78話 召喚魔法
「それでは、授業の方を始めたいと思います」
そう言ってティーヌは黒板の方を向いて文字を書き始めた。
それにしても落ち着かない。右隣にはシャロンが俺に触れるくらいに近くに座っているし、左にはアクリーナが同じくらい近いし。
なんなんだろうこの状況は。エルルーン王女はというと、前に二つほど席を挟んだグロリアの左隣に座って何やら親しげに話しかけていた。
確かグロリアの家は王族の次に権力があるんだったっけか、それなら接点があってもおかしくないだろう。それにしたって……
「えっと、その、殿下……」
「エルとお呼びくださいませ、グロリアさん」
「その……エル、さん。少し、近いですわ……」
「ふふ、私とグロリアさんの仲ではありませんか♪」
王女はグロリアの腕に絡みつきながら、楽しそうに授業を受けていた。なんだろうなー……、随分と百合っぽい雰囲気を醸し出してるが、もしかして王女ってあっちの毛があるのか?
まあ別に不利益があるわけではないし、むしろ見ていて目の保養にもなるし、役得だな。
片方はクズだけど今はもうアクリーナとは和解してるみたいだし、改心しているのならどうでもいい。
「ーーと、ここまでが精霊魔法の基本となります。つまりは召喚魔法とは似て非なるものということが、理解できたと思います」
グロリアと王女の絡みを見ていたせいで授業を聞きそびれてしまった。まあいいや、あとでシャロンかアレスにでも聞くか。
「それでは次の授業は精霊魔法を実際に使っていただくことになります。ルードルフ学園の皆さまは召喚魔法ということになりますので、それではこれにて授業を終わりにします」
そんなことを考えているうちに授業は終了した。召喚魔法ね、確か魔術の書で読んだな。詠唱も覚えているし大丈夫だろ。
「さて、移動をーー」
さっさと外に移動をしようとすると、ガシッと右腕を掴まれた。
「……何だ?シャロン」
「急に運動しても、体に悪いよ。少し休もう?」
確かにそうだが俺は入院期間で充分に休んだし、退院してからもシャロンにくっつかれてて運動しようにもできてない。
「いやな、シャロン。俺は充分に休ーー」
そう言うとまたシャロンの目にが潤んだ気がした。だんだんと腕に入る力が強くなってる。
「ーーめてないし、もう少しゆっくりしようか」
パァっとシャロンの表情が明るくなる。はあ、この過保護っぷりは治りそうにないな。
◇
やっと外に出られたと思ったら、授業が始まるギリギリだった。アレスやアクリーナが教室を出て行く中、シャロンが一向に放してくれなかったのである。間に合ったからいいけどね。
「あのさ、シャロン」
「何?」
「いや……もう別にいいけどさ……」
外に出てもシャロンは一向に右腕から離れる気配はなかった。うう、周囲の視線が痛い……が、それほど多くはない。なぜならばーー
「グロリアさぁん、今度私と一緒に一戦交えませんかぁ?」
「あ、あの!エル……さん、本当に、近すぎません……?」
王女がグロリアの腕に抱きつきながら絡みながら顔を近づけて話しているのに、ほとんどの人間が注目していたからである。
やっぱ王女ってそういう毛があるのだろうか。
そのおかげかあまりこちらはあまり恥ずかしくはなかった。
「はいはい、それでは精霊魔法兼召喚魔法の授業を始めますよ〜」
パンパンと手を叩いて現れたのは、またもやエルフの女性教師だった。薄緑色のショートヘアにおっとりとした雰囲気がするな、背も女性にしてはかなり背が高かった。
「ルードルフ生の皆さま初めまして〜、精霊魔法の授業を担当します。アデール=フーリエ=ニュンフェ=ガイエと申します。よろしくお願いします」
ティーヌ同様に長い名前だ、ニュンフェのところが同じだし集落とか住んでる地域の名前なのかな?
「シエル生の皆さんはこの間の復習になりますね〜」
そう言ってアデールが召喚魔法について説明し始めた。
内容は魔術の書で読んだ通りだったし、試したことはなかったが大丈夫だろう。
「こんな感じでいいかな?」
「そうだな、最初だしこんなものでいいと思うよ」
召喚魔法はまず地面に魔法陣を描き、その中心から魔力を流し込み呪文を詠唱することにより魔物、もしくは精霊が召喚される。
召喚される個体は召喚者の魔力の質、量、召喚者自身の強さによって比例する。個体は全部で五つに分類され、知的個体もいれば獣のような知的でない個体もいるらしい。
攻撃型
名前の通り魔法、もしくは物理攻撃に特化した個体で、それぞれ魔法攻撃型、物理攻撃型と呼ばれることがある。召喚者自身の攻撃力を強化される。
防御型
防御力に優れた個体。 攻撃型と違い、魔法と物理の両方の防御力を有し召喚者の防御力だけでなく防御系統の魔法も強化される。
バランス型
攻撃型と防御型の両方の資質を持った個体。どちらの技術も召喚者に対して強化されるが、最終的に両方には劣る。召喚される割合が最も多いのがこの個体である。
回復支援型
召喚される個体の中で最も希少な個体。この個体は回復魔法や支援魔法を強化するだけでなく、召喚者の回復力を上昇させて、多少の怪我なら一瞬で完治し、眼を潰されようと腕をもがれようと心臓を潰されない限り、時間はかかるが再生させることのできる個体である。
精霊型
主にエルフが召喚する個体で名前の通り精霊が召喚される。召喚者の得意な属性によってそれぞれの属性に特化した精霊が召喚され、その属性魔法が強化される。中には全属性の力を持つ精霊王と呼ばれる個体が召喚されることがある。
そして召喚できる数は特に制限はないが、個体の数だけ行使する魔力の消費量が多くなるので多くが二、三体が限界らしい。過去に十体以上召喚された例もあったがすぐに魔力切れで倒れ、個体も全部逃げてしまったとか。
ふむ、今の俺がどのくらい魔力量があるのかわからないが通常よりは多く召喚できるのではないだろうか。まあ召喚でどのくらい消費するのかもわからないし、知的個体だった場合騒がしくなりそうだ。
「それじゃあ、まずは誰からやる?」
アクリーナがそう発言する。今ここには俺とシャロン、アレス、アクリーナが魔法陣を囲むようにして立っている。
「そうだな、まずはーー」
試しに俺がと言おうとしたところで背後から歓声が上がった。
「流石グロリアさん!そんな強そうな個体を召喚されるなんて、私どうかしてしまいますわぁ〜!」
王女が額に手を当てながらクラっとした様子で一人でキャーキャー騒いでいた。
グロリアの方を見ると、苦笑いを浮かべながら召喚したと思われる個体の頭を撫でていた。
アレは……なんだ?ぱっと見ではユニコーンのようなツノが頭から生えているが、背中にはペガサスみたいな翼が生えている。そしてその二頭に似つかわない体色、全身が黄色い……金色のような色合いをしていた。
なんだろう、あえて言うならユニサス?ペガコーン?もしくはこの世界特有の魔物だったりするのだろうか。