84話 プレゼントと誘拐と
シャロンたちと別れ、アレスとしばらく街を歩きつつ手当たり次第に食べ物を買っては食べてを繰り返していた。
「……調子が狂うな」
「どうした?」
「いや、何でもない……」
わかってはいたが、どの店も前世で見たこと、食べたことのあるものばかりだなぁ。異世界特有の食べ物とかないわけ?
そんなことを考えながら俺は肉をパンで挟んだアレを頬張っていた。ケチャップみたいな味もするし、本当にハンバーガーみたいだ。
「ところでさ、クーラス」
「なんだ?」
「なんていうか、その……」
アレスが頬をポリポリと掻きながら、恥ずかしそうな感じで口篭る。
なんだ?アレスにしては珍しいな。
「……お、女の子が喜ぶようなプレゼントって、何があるか知ってるか?」
「へ?」
は?は?女の子が喜ぶプレゼント?アレスは一体何を言ってるんだ?というか急にどうしたんだ?
思わぬ返答に俺は困惑した。
「えっと、何で急にそんな?」
「その、前にヘラってやつのことを話したと思うんだけど……」
あのエルフの子がどうかしたのだろうか?前にシエル学園に来たときに、あのやり取りをして以来話してるところを見たことがないが。
「実はさ、そろそろアイツの誕生日なんだよ。それで、昔は手作りのものやそこら辺の木の実をあげてたんだけど、流石にこの歳でそれは手抜きだろうし……」
「……それで、なぜ俺に聞く?」
「ん?だって、よく女子と一緒にいることが多いからさ」
む、確かにそうかもしれないな。シャロンを始め、学園に入ってからアクリーナやグロリアと関わることが多かったしな。
男でアレス以外に親しい人間は…………、確かにいないな。
だからといって俺が女子へのプレゼントとかわかるわけがない、俺だって聞きたいくらいだ。
彼女はおろか、いくらヤッたとはいえ急に女慣れするわけじゃないし、心はまだ清い童貞のままだ。
「そりゃそうだが……。だからって俺もわかるわけじゃないし、シャロンたちにでも聞いたら?」
「同じ男としての意見が聞きたいんだ」
「とは言ってもなぁ。そういえば、この間のアレ以来、その子と話したりしたのか?向こうはお前のこと覚えてるのか?」
「いや、話そうとしても向こうがそそくさと避けるから話せてないんだ……。この間のアレで覚えてるどころか嫌われたかもしれない……」
いやいやいや、嫌われたりとかはしてないと思うぞ。明らかに顔を赤くしてたし、覚えていなきゃあんな反応はしないだろう。
というか、反応からして彼女もアレスのことを好いているんじゃないか?言動からツンデレ属性があるっぽいし、過去の話で夫婦みたいなからかわれかたしてたからな。
「……まぁ、何にせよ。俺から言えることは何もないぞ?そういうのは自分で考えてあげたものが、一番喜ぶんじゃないのか?」
「うーん、でも俺はそういうのって考えたことがねえんだよな」
アレスの喋り方、というか雰囲気が気性の荒い感じになってる?いや、過去の話からして昔に戻ってると言った方が正しいのか?
「俺もだ。俺とシャロンがつけているこの指輪も、俺が選んだわけじゃない」
俺は右手の小指につけている指輪を見せるように手を上げる。
「女の子にあげるのなら、それ専門の店に行って聞いてみるのがいいかもしれんな」
幸いにもこの辺には食べ物屋だけじゃなく、雑貨店や鍛冶屋など様々な店が乱立している。
「そうだな、何件か見てみるよ。クーラス」
「わかってる。気の済むまで付き合うぞ」
そうして俺たちは近くの雑貨店へと向かった。
◇
それから二時間くらいして俺たちは噴水広場へと向かっていた。
「大分時間がかかったな。すまない、俺が優柔不断なばかりに」
「いいって、それにシャロンたちも今から向かうって《思念会話》で連絡がきた」
《思念会話》を飛ばしてきたのはシャロンだが、声がアクリーナと混在しており、まるで複数人で電話をしているかのような状態だった。
俺も楽しかったが、シャロンたちも楽しそうで何よりだな。
「なぁクーラス」
「なんだ?」
「お前のペットはどこいった?」
「へ?」
ふと後ろを振り向くと、そこにいるはずのフィリアがいなかった。
「なっ……!いや、これは……」
アイツ、どこへ行きやがった!?勝手に行動しやがって、何かあったら俺が責任を取らされるんだぞ!
すぐに俺の頭の中はフィリアに対する怒りで一杯になったが、よくよく考えてみたらアレスとの話に夢中になり注意が疎かになっていた。
つまりは俺の注意不足、自業自得というやつだ。
「悪い、アレス。先に行っててくれ」
「ああ分かった。気をつけてな」
そう言って俺はその場を後にし、アレスを先に噴水広場へと向かわせた。
「まあ探すにしても簡単だけどな」
万が一のためにフィリアの魔力の波長は覚えているし、そもそもアイツの首輪は俺が作ったものだからそれも辿ればいい話だしな。
俺は《索敵》と《魔力探知》を発動させ、フィリアの姿を探る。
今のアイツは人族と同じくらいの強さになってるし、そう遠くまでは行けまい。というか、そうでないと困る。もし王都から遥か遠くまで逃げられていたら、探しようがない。
「…………!アイツ……、はぁ……」
俺は頭に手をやり、大きくため息をついた。
フィリアを見つけたはいいが、その状況が状況だった。
アイツ、何をやってんだ全く……
◇
「出せぇ!われを誰だと思っておるのじゃあ!」
とある馬車の荷台から、少女は鉄格子越しに叫ぶ。
「うるせえな、こんな奴どこで捕まえたんだテメェら」
「こ、コイツが一人で裏路地を歩いてるところを後ろから眠らせたんっすよ!」
「お前もその後、麻袋被せたじゃねえかよ!俺一人のせいにすんなよ!」
「どっちもどっちだボケ!ったく、亜人は高値で売れるが、こんなじゃじゃ馬だと買い手がつかねえぞ」
「「すいやせん、兄貴……」」
ゴツい風体をしたリーダー格の男が、頭にバンダナを巻いている部下に対して、新しい『商品』について呆れたように言う。
「にしてもコイツ、高そうな首輪つけてますぜ」
「大方どっかの貴族に仕える亜人だろう。それも含めて売り払うからな、外しておけ」
「へい兄貴」
部下の一人が首輪を外そうと少女へと近寄る
「気安く触るでない!われは⬛︎⬛︎⬛︎なのじゃぞ!」
「だから、さっきから何言ってんのかわかんねぇよ」
少女は仕切りに自分の真名を叫んでいるが、首輪の効果によって、周囲の人間にはその部分だけノイズが入るようになっていた。
「大人しくしろっ!」
「ぐほぉっ!?」
男が抵抗する少女の腹を蹴り上げる。
少女は蹴られた箇所を押さえながらその場で蹲った。
「あんま乱暴に扱うな!商品に傷がつくだろうが!」
「ひぃ!すいやせん兄貴!」
「ぐふぅ……おのれぇ、この首輪さえ無ければぁ……!」
少女は忌々しそうに自らの首輪に手をやる。
首輪の効果により今の少女はただの非力な人族同然であったからだ。
「ったく、手間をかけさせ……ぐっ!?」
「どうした?」
「いや、なんでも……アッ!?」
男が少女の首輪に手をかけた瞬間、バチッと弾かれた。
「コイツの首輪、何か妙な魔術がかけられてますぜ」
「なんだと?どうにか外せないのか?」
リーダー格の男はイラついたような口調で部下へと命令する。部下は二人がかりで少女の首輪を外そうと試みるも、弾かれて触ることすらできなかった。
「ダメです。外すどころか、触れません」
「こんな複雑な術式見たことねえぞ」
「チッ、仕方ねえな。放っておけ!」
「「へい」」
「ググッ、おのれぇ……!」
少女は涙目で男たちを睨みつけ、屈辱的な表情をしていた。
部下の男二人は少女の檻から離れる。
リーダー格の男はイライラが募り、激しく貧乏ゆすりをしながら馬を走らせていた。
「クソが、上玉だと思ったらこんなじゃじゃ馬で、そのうえ金目の物も取れないときた。全く今日は最悪だよチクショウ!」
ピシャリとリーダー格の男は鞭で思い切り馬を叩き、それに驚いた馬が速度を上げ荷車含め全体がガタガタと大きく揺れる。
「あ、兄貴!早いですって!」
「こんままだと荷物が落ちちまいますぜ!」
「うるせえ!俺に指図すんじゃねえ!」
リーダー格の男は振り返り部下二人を怒鳴りつける。そのとき部下の一人が叫んだ。
「あ、兄貴!前!」
「ああん?」
部下が指差す方へ振り向こうとした瞬間、馬車全体に衝撃が走った。
「「「うわぁあああああ!」」」
「のじゃああああああ!?」
ドンガラガッシャーン
馬車は馬ごと吹き飛ばされ、壁に激突し粉々となった。
「痛ててて、一体何が起きたんだ?」
「わ、わかりません……」
「に、荷物が!」
馬車に積んであった商品は先ほどの衝撃で、ほとんどが外へと投げ出され粉々だったり傷が付いたりして売り物にできる代物ではなくなっていた。
「のじゃあ……」
少女は衝撃で鉄格子に頭をぶつけ、怪我を負っていた。
「いやぁ、今ので骨が折れてないなんて案外丈夫なんだな。アンタら」
「だ、誰だテメェは!!」
三人の目の前にはドス黒い仮面をつけた男が立っていた。
「ん?俺はただ取られたものを取り返しにきただけだが?」
そう言って仮面の男は頭を押さえている少女の入った鉄格子の檻を指差す。
「ああ、コイツの主人か?残念だがこんな上玉を簡単に引き渡すにはいかねえな。お前ら!」
「「へい!」」
リーダー格の男がそう一喝すると部下の二人は剣を抜き、仮面の男へと向ける。
「よくもやってくれたな!」
「こんだけの商品を台無しにしやがって、生きて帰さねえからな!」
部下の男たちは勢いよく走り出し、仮面の男へと剣を振り下ろした。
「「ぐはぁあああああああああああ!」」
剣が仮面に当たる瞬間、部下の男たちの体が突然地面へとめり込むように沈んだ。
「な、なんだ!?」
「この程度で、甘いんだよ」
仮面の男はリーダー格の男と一瞬で距離を詰め、顔面を掴んだ。
「なっ、テメェ!」
咄嗟にリーダー格の男がその手を外そうとした瞬間、自らの体も石畳の地面へとめり込んでいった。
「ぐぁああああ!な、なんだっ、これは!」
「上級魔法、《グラビティプレス》だ」
闇属性の上級魔法、任意の範囲内の重力を操り浮かせたり沈ませたりする魔法だ。
「お前、何勝手に行動した挙句こんなのに捕まってんだ」
「……その雰囲気、キサマか」
「そうだ。お前の飼い主様だぞ、フィリア」
「キサマのせいで、われはこんな目に遭ったのじゃぞ」
「それについてはお前の自業自得、だが助けが遅れたのは謝罪しよう」
仮面の男、クーラスはそう言うと片手で鉄格子を破壊して中からフィリアを引っ張り出す。
「もう少し優しく助けんか!」
「うるさい、お前なんかを助けにきただけでも感謝しろ」
クーラスはフィリアの首根っこを掴むとすぐさま転移魔法を発動させた。
「ま、待て!」
「お前らもうるさい、次に俺の所有物に手を出したら命すら奪うぞ」
「「「ぐはぁあああああああああああ!」」」
転移する直前にクーラスは《炎弾》を男たちに無数に放った。
「ふぅ、やれやれだな」
「やれやれではないわ!馬車を止めるのも、もう少し手加減せい!」
「黙れ」
クーラスがそう言うとフィリアは口を動かすだけで声が出ない状態となった。
「はーあ、無駄に疲れた。早くシャロンたちと合流しねえとな」
そう呟いて、俺は噴水広場へとフィリアを引きずりながら向かった。