73話 一人じゃない
「いいえ、それは違います」
ミカエルはそう言うと両手のひらを合わせると、少しだけ離した。その手の間の小さな空間に、何かボヤッと映像?のようなものが再生された。
「これは、貴方が前世で死んだ後の周囲を記録したものです。アカシックレコードの一部、とでも言えばいいでしょうか」
「!」
その映像に映し出されたのは、前世の俺の葬式の様子だった。自分の顔すらもう思い出せなかったが、飾られている写真を見て確信した。
音声は出なかったものの、両親と思しき二人は号泣しており、俺の死を悲しんでいるようだ。
「こ、これって……」
「クーラス=ヴィルヘルムさん、貴方は確かに幼少の頃に行った出来事で、家族からは恐れられて距離を置かれていました。ですが嫌われてはいなかったのですよ」
俺が……家族に嫌われていなかった?
どういうことだ?そんなわけが……
「自分の子供を愛さない親なんているわけないよーっ」
「たまに暴力などを振るう屑もいるが、大抵の親なら自分の子に愛情を持つのは当然だろう?」
ミカエルの言葉に同意するように、サンダルフォンとメタトロンが頷く。
「そ、それじゃあ俺、俺は……」
悲しんでる人なんかいない、転生万歳とか思いながら過ごしてきたが、実際はこのように悲しんでくれる人がいた。それも、実の両親や家族がだ。
改めて、俺はこの二度目の死によって、死というものが何なのかを自覚した。
後悔したところで何もかもが遅い、彼らは俺をちゃんと家族として愛しく想ってくれていたのに、俺はそれに応えることができなかった。
それだけじゃない、俺はまた死んだ。
「俺は……」
「大丈夫ですよ」
その時、正面に立っていたミカエルが俺を抱擁した。
「貴方は一人ではありません。死んでしまっても、こうして貴方を想ってくれている人がいます。愛されていたことを忘れないでください」
俺は……一人じゃなかったのか……勝手に、俺が距離を取っていただけだったのか……
「それに、貴方はまだ死んでいませんよ」
「えっ?」
ミカエルが俺から離れ、顔を見合わせながらそう言った。
俺はまだ死んでいない?えっと、つまりは二度目というか今のクーラス=ヴィルヘルムとしての死はまだってことか?
「はい、貴方の体は昏睡しているだけです」
それじゃあ、俺はまた皆に会えるんだな。
友達や家族、俺の周囲にいるみんなに。
「そ、それじゃあ俺は……」
ここで俺はあることに気がつく。現在、俺の体は昏睡状態になっているのなら今の俺は……意識体?魂?の、ようなものなのか?
それならばどうやって目覚めれば?
「ご安心下さい。ワタクシ達が責任を持って貴方を目覚めさせます」
それなら良かった。今更だがここはどこなんだろうか、死後の世界と似て非なるものと思えばいいか。
「あ、最後に何か質問があれば答えますがどうされます?」
いいのか、まあ気になってはいたし。今後こんな機会があるわけないだろうしな。
俺はミカエル達におさらいも兼ねていくつか質問をした。
Q この世界は何なのか?
A 女神フェネアンが創造した世界の一つ。前世でいた地球のある世界も同じ。
Q 女神フェネアンとは?
A 世界を創造する神の一柱。ミカエルたち七大天使が仕える女神。
Q 他に神はいるのか?
A 存在するが他世界に干渉はしないのでミカエルたちは会ったことはない。
Q 天使は他にもいるのか?
A 他の神同様に存在はするが、会ったことはない。フェネアンに仕えているのは彼らだけ。
Q ここは何処なのか?
A 現世とあの世の狭間。前世でいうところの三途の川のような場所。
Q 貴女達は何者なのか?
A 女神フェネアンに仕える七大天使、それぞれ世界の秩序を保つための役割を担う存在。
「……なるほど、ありがとうございます」
気になっていたこと、その場で疑問に思ったことをいくつか質問し終えて俺はミカエル達に礼を言った。
「それでは、クーラス=ヴィルヘルムさん。準備の方はよろしいですか?」
「はい」
そう言うとミカエルは祈るように手を合わせ目を瞑る。
「ーーーー」
何かわからない言語で呟いたと思うと、ふっと体が下へと落ちる感覚に襲われ、同時に視界も暗くなり意識も落ちていく。
ああ、これでやっとまたアイツらに会えるのか。心配かけてしまったな、またシャロンには飛びつかれるだろうなぁ。
そんなことを考えながら俺の意識は無へと落ちる。
「ーーどうか……姉……ル…フ……お救いください」
意識が完全に落ちる直前、ミカエルに何か言われたような気がしたが何を言っていたのか完全に聞き取ることはできなかったが、最後の『お救いください』だけは強い言い方だったので、はっきりと聞こえた。
救うって、何をだ?俺に、どうしろと……
そこで俺の意識は完全に途絶えた。
◇
「………く、う……」
どのくらい経ったのかわからないが、俺は妙な息苦しさで目を覚ました。
だが、体を動かそうにも力を入れようと全く動かなかった。
「ここ、は……?」
視線だけ動かして、辺りを見渡すと病室?のような場所で俺は横になっているということだけはわかった。
どうやら、無事に戻って来られたようだな。死の淵から生還したというやつか、そういえば右腕は……
俺が倒れることになってしまった原因、右腕の黒い何かの侵食による超激痛、アレは一体何だったのか、視線を下の方に向けると
「すぅ、すぅ」
「あっ」
シャロンが、俺の腹を枕にして気持ちよさそうに眠っていた。何だか息苦しいと思ったらコレが原因か。ま、もはやいつものことで驚きもしないがな。
さてどうするか、シャロンを起こそうにも体は動かないしシャロンは寝起きは悪いから声だけで起きそうにもないだろう。
そう思っているとシャロンがモゾモゾと動き出し、目をこすりながら起き上がった。
「ん、んぅ……」
「……シャロン?」
「ん、クーラス……!?」
俺と目が合った瞬間シャロンの激しく驚き、そして静止した。
「シャロン?どうかし……」
驚いたまま微動だにしないシャロンにどうしたと声をかけようとすると、シャロンの両目からポタポタと大粒の涙が溢れ出てきた。
「あ、うっ、くっ、クーラス!!」
「わぷっ!」
やはりこうなったか、もういつものことだし疑問にも思わんけどさ。
俺の視界に覆いかぶさるようにシャロンが飛びつく、そしてギュウウとどこへも逃すまいと強く抱きしめられる。少し苦しい。
「クーラス!クーラスぅぅぅ!」
声を上げてシャロンは大泣きする。死にかけた、というか仮死とはいえ死んでたようなものだしな。本当に、心配しかかけてないな。
とりあえずいい加減放してくれ、息ができなくて苦しい。
「んー!んー!」
「うええええん!」
シャロンの背中をタップするも、全く力が緩む様子はない。
あ、手が動くぞ……てかそれどころじゃない!
マジで放してくれ!息が苦……!あ、これまた死……
意識が落ちかけた時、ドアが勢いよくバタンと開く音が聞こえた。
「どうしたの!?すごい泣き声が聞こえたんだけど!」
この声は、アクリーナか!頼む、シャロンを引き離してくれ!
「えっ、クーラス!?」
「んー!」
俺は必死にシャロンの背中をタップして息苦しいことをアクリーナにアピールする。
「へ、あ!シャロン!クーラスが落ちるよ!死んじゃう!」
「うわああああん!」
アクリーナの呼び声にも全く気がつかず、シャロンは俺を抱き"絞め"続ける。
「シャロン!」
その後、徐々に力が戻ってきたので俺とアクリーナが必死になってシャロンを引き離すことに成功した。