろうが、たまに逆らうからな。断定ができない。
「それは本当か?」
「本当なのじゃ!」
「…………」
もしや本当に企みはないのか?まあどのみち警戒するにこしたことはない。
「そこまで言うなら文字通り引っ込んでやるのじゃ」
「どうやって?」
「こうじゃ!」
そう言ってフィリアはプールに飛び込むような感じで俺の影へと飛び込む。フィリアはそのまま俺の影へと消えていき、目の前から消失した。
「な!」
「どうじゃ?これならばキサマに迷惑かかることはないじゃろ」
フィリアが頭を半分だけ出して俺にそう言う。
まさか、こんな能力があるとはな。よく考えたらフィリアは闇の魔族と呼ばれ、闇属性を得意としているし、それに特化した能力があってもおかしくはないか。
「……影が俺の背後にあるときに後ろから不意打ちをしないとは限らないだろう」
「疑り深い奴じゃな。そんなに言うなら命令でも課せばよいじゃろ」
コイツ、こんな奴だったか?今まで俺に対して散々殺すしか口にしないで、反抗してばかりの奴がここまで従順になるのは逆に怖いぞ。
「……なら『俺の許可なしに影から移動をするな』」
いつも以上に強い魔力を込めてフィリアに命令する。そしてもう一つ、俺はフィリアに付けている首輪に手をかける。
「………とりあえずこれでいいだろう。命令に逆らおうとした時点で高圧電流が流れるようにしたからな」
「全く、こんな簡単に禁属性を扱えるキサマは恐ろしいのう」
本当、コイツはなんなんだ?
◇
「……おい、アレス。大丈夫か?」
「近づこうにも、近づきにくいわね……」
「放っておいてくれ……」
アレスはものすごい悲壮感を漂わせて、この世の終わりみたいな顔をしていた。
「エルフの子にプレゼントを渡しに行ってから、様子が変よ。もしかしてーー」
アクリーナが慌てて言葉を切る。しかし時すでに遅く、すでにアレスの耳に入りますます負のオーラを漂わせた。
それを聞いて俺は全てを察した。
あー、これ絶対ツンデレをかまされて勘違いしてるやつだ。
この間も『嫌われている』だなんて思っていたくらいだし。なんていうか、ギャルゲーの鈍感主人公みたいな感じだなアイツ。
俺はギルド内をキョロキョロと見渡す。
「どうしたの?」
「ちょっとな……お、いた」
端の方に大きな姿見が置いてあるところで、髪留めを触る例のエルフ、ヘラの姿があった。
ヘラは何やら嬉しそうな感じで髪留めを弄っている。遠目からで分かりにくいが、アレは間違いなくアレスが買ったものだというのがわかった。
うん、間違いなくアレスの勘違いというか思い込みだな。もし本当に嫌っているのならあんな嬉しそうにしているはずがない。
「えっとな、多分その子って素直になれないから嫌ってるような言動をしたのかもしれないぞ」
「そうなの?」
実際に聞いてみないと本当のところはわからな。だが十中八九、間違いないと思う。
「おいアレス、あっちを見てみろ」
「……なんだよ」
渋々といった様子でアレスは俺の指差す方を見る。
にしてもヤバい様子だ。今までのアレスからしても考えられないくらいにショックを受けてるな。
「お前のことを本当に嫌っているなら、あんな感じになるか?」
「確かにあの様子だと、クーラスの言う通りかもしれないわね」
「…………」
アレスは無言でそのまま見つめ続ける。
心なしか目に光が戻ってきてる気がする。
「…………本当に、そうなのか?」
「俺からこれ以上は言えない。けどお前の知る過去の彼女と、現在の彼女を照らし合わせてよく考えてみろ」
「………………」
アレスはしばらくの間、ヘラがアレスの視線に気づくまでずっと見つめ続けていた。
ヘラはアレスの視線に気がつくと顔を赤くしてダッシュでその場からいなくなった。髪留めを大事そうにしながら。
「クーラス!アクリーナ!」
「おうシャロン」
トイレから戻ってきたシャロンが俺たちの姿に気づいてこちらに駆けて来る。
「ごめんね、ちょっと混んでて」
「大丈夫よ。そんなに待ってないわ」
「ここは人が多いし仕方ないよ。気にするな」
改めて周囲を見ると、大人の冒険者に加えてルードルフ、シエル学園の生徒が一斉にギルドに来ている。この建物は結構広いと思うが、それでも祭りでもやっているかのように人が密集していた。
「時間がかかりそうだが、並ばないと登録できないしな。並ぶか」
俺たちは冒険者登録をするために、受付の前にできている長蛇の列の最後尾へと向かった。そこには『仮登録受付 最後尾』と書かれた看板を持った男性職員が立っていたので、そこへと並んだ。