72話 転生した理由(ワケ)
俺はミカエルの方を向き、話の続きを聞くことにした。
「えーっと、さっきの続きなのですが、なぜ俺は貴女に謝られていたのですか?俺に許されないことをしたって、一体何のことですか?」
「はい、それでは後者の方からお話いたしま……」
『みんなー!今日はサンちゃんのライブに来てくれてありがとーっ!』
ミカエルの言葉を遮るようにサンダルフォンのスピーカーを通したような声が周囲に響いた。
『それじゃあ一曲目、いくよーっ!曲は【恋のSEVEN☆ANGEL's】!』
どっからそのステージとマイク出したんだよ!そしていつ着替えたんだよ!
サンダルフォンはアイドル衣装を纏いながら、コンサートステージの上に立ち、マイクを持って歌う体勢に入っていた。
「うぉぉぉぉおおおおおお!!」
お前もどっから出したんだよそれは!
奇声を上げたのはメタトロンだった。
彼女の額には『サンちゃん♡命』と書かれたハチマキをしており、両手にペンライトが握られ、背中に『サンちゃん親衛隊』とでかでかと書かれたピンクの法被を着ていた。
ここまでくるとマジモンのアイドルとそのファンだな。
「L・O・V・E!サンちゃーん!」
「アレは無視の方向でお願いします」
「アッハイ」
ミカエルがきっぱりとジト目でそう断言する。ミカエルにまでこう言われるなんてな……
「クーラス=ヴィルヘルムさん……いえ、ーーーーさんとお呼びした方が良いでしょうか」
「!!?」
俺の耳がおかしくなければミカエルは今、確かに言った。
俺の、前世での名前を。
ということは転生のことも必然的に知っているだろう。
久々にその名で呼ばれた驚きのあまりに、サンダルフォンらの騒ぎが耳に届かないくらい、頭の中は混乱した。
「い、いえ今世での名前でお願いします」
「わかりました。それではクーラス=ヴィルヘルムさん、まずは貴方が何故この世界に転生してしまったのかをお話しみゃっ……します」
緊張しているのかミカエルは最後を噛んだ。
よく見ると全体的に悲しげな雰囲気だな。
そして一呼吸置いて、ミカエルは語り出した。
俺が死んだ時、本来俺の魂は地球の輪廻の輪に乗せられるはずだった。そして、それら死者の魂を管理しているのは、彼ら七大天使が仕える女神フェネアンだという。
女神の仕事は様々な世界の監視、管理、そして死者を転生させることで、新たな世界を創造することもある。
女神フェネアンの他にも神は複数存在していて、その分世界も無数に存在している。
俺が前世に住んでいた地球のある世界と魔法の存在するこの世界を創造したのが、その女神フェネアンだという。なんでも魔法と科学の発展を同時に見たかったからとかなんとか。
そして基本的に世界で問題が起きても神は干渉しない、何が起ころうとその世界の生命に成り行きを任せている。無論、理想の世界を作りたいなど、自らの欲のために世界を創造した場合はこれでもかと干渉する。
話が逸れたが、そのように無数に存在する世界でまれにその世界の生命だけでは対処できない問題が起きることがある。それこそ生物同士の争いが絶えない、環境汚染が進み生物が死に絶える、さらには魔王によって人間が滅ぼされるなど。
この世界に魔王はいないが、他世界にはそのような存在があるのか。
「いえ、正確に仰いますとこの世界にも遥か昔には存在しておりました」
「えっ、でもアク……知り合いに聞いたら知らないような感じでしたが」
「それは当然です。魔王と呼ばれた者は我々が初めから存在しなかったことにしたのです」
これは驚いたな、世界には不干渉のはずなのに……いや、干渉しないのは神だけなのか?
「いえ、神の使いである我々も基本的に干渉しません。ですがあの時は干渉せざるを得ない状況だったからです」
続けてミカエルが言う。その世界の生命でも対処できない問題が発生した場合、他世界の生命を送り込む、すなわち転移、転生させるというのだ。
「つまり、俺はその問題に対処するために転生させられたと?」
ミカエルは首を横に振った。
「クーラス=ヴィルヘルムさん、この度は本当に申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げる。今度は土下座ではなかった。
今の話と何の関連があるのか、そう聞こうとするとミカエルは続けて言った。
「最初に申し上げたように、本来なら貴方の魂は地球の輪廻の輪に乗せられる予定でしたがーー」
ここでミカエルはギリっと歯ぎしりして、怒り口調になった。
「あの駄女神は!事もあろうに迷い込んでしまった貴方の魂を、そのまま転生させやがったのです!」
表情を怒りに歪め、吐き捨てるようにミカエルはそう言った。
駄女神って……それほど言われるくらいのことをしたわけか。というか、迷い込んだ?
「ええそうです。貴方のように不慮の事故で亡くなってしまった魂は、ごく稀に他世界へと迷い込んでしまうことがあるのです」
その魂を元の世界へと戻し、正しく転生させるのが世界を創造した女神の役目だという。そして、その女神フェネアンとやらは普段からだらけまくっていたせいで俺の魂が迷い込んだことにも気づかず、そのまま転生させたのだという。
「本来ならばあのクソ…コホン、フェネアン様の役割なのですが、四六時中だらけている方でしてワタクシがその役割を担っていました」
今クソって言ったよな?訂正したけど聞き逃さなかったぞ。それほど言われるってフェネアンとやらは一体何者なんだろうか。
口悪く主を罵りミカエルは続けて言う。
世界の危機でもないのに他世界のモノを別世界へと搬入させることはタブーとされている。
理由は世界によって魂の質が異なるため、勝手にポーンと放り出すと、その世界に魂が適応できず消滅してしまう危険があるからだ。
そのために他世界に転生させるには、女神や天使の手によって、その世界に適応できる魂を選別して転生させなければならないのだ。
今回の場合、本当にたまたま俺の魂はこの世界に適応したから良かったが最悪の場合、魂が消滅していたかもしれないのだ。
「今回はワタクシも転生後に貴方が、本来の輪廻の輪に乗っていないことが判明するまで気がつかず、今日にまで至ることになりました……」
申し訳なさそうな顔をしてミカエルはそう言う。
「ま、まあ結果的にとはいえこうして無事に転生できたみたいですし……」
「それに、あの駄女神は過去にも同じことをやらかして、魂を消滅させたのです」
「全くだ。あのバカ女神には手を焼かされてばかりだ、あんなのが神だとか世も末だな」
「そーそー。……あのゴミクズは一度死んでこい」
いつのまにかライブが終わったのか、メタトロンとサンダルフォンもミカエルの言葉に頷くように答える。
てかサンダルフォンに関しては途中小声だったが女神すらついてないし、一番口が悪いな。
「きゃは☆サンちゃんはアイドルだから、口は悪くないよーっ」
サンダルフォンは頰をプクーッと膨らませてそう言うが、とりあえずそういうことにしておいて、その駄女神とやらに仕える七大天使の3人が口を揃えてこの言われようだ。どんなのなのか逆に興味が湧いてきた。
「何度も何度も繰り返し反省せず魂を迷い込ませては消滅させ、尊い命を殺しているのです。神とはいえ、命を安易に奪っていいと思ったら大間違いです!」
魂を消滅させるということは、即ち存在そのものを消すということだから、転生することもなく無へと消え失せるってことか。
「そうなります。無論、新たに魂を作り出すことも可能ですが同じ魂を作ることはできません」
随分と話は逸れたが、要は『危うく存在を消すところでした。ごめんなさい』という感じで俺は初っ端から土下座を受けたわけなのか。
「はい、本当に申し訳ありませんでした」
またミカエルが頭を下げる、これで何度目だろうか。
存在がなくなるところだったと言われているのに、いまいち俺はピンときていなかった。
存在が消えたところで、むしろ転生前で俺が死んだところで悲しむ人なんていないだろうに。
「いいえ、それは違います」
俺の思考を読んだミカエルが、否定するように首を振りながらそう言う。
「違う?」
「クーラス=ヴィルヘルムさん、貴方は本当にそう思っているのですか?」
「へ?え、ええ俺は……過去にやらかした出来事で家族からは距離を置かれてましたし……」