79話 フェンリル
「……すごい」
シャロンがポツリとそう呟く。
確かに周りの反応を見る限り、いや見ずともアレがかなりの上級個体だというのは雰囲気でわかる。
グロリアの実力があってこそだろう。もしくは得意の詠唱改変でもしだのだろうか?どのみち強そうなのに変わりはないが。
「これは、アポステルホースね〜。天使様が使わせたと言われる超珍しい個体よ〜、確かバランス型の個体だったかしら〜?」
アデールがそう言った瞬間、周囲がどよめいた。
おいおいおい、いきなりそんな大物を召喚するなんて流石としか言いようがないな。
「ブルルル……!」
鳴き声は馬そのものか、当然ちゃ当然か。
なんか怒ってんのかそうじゃないのかわからんな、馬ってこんなんだっけ。
前世でも乗ったこともないし、そもそも動物園にすら行った記憶もないからな。
「グロリアさん!早速その子に名前をつけて差し上げなければなりませんわ!」
鼻息をフンフンと鳴らしながら王女はそう言う。なんかあの様子を見てると王女というよりおてんば娘って感じがする。
「え、ええと。それじゃあ……」
グロリアは馬の頭を撫でながら名前を考える。
「フローラ、それが貴方の名前ですわ。期待していますわよ」
「ブルルルッ!」
命名した瞬間、馬とグロリアが淡く光り出した。
「それで契約は完了ね〜。さ、みんなもやってみましょう〜」
アデールがそう言うと周囲は自分の召喚陣へと目を向けて、各々が詠唱を始めた。
「それじゃあ俺らもやろうか」
「そうだね、それなら僕からいかせてもらおうかな」
そう言ってアレスが召喚陣に向けて魔力を流し込み始めた。
「『我が求めに応じ、此処に顕現せよ』《召喚》!」
アレスがそう詠唱すると、魔法陣が力強く輝き始め、そこからゆらりと魔力が溢れ出し形を成していく。
「おおお?」
「こ、これ大丈夫か?」
溢れ出す魔力が思いのほか大量で、その分サイズが止まることなく大きくなっていた。
「ちょっと離れない?」
「そ、そうだな」
「みんな〜少し離れるわよ〜」
その声でアレス以外の全員が距離を取った。
アレスのやつ大丈夫か?飲み込まれたりとかしないよな。
しばらくして溢れ出した魔力は完全に魔物へと姿を変えていた。ゴゴゴとか効果音が出てそうな雰囲気があるな。
「グルルルル……」
「うお……」
「で、でけぇ……」
黒い狼の魔物か?にしてもサイズが大きすぎる。
アレスが召喚した魔物はグロリアのアポステルホースより一回り以上もの大きさがあり、牙を剥き出しにして今にも飛びかかってきそうだった。
「お、おいアレス!さっさと名前つけて契約しろ!」
「そ、そうだね……」
そう、この時点でまだ契約は成立していない。召喚して名前をつけるか代償を支払うかで初めて契約が成立する。これが召喚魔法なのである。
「それなら……。クロウ、君はクロウだ」
アレスがそう名付けた瞬間、アレスと狼が淡く光った。
黒いからクロウ?これまた単純な付け方だな、でも爪という意味でクローなんて見方もできる。あの狼も攻撃で爪を使ったりはするだろう。
「あらあら、今年の一年生はすごい子が多いのね〜」
「あの魔物、一体何なんですか……?」
アデールは相変わらず呑気な様子でそう言う。
すごいという次元じゃない気がする。
「アレは特徴からして"ブラックフェンリル"かしらね〜?」
はい?今、フェンリルつったか?フェンリルってアレだろ、神話に出てくる伝説の怪物だろ?
それをアレスが……生徒が召喚したと?
えっと、驚きすぎて逆に冷静になってきたぞ。
「確かアポステルホースと並んで超珍しい個体のはずよ〜。物理と魔法の両方を兼ね備えた攻撃型
だったかしら〜?」
呑気にそう続けるアデール。
いやいやいや、超珍しいとか言ってますけどフェンリルって伝説の魔物とかじゃないんですかね!?そんな呑気に言われても脳が追いつかないんですけど!
「ブラックフェンリル……」
アクリーナがポツリとそう呟く。
「ん、どうした?」
「ううん、どこかで聞いたことがあるような気がするけど……思い出せないわ」
フェンリルを見ながら首を傾げるアクリーナ。
何か本とかそういうので読んだことがあるのかな?仮にアレが本当に伝説の魔物とかであれば知ってたとしてもおかしくはない。
「さて、次は俺らの番だな」
「それじゃあ私からやるわ」
「わ、私も……」
アクリーナとシャロンがそれぞれ目の前に描かれている魔法陣へと手を向ける。
「同時召喚なんてできるのか?」
「大丈夫ですよ〜召喚される個体は各々の魔力に応じるので合成魔法などでない限り、個々に召喚されますよ」
そうなのか、一つの魔法陣で複数召喚が可能とはな。漫画とかでも何体も出てくるとかよく見るし確かにそうだな。
「「我が求めに応じ、此処に顕現せよ。《召喚》!」」
二人は同時に詠唱をし魔力を注ぎ込んだ。
すると魔法陣から、二人の魔力がアレスの時以上に溢れ出しそれぞれが形作り始める。
念のため離れておくか。
俺は二人からアレスの時よりも距離を取る。
「……わぁ」
しばらくすると魔力が完全に形となり召喚が成立した。