83話 休日
「ふむ、随分と可愛らしい格好になったな」
「くぅうう、何故われがこんな格好を!」
「破いたり燃やしたりしたら、脳と内臓をグッチャグチャにするからな」
現在、フィリアはシエル学園の制服を着ている。白いブレザーに水色のスカート、どこから見てもシエル学園の生徒にしか見えない。
一応俺たちの方で余っている服はあるが、俺たちと比べてコイツは以前よりも小さくなっているからな、サイズが合わなかった。
「それと翼を勝手に開放しても同じだからな」
コイツの左側だけに生えている翼は、フィリア自身が自由に出し入れできるらしいので完全に目の前から消えている。これでフィリアはほぼ人間と変わらない見た目となった。
「おのれぇ、キサマァ……!」
キッと殺意を込めた眼差しで俺を睨みつけるフィリア、コイツには何重にも重ねて命令をしているから今のところは何もできない、はずだ。
「痛い目に遭いたくなきゃ、言うことを聞くんだな」
扱いが従魔というより奴隷と言った方がいいかもな。召喚された個体は契約を結ぶと従魔と呼ぶらしい。
「おのれぇ……!」
「さっさと寮に戻るぞ」
この間の魔族の襲撃によりルードルフ学園の校舎や寮が全壊したからな。俺たちは今現在、シエル学園の寮の空き部屋で寝泊りしている。
俺の部屋は元々一人部屋だったが、無理やりフィリアと寝泊りすることになった。
つーかそもそもコイツが指揮して襲撃をかけてきたのだがな。
「絶対に殺してやるのじゃ……!」
口を開けばそればかりだ。何もできないくせして、口先だけは達者なこった。
「とりあえず俺はベッドで寝るが、お前は床で寝ろ。就寝中も黙って静かに寝ていろ。これは命令だ」
「キサ……!」
そう言うとフィリアは途中で声が途切れ、ただ口をパクパクとさせながら床で横になる。表情は屈辱と怒りで染まっていた。
ひとまずはこれで大丈夫だろうと思い、俺は布団をかぶって眠りについた。
この時、俺はフィリアのことを甘く見ていたと後々に思った。
「ーーのじゃあ!!」
「っ!?」
すっかり夜も更けて辺りが静まり返った頃、部屋に大きな声が響いた。それによって俺は思わず飛び起きた。
一体何事かと辺りをキョロキョロと見渡すと
「クソ、体が動かぬ!」
「……てめぇか」
フィリアが仰向けになったまま俺の方を睨みつけながら何とか抵抗しようとしているのが目に入った。そのままフィリアの方を見ていると、向こうと目が合う。
「おのれぇ、体さえ動けばぁ!」
「静かにしろと言ったはずだ。よくも起こしやがったな。《轟雷 範囲小》」
俺は範囲を指定して、フィリアにだけに魔法が当たるようにした。
「うぎゃああ!」
俺は言葉に魔力を込めて力強く言い放つ。
「『俺の許可なしに喋るな、起きるな、抵抗するな、寝ろ』!」
フィリアは少しの間を俺を睨みつけていたと思うと、抵抗しつつ目蓋をゆっくりと閉じていった。
念のため近づいて確認をしてみる。命令を聞いたフリをして命を狙ってくるかもしれないからな、油断はしない。
「………スゥ」
「…………」
寝息を立て始めたか、どうやら本当に眠っているみたいだな。
ったく、命令が通りにくいってのは本当に不便だ。
「……ふぁあ」
これだけ騒いでも周りから何も言われないのはこの部屋に施されている防音結界や物理結界などのおかげだ。フィリアは魔族だ、万が一のことがあったら大変だからな。それでも、気休め程度にしかならないだろうが。
この後、三回ほど命令に背いたフィリアの叫び声に叩き起こされ、その度に魔法を放ったのでロクに休めなかった。
「うぅ、眠……すぎる……」
「大丈夫かい?」
「人間がぁ……!」
これで大丈夫に見えたらお前の目は異常だよ。
アレスにそう心配されながら俺はフィリアを連れて街へ出ていた。コイツを寮なんかで野放しにできない、何かあれば俺の責任になるからな。
フィリアには漆黒の首輪がつけられており、外そうともがいている。あの首輪は俺が今朝、急遽作った首輪で、魔族の魔力を人族のものへと変換する効果と力を人族並みに押さえつける効果がある。
人族と魔族とでは魔力の質が違うし、わかる人が見たら魔族が出たとか騒がれかねない。それにただでさえフィリアはさらに魔力の質が違ってるからな。
久々に強力な禁属性の魔法を使って魔力がゴッソリ無くなった。それに加えて寝不足もあるので物凄く眠い。
「クソ、フィリアめ……」
「そんなに疲れてるなら休もうよ?体だってまだ治ってないでしょ?ね?ね?」
シャロンが俺の左腕に抱きつきながらそう言う。相変わらずの過保護っぷりだ。果たして周りから見たら恋人に見えるのか母親に見るのか。
今日は授業は休みなので、せっかくだから皆で外出しようとアレスに提案され、アレスに俺、シャロン、アクリーナと共に街に出ていた。
「大丈夫だ。シャロンだっていつもと違う景色で楽しみだろ?」
「うん、前の場所よりもお店が多いし、楽しそう!」
露骨に話題を逸らす、抱きつくのは変わらないが少なくとも過保護な言動を言われるのは避けたい。
にしても同じ王都とはいえ、ルードルフ学園のある場所とは結構離れてるから街の景色も異なり新鮮だな。
「最初はどこ行こう?」
「……この辺りは来たことがないし、最初は適当にウロつくのがいいんじゃない?」
「それなら、私は来たことがあるから案内するわ」
「そうか?なら助かる」
アクリーナの案内でとりあえず街をウロつくことになった。
元々シエルに入学予定だったってことは、一度は来たことがあったのだろうか。
「フィリア、俺の許可なく『喋るな』『暴れるな』『魔法を使うな』そして『抵抗禁止』だ。これは命令だ」
「ぐぅうう……!」
そうフィリアに命令を下すと口をぎゅーっと閉じて、ただ俺を睨みつける。ふむ、これだと色々と誤解を受けそうだな。
「それから『睨むな』『愛想よく振る舞え』」
「…………!」
命令を追加するとフィリアはギギギと効果音が出そうな動きで、ぎこちない笑顔を浮かべた。
「よし行くぞ」
「だ、大丈夫かなぁ?」
「何かあったら俺の責任だ。気にするな」
こうして俺たちは改めて街中を歩き始めた。
「にしても、休日だからか人が多いな」
「そうだね。これだけ人が多いと、迷子になりそうだね」
まぁこうして抱きつかれている以上、シャロンが迷子になる心配はないだろうな。仮に迷子になっても俺なら辿れるし問題はない。
「そういえば、こっちに洋服屋があるわ」
「んー、あっちから美味そうな匂いがするな」
「「あっ」」
俺とアクリーナの言葉が重なる。
洋服屋か、女の子なら当然そっちが気になるだろうな。俺はファッションとか全く興味がないし、正直今は美味いものを食べて気を紛らわせたい。
「あー、それなら先にそっちに行こうか?」
「ううん、私はそっち先でも大丈夫よ」
互いに互いを優先しようとする。
さてどうしたものか、俺としてはどっちでも構わないのだが……
「それなら、一度二手に分かれてまた集合しようよ。僕はクーラスと一緒に行こうと思うけど、二人はどうする?」
二手にか、四人で来てるのだし皆でまとまって行動するものが普通だと思ってたが、そういうのも、アリなのか?あいにく友人と遊びに行くなんて前世でも今世でもなかったからわからん。
「うーん、そうね。私もそうするのに賛成ね、シャロン、それじゃあ私たちは一緒に行きましょ?」
「うん!あ、でもクーラス……」
シャロンが心配そうな視線を俺に向ける。
大丈夫だ、たかだか短時間だろ。
「俺なら平気だ。別に一人で行動するわけじゃないんだし、心配するな」
そう言いながらポンとシャロンの頭を撫でる。
こうする以外にシャロンを納得させる方法が思いつかない、子供をあやすみたいで軽い気がするがこれで納得するシャロンもシャロンだな。
「う、うん……」
「それじゃあ、一時間後くらいにあそこで落ち合いましょ?」
そう言ってアクリーナが少し先に見える噴水広場を指差す。
「ああ、気をつけてな」
こうして俺たちはそれぞれ分かれて行動を開始した。もちろん、俺はフィリアが暴れないように見張りながら連れて歩く。