82話 ペット
俺はフィリアに向けて指を差しながら命令を下す。
「一つ、『俺の許可なしに俺含む周囲への攻撃行動を取るな』。物理、魔法はもちろん、事故を装った間接攻撃を含め、その一切を禁じる」
まずは危険が及ばないようにしないとな。コイツだって馬鹿じゃない、ありとあらゆる手を使って命令の穴を突こうとしてくるだろう。
想定されることは全て、あらゆる可能性を排除しておく。
「ぐぅうう……!」
「二つ、『俺の命令には絶対服従』。これは念のためでもあるが、どんなことであろうと逆らうことは絶対に許さない」
つまりは死ねと命じれば簡単に奴を殺せる。奴の命は俺が握っているわけだ。
「さて、改めてよろしくな。フィリア」
フィリア、性愛を意味する単語だ。
俺は奴を切り刻んだり、千切ったり、内臓をぶちまけさせて殺した。それに性的な興奮を覚えた。
アクロトモフィリア、アルゴフィリア、ネクロフィリア、さらにはペドフィリアなど異常性癖と呼ばれる言葉に付くことの多い単語を、俺の所有物という意味も込め名付けた。
さて、命令はとりあえずこれでいいか。あとは必要に命じて下せばいいだろう。警戒は絶対に怠らないように、どんな手を使って命令に背いてくるかわかったもんじゃない。
「妙な名前をつけるでない!われはサタンなのじゃ!誰がキサマなんぞに従うものかぁ!!」
「そうかそうか、とりあえず『抵抗禁止及び静かにしろ』」
そう言うとフィリアは口をパクパクと動かすだけになった。
「くはは、何を言ってるのかわからねえな〜」
小馬鹿にするように言うとフィリアの表情が怒りに塗れ、それだけで激昂しているのがわかる。
必死に何かを訴えているようだが、それが声になることは、俺が命じない限り絶対にない。
「さ、さて〜とりあえず一通り契約は結べたみたいね〜。次は召喚獣を使役するにあたって、呼び出しについて教えるわよ〜」
アデールが手をパンパンと叩いて何事もなかったかのように授業を再開した。周囲を見ると、あからさまに俺を中心に円状に皆が離れているわかる。
あれだけの騒ぎを起こしたのだししょうがないか。するとシャロンが今まで呆然としていたのか我に返ったかのように駆け寄ってきた。
「クーラス!」
「うわっと」
シャロンは駆け寄ってきてそのまま左腕にしがみつかれた。それで少しだけバランスが崩れた。
「大丈夫なの?怪我はない?体の調子は?」
「落ち着け落ち着け、俺なら大丈夫だ。安心してくれ、それよりもシャロンの方こそ大丈夫なのか?」
「う、うん。当たらなかったから、なんとかね。みんなも大丈夫だよ」
良かった。少なくともシャロンたちに怪我はないようだな。いくら弱体化しているとはいえ、サタン……いや、フィリアは六魔天将だ。そこらの魔族よりも強いからな、これからも注意していかないと。
「皆さんが召喚した魔物、精霊は道具ではなく私たちと同じように生きている、"生物"です。そこを肝に銘じてください」
アデールが真剣な顔をして、最後を強調しながら言う。その通りだ、魔術の書にも載っていたことだが、コイツらだって俺らみたいに呼吸し、食事を取る。つまりは生きているんだ。
主人に逆らえないのをいいことに、そんな彼らを道具のように扱って休ませない、食事をさせないなどと好き勝手するのは外道のすることである。
「召喚獣を呼び出すときの詠唱は、『我が前に馳せ参じよ』その次に名前を呼ぶことでいつでも呼び出せます。そして控えさせる時は『控えよ』、名前を呼ぶことです。それでは、やってみましょう〜」
アデールがパンと手を叩くと周囲の奴らが各々自分の召喚獣に対してやっている。俺は、大丈夫なのか?今は命令で動かないようにしているが、控えさせたことで命令が解除されるとかあるのだろうか?
「『控えよ、クロウ』」
「『我が前に馳せ参じよ、ステラ』」
そんなことを考えているとアレスたちも召喚獣を出し入れしている。シャロンは……、まだ契約が結べていないし、できないか。
「召喚獣を控えさせても〜、命令は解除されたりはしないわよ〜。だから安心して大丈夫よ〜」
俺が詠唱するのに躊躇していると、アデールがそう補足する。
それなら安心だな。六魔天将といえど、動けなければ意味がないからな。
「あぁ、なんか静かだと思ってたら俺が黙らせてたんだったな」
ふとフィリアの方を見ると、先ほど全く変わらず激昂した様子で口をパクパクさせていた。
「喋っていいぞ、フィリア」
「キサマなんぞ殺してやるのじゃ!!人間がぁ!!」
命令を解いた瞬間、フィリアは俺に怒号を浴びせてきた。さっきから言ってることが変わらねえな、コイツ。
「はいはい、それなら俺に傷の一つでもつけてから言ってみろ」
軽くフィリアを挑発しながら手を向ける。
「おのれぇ!!」
「『控えよ、フィリア』」
しーん
ん?アレ、どうした?詠唱は合ってるはずだろ?こんな短いのに間違えるとかありえない。
「『控えよ、フィリア』!」
今度は言葉に魔力を込めながら強めに詠唱する。しかし、フィリアは依然として地に伏した状態のままだった。
「……どういうことだ?」
「おかしいわね〜。こんな事、今までになかったからわからないわ〜」
アデールにもわからないのか、それじゃあ一体なにが原因だ?
「ハッ!われをそこらの雑魚と一緒にするでない!六魔天将のサタンであるぞ!そのような魔法など効かないのじゃ!」
「控えよ!」
「嫌じゃ!!」
「黙れ!」
すると再びフィリアは口をパクパクとさせるだけで、一切声は出なくなった。
クソ、これはコイツの言う通りかもしれんな。コイツは周囲のような魔物でも精霊でもない、魔族だ。それも六魔天将と呼ばれる上位種、いくら契約系の魔法でも縛りきれないのだろう。
幸いにも主人に逆らえないという点については有効のようだ。
「しょうがないわ〜。とりあえず、この子は貴方と同じ部屋に泊めて共に生活していくしかないわね〜」
「なっ!」
なんだと、こんな危険な奴と衣食住を共にしろと言うのか?だが俺が召喚した以上、コイツの面倒を見なきゃいけないのは仕方ない。だが日常生活までなんて聞いてないぞ。
「万一のことがないようにね〜。何かあれば飼い主の責任になるから〜」
責任ねえ、コイツの手綱をしっかりと握ってないと冗談抜きで洒落にならないことになる。
つか飼い主って……
「われを家畜と一緒にするでないのじゃ!!」
「っ!黙れと言ってるだろうが!」
「…………ぃ嫌なのじゃ!」
コイツ、段々と命令に逆えるようになってきやがる。このままだと、いずれ最初に課した命令までも無視して来そうだ。これはちゃんと見張ってねえと危険だな。
「《ライトニングジャッジメント》!」
「うぎゃあああ!!」
フィリアに巨大な稲妻が落ち、フィリアは気を失った。風属性の上級魔法だ、こうなったら力づくで黙らせていくしかない。
その時ちょうど聞き慣れない鐘の音が鳴った。
シエル学園の授業終了の合図だろう。
「はい、というわけで今日の授業はここまでね〜。召喚獣は今後も授業や訓練で共にするからしっかりお世話しておくのよ〜」
アデールがパンと手を叩いて授業終了を宣言すると、それに合わせて俺たちを除くエルフたちはそそくさと教室へと戻って行った。
「そんじゃ、俺らも戻ろうか」
「う、うん……」
「クーラス、大丈夫なの……?」
「ああ大丈夫だ。これから大変になるだろうがな」
シャロンが心配そうな様子でそう言う。まあこれから色々と大変だが、力づくで黙らせるしかないだろう。
「そうじゃなくて、体の方は大丈夫?また倒れたりとかしない?」
あ、そっちね。こんな時でも相変わらずだな、シャロンは。まあ、こんな時だからこそ気を休められるな。
「……おのれ人間めぇ。今に見ているのじゃ、絶対にキサマを、キサマらを殺してやるのじゃ……!」
「っ、とりあえずお前にはさっさと服をやらねえとな」
流石は六魔天将、もう気絶から目覚めたか。
忘れそうになってたが、今のフィリアは全裸だ。魔族であることを除くとただの少女にしか見えないし、色々と良くない。
それに翼が片方だけとはいえ生えているし、人間らしくないからな。街に出た時とか要らぬトラブルを招きそうだしそれらを隠すのにも服は必要だ。