閑話4 アレスの決意
施設を抜け出したアレスたちは、ハデスの案内でストロベの実が沢山なっているという場所へと向かっていた。
「この間デザートに出たやつさ、少なかったから楽しみだなぁ」
「そうよね、ここ何ヶ月か減ってきてるみたいよね」
「最近、新しい人が入ってくることが多くなってるし、それの影響だろうな」
ここ数ヶ月の間で新たに孤児院にやってくる子供たちが増加傾向にある。噂では隣国から流れてくる難民の影響で、世話ができなくなった親が預けにくるとか。
「けど賑やかになっていいよな、俺たちの知らない遊びとかも増えてさ」
「そうそう、この間入ってきた子がさー」
目的地に着くまでの間、三人は楽しく談笑していた。
「あの茂みを潜ったら着くぞ」
「え、でもここって………」
ハデスは街道から外れたところの茂みを指をさす。その先は危険な魔物が住み着く森と言われており、大人の冒険者でさえ近づくことはない危険な場所であった。
「だ、大丈夫なの……?」
「大丈夫だ。多分」
「多分って……」
「ほら、置いていくぞー」
そう言ってハデスは茂みの下を潜り抜ける。
遅れてアレス、ヘラもその後に続く。
「相変わらず……不気味な雰囲気だな」
「そそそそうね。アレスは、怖いのかしら?」
「まぁ……少しは」
「な、情けないわね!そそそそれでも男なの?」
ヘラは先ほどから見てわかるくらいに震えていた。まるで地震でも起きているかのようにガタガタとしている。
「……そういうヘラの方がより怖がっているように見えるんだが」
「わ、私が怖がってるですって!?そんなわけ……」
「わっ」
「どひゃーーー!」
悪戯心の沸いたアレスがヘラを驚かす。するとヘラは素っ頓狂な悲鳴をあげた。それを見てアレスとハデスは大笑いする。
「ブフッ!お、お前っ、何だその悲鳴!」
「くっ、どひゃーって何だよ!どひゃーって!」
「ふざけるんじゃないわよ!殺すわよ!」
「痛ててて!わ、悪かったって!」
涙目になりながらヘラは、かなり強い力でアレスをボコボコと殴っていた。アレスは体勢が四つん這いになっているので避けることも防ぐこともできずに、ただ背中に痣を作った。
「うぅ、もう帰りたい」
「大丈夫だって、いざとなったら守ってやるから」
「……その時はあんたたちを生贄にして一人で逃げてやるから」
「ちょっ、ほんとに悪かったって」
「ほら、ここだ」
ハデスがそう言うと、ちょうど茂みを抜け出した。目の前に広がる光景を見て、二人は思わず息を飲んだ。
「うわぁ……」
目の前には大きな木が一本生えており、それには無数の赤い実がなっていた。ストロベの実である。
以前、施設にある本でストロベの実に関する記述を見たことがある。それには専用の場所で、あまり大きくない木に多くて十個ほどの実がなっていると記載されていたが、それとは全く様子が違う。
「へっへーん、どうだ!」
ハデスはドヤ顔で腰に手を当てながら二人に言う。無数の実がなっている様子を見て、アレスたちは目をキラキラとさせていた。
「すごい……」
「アレス、改めて誕生日おめでとう!」
言うが早くアレスは木に向かって駆け出し、風魔法で実を切り落として片っ端からかぶりついていた。
「アレスばっかりズルいわ!私にも頂戴!」
「自分で落とせよ」
「何よ!こういうのはレディーファーストでしょ!」
「俺の誕生日なんだぞ!」
ギャーギャーと二人は言い争いを始める。それを見てハデスはボソリと呟いた。
「……夫婦喧嘩」
ハデスは知っていた、ヘラがアレスのことを想っていて、アレスもまたヘラに対して同じ気持ちを抱いていることを。
自分もまたその気持ちがないといえば嘘にはなるが、それよりも友達がお互いに好意を持っていることに対して応援の気持ちが沸いていたのである。
「「夫婦じゃない!」」
ハデスの呟きは二人に聞こえており、二人は互いに顔を赤くしながら声を揃えてそう反論した。
お似合いだと想うんだけどなぁ、そんなことを考えながらハデスは二人にならって、ストロベの実を落として食べ始めた。
◇
「うーん、甘くてほっぺが落ちるわぁ」
「何個か持ち帰ってケーキ作らない?」
「けどそしたらシスターに抜け出したことがバレるだろ?」
「すでにバレてるわよ、どんだけ時間経ったと思ってるのよ」
「ん?……あっ」
「あ………まぁ、どうせまた小言を言われるだけだろうし」
「そうだな、それに今日は誕生日パーティーやるしそんなに説教は長くないだろ」
ふと辺りを見渡しと陽が傾いていること気がつくアレスとハデス、その反応を見てヘラは大きくため息をついた。
「はぁーあ、ついてきた私もだけどあんた達ってほんと、懲りないわね……」
「もぐもぐ本当にもぐ危険なこともぐもぐしなきゃ、もぐ本気でキレてこないだろもぐもぐ」
「もぐもぐもぐ」
アレスは食べながら返事をし、ハデスはただ頷いた。
「ま、それもそうね。それよりも、本当にそろそろ帰らないと締め出しになるかもよ?」
「む、そうか。たしかにそうだな」
「少し名残惜しいが、また来ればいい話だ。よし、二人とも戻ろう」
ハデスがそう言うとアレス達も今食べているのを最後に立ち上がって、元来た道を引き返して行った。
「あー、お腹いっぱいだ」
「夕食はどうするのよ?あんた、今日の主役なんでしょ?」
「あっ」
「ケーキとかストロベの実には劣るけど、なかなか食べられる代物じゃないぜ?」
アレス達のいる孤児院での誕生日では、ケーキは出るものの、あまり裕福でないためケーキもまた貴重なもので、主役以外は食べることはできないのだ。
「う、どうし……」
「! ねぇアレ!」
アレスの言葉を遮るようにヘラが何かに気がつき大声を出して指をさした。反射的に二人も指さす方へと視線を向ける。
「なっ!なんだアレ……!」
孤児院のある方向からは大きな煙が上がっており、何か笑い声のようなものが聞こえている。
「い、一体何が起きてるんだ!?」
「は、早く行きましょ!」
三人は孤児院まで全力で走り出した。
「な、何だよ……これ……」
「しっ!見つかるわよ」
「何で……こんなところに魔族が……」
孤児院は魔族による襲撃を受けており、建物は激しく炎上していた。シスターはおろか施設の子供たちも次々と殺されていた。
「ヒギィィイアアア!」
「いだいいぃぃぃ!」
「ギャーハッハッハッハ!!」
高笑いしながら、魔族は子供たちを嬲って悲鳴を楽しみながら殺している。
アレスたちは今、孤児院へと続く道にある茂みの中に三人で身を潜めていた。
「ど、ど、どうするんだよ」
「逃げるしかないだろ!」
「そ、そうだよな。ヘラ!」
すぐに逃げ出そうとハデスが声をかけるも、ヘラは返事をせずに静かに震えながら施設の人間が蹂躙されていく様を見ていた。
「ヘラ、早く逃げないと!」
「……さない」
「え?」
「許さない……よくも、よくも!」
「へ、ヘラ!?」
ヘラは茂みから飛び出し、真っ直ぐに建物へ向かって走り出した。
「おい!戻ってこい!クソ、ハデス!」
「わかったよ!」
アレスとハデスもヘラの後を追って建物へと走り出す。
◇
「お、おがあ、ざ………」
「あー死んだか。もうガキ共も残ってないな?」
「そうだな、じゃーとっとと……」
「あんたたち!!」
声がした方を向くと、そこには一人の少女が殺気立った様子で魔族たちを睨みつけていた。
「お、まだガキがいたのかー」
「しかもエルフじゃねえか!こりゃ上玉だな」
「よくも、よくも皆を!」
ヘラは声を張り上げ、涙を流しながら魔法を連発して打った。
「おっと、ガキにしちゃ中々強い魔法を使うじゃねえか」
「流石はエルフってとこか、けどまだまだガキだな!」
魔族は避けることもなくただヘラの魔法を受けて小馬鹿にするように言うと、すぐに攻撃体勢に入り足を狙って鋭い爪を振り下ろす。
「危ない!」
ブシャアア!
「が、ふっ……」
「ハデス!」
ハデスがヘラの前に飛び出し魔族の攻撃を代わりに受け、腹を魔族の腕が貫いている。
「に、にげ……ごぶっ!」
「けっ、邪魔しやがって」
魔族がハデスを投げ捨て、そのままハデスは動かなくなった。
「ハデスー!」
遅れてアレスがその場に駆けつけてくるも、既に手遅れでハデスは息をしていなかった。
「ハデス!しっかりしろ!」
何も答えずただ体を冷たくしていくハデスを抱え、アレスは絶望に満ちた顔をする。
「あ、あ、あ……」
「メンドくせぇ!二人まとめてぶっ飛べえ!」
魔族が魔法を構築し、アレスたちをまとめて始末しようとした。
「アレス!逃げるわよ!」
「喰らえ!」
その瞬間、魔族が《ダークフレア》を放ち、二人は逃げる暇もなかった。
ドドォ
魔法が命中し砂煙が舞い、アレスたちのいた範囲を視認できないくらいに覆い尽くした。
「キーキキキ!悲鳴もあげる間も無く死ん……ぐごっ」
魔法を放った魔族の首が突如胴体から離れて地面に落ちた。その様子を見ていた他の魔族が困惑と焦りを見せた。
「おい!?一体どうし……ぐはぁ!」
今度は別の離れたところにいた魔族の胸から氷の柱が飛び出し、そのまま巨大化して大きな穴を開けた。
「テメェら……絶対に、絶対に許さねぇ!」
砂煙が晴れ、そこに立っていたのは確かに魔族の攻撃を受けたはずのアレスがヘラを庇うように立ちながら、魔族たちに手を向けていた。
「よくも、ハデスを殺しやがったなぁぁぁあああ!!」
アレスは本気の怒りに満ちた表情をしながら魔族たちへと駆け出して行った。それを魔族たちはまたたかが子供がと侮っていた。
「ハッ!たかがガキ一人が……ぐはっ!」
「お前!?何を……ぐぶぅ!」
「こ、このガキ……がっ!」
次々と全く歯が立たないまま殺されていく同胞を見て、魔族は段々と敵わないことに焦りを感じていた。
「アレス!落ち着いて!」
「こっちのガキは弱そうだなぁ!」
「きゃああ!」
ガキン!
アレスに敵わないことを悟った魔族は後方に隠れていたヘラに意識を向け、そたらへ攻撃を放った。
ヘラは咄嗟に防御魔法を展開させてなんとかそれを防ぐも、魔族の攻撃が思いのほか重くて吹き飛ばされた。
「ヘラ!」
「隙を見せ……」
ヘラの悲鳴を聞いて振り向くと魔族が襲いかかってきたが、魔族は叫ぶ間も無く首を地に落とした。
「な、何なんだこのガキ!?」
「この力……まさか、あり得ない!」
「くっ、撤退だ!撤退するぞ!」
敵わないと悟った魔族の生き残りが逃げ出そうと羽を広げるも、すぐに飛び立てないことに気がついた。
「くそ!力が、抜け……」
「テメェら全員、皆殺しにしてやるよ」
後ろを振り向くとアレスが殺意を向けながら、魔法を放とうとしていた。
「うわああああ!やめろぉおおおお!」
「ーー死ね」
ドパァン!
残りの魔族は頭部を爆発させて全員が死んだ。
「ぐぅ……」
アレスはくらりとよろめいてその場に膝をついた。あれだけ強力な魔法を連発して、さらにはまだ子供だったアレスには魔力がほとんどなくなっていた。
「アレス!」
ヘラが心配そうにアレスの側へと駆け寄る。彼女もまた吹き飛ばされた衝撃でボロボロになっていた。
「に、逃げるぞ……」
「待って、私の……髪留めが……」
ヘラの視線の先には燃え盛る建物があった。先ほどの衝撃で髪留めが外れて、建物の中へと飛んでいってしまったのだ。
「髪留め?そんなの、どうだっていいだろ。早く、逃げないと……」
「どうでもよくない!アレは大事なものなの!」
「だからって!命とあんなものどっちが大事なくらいわかるだろ!」
「あんなもの……?あんたなんかにエルフの絆がわかるもんですか!」
そう叫んでヘラは燃え盛る建物へと駆け出して行った。
ヘラのあの髪留めは、ヘラが拾われてきた時に唯一持っていた家族の持ち物だった。
ヘラは住んでいた集落を魔族に滅ぼされ、自分以外の住民は全て殺されていた。そこを通りかかった冒険者が彼女を拾ってこの施設に預けに来た。その時に持っていたのが、エルフの絆の証が刻まれた髪留めだった。
「あ、ヘラ!待てよ!」
慌てて後を追いかけようとするも、アレスは魔力が枯渇しており走り出そうとした瞬間、足がもつれその場に倒れ込んでしまった。
「へ、ヘラ……」
手を伸ばすも届かず、ただ友達が燃え落ちる建物へ飛び込む姿を見届けながら意識が落ちていった。
「俺は……お前が……」
そこで俺の意識は途切れ、次に目が覚めた時には孤児院からかなり離れた街の病院にいた。話を聞くと、孤児院が魔族によって襲撃されたと情報が入り騎士団が駆けつけるも奴らの姿はなく、俺だけが倒れていたらしい。
ヘラはどうなったのか、ヘラも無事なのか、それを聞いてもあの場には自分以外に誰もいなかったという。
俺はこの事件をきっかけに禁属性が使えるようになっていたらしく、リハビリで魔法を使って気がついた。
魔族のせいで、俺は大事な友達を二人も失った。絶対に許さない。
鏡を見ると、自分の表情が随分と殺伐としており自分でも少しビビるくらいに目つきが鋭くなっていた。
俺は、退院するまでに自分を変えることにした。まずは表情だ、こんな顔じゃ誰も寄り付かないし常にニコニコするように心がけよう。次は力をつける、魔族を一撃で殺せるように、魔力も増やして倒れないように。
この決意から数週間後、僕は魔力病を発症した。あの戦いで強力な魔法を連発したことによって急激に魔力を消費したことが原因らしい。
僕は、使えるようになった禁属性を利用して自分の体を作り出し、そちらへと意識を宿して生活することにした。治療術師は随分と驚いていたが、そんなことはどうでもいい。奴らを全員殺すまで、死んでたまるか。
そして僕は王都の孤児院に引き取られて数年が経ち、ルードルフ学園へとやってきた。卒業して騎士団に入り、魔族たちを皆殺しにするために。