71話 アイドルとシスコン
死んだと思った、その瞬間だった。
「もぉ〜ダメだよっ」
「うおっ!」
背中に衝撃が走ったと思ったら、また何処からか声が聞こえて、目の前に結界が現れ攻撃を全て防いだ。
「なっ!なぜ、お前がここに……!」
メタトロンが信じられないという表情をして俺を……いや、俺の後ろを見つめていた。
すると俺をあすなろ抱きするように目の前に手が回ってきた。
「ちょっ!な、何だ!?」
「初めまして!天使のアイドル、サンちゃんだよー!よっろしくぅ!」
某解体のアイドルみたいな口調で、俺をあすなろ抱きする女性と思しき人はそう名乗った。
初めましてと言われても、背後から抱きつかれてちゃ顔すら見えないんだが……
「なぜ……お前がここに、サンダルフォン!」
サンダルフォン、また聞き覚えのある名前だ。
確かメタトロンの弟……とは聞いてはいるが、この世界だと妹なのかな。
「そうだよーっ、サンちゃんは七大天使の末っ子なんだーっ!」
さっきから突っ込まなかったが、ちょいちょい心を読まれてるよな。
ミカエルといいメタトロンといい、そりゃ天使だし、神の使いとかなのだし当たり前なのだろうけど。
「うんうん、さっすが理解が早いねーっ!」
口に出さずに会話が出来るのは便利なものだ。
「あ、あの、それよりも何で俺は抱きつかれて……?」
「そ、そうだ!貴様、さっさとサンダルフォンから離れろ!この罪人!」
俺のせいかよ。
メタトロンは感情をあらわにして激昂するように叫ぶ。
「もぉー、メタ姉?そんなに怒らないの。もっとサンちゃんみたいに笑顔で……きらーん☆」
サンダルフォンは俺から離れると、頰に人差し指を当てながら満面の笑みを浮かべた。
「うっ」
メタトロンが顔を紅くし、手で口元を押さえたと思ったらすぐに顔を逸らした。
一体どうしたんだ?
「ほらほらっ、貴方も一緒にせーの、サンちゃんスマイル!きらーん☆」
「き、きらーん……」
俺は思わず苦笑いを浮かべる。
サンダルフォンは、本当に某アイドルを彷彿させるような容姿をしており髪型も、顔つきも似ていた。
違うところといえば、せいぜい金髪なのと翼があるくらいだ。
「表情が硬いなー、まあいいや。ミカ姉、大丈夫?」
「う、大丈夫です。少し、力が入らなくなっただけです」
サンダルフォンはふわっとミカエルの側に寄り、声をかけた。
よかった、無事だったみたいだ。
「……メタトロン、今貴方は何をしたのか理解しているのですか?」
キッとさっきのメタトロンと引け目を取らず、鋭い眼光で睨みつける。
メタトロンはそれに思わずたじろいだ。
「っ!わ、我は規律を守るために……」
「メタ姉はいつも規律規律って、少しは情状酌量の余地とかないの?」
「く、う……」
サンダルフォンも呆れたようにメタトロンにそう言うも、メタトロンはただ狼狽えている。
規律を司る天使と言ってたしな、役割というものがあるのだろう。
「だ、だがそれでは示しがつかん。それに秩序というものが……」
「もー、そればっかり。そんな規律だの秩序だの、固いことしか言わないメタ姉、嫌い」
サンダルフォンがはっきりとそう言うと、頬を膨らませながらプイッとそっぽ向いた。
するとメタトロンはあからさまにショックを受けた表情になり、ものすごく慌てた。
「そ、そんな……!ち、違うんだ。我はそんなつもりじゃ……嫌だ、サンダルフォン……」
涙目になりながら、懇願するかのようにサンダルフォンに近づいて言う。
……確か天使の威厳を表した存在とも言ってたよな、その威厳とやらはどこにいったのか。
こんな醜態を人間である俺に晒していいものなのか。
俺はそんなことを考えながら、半目で茶番をただ眺めていた。
「お願いだ、嫌わないでくれぇ……」
もう涙声になってるじゃねえか、何なんだメタトロン。
「……じゃあ、彼のしたことを今回は見逃してくれる?」
「ああわかった!そんなことで許してくれるのなら!我は、何だってする!」
おいコラ、さっきまで大罪だの許されないことだの言ってたくせに、あっさり『そんなこと』で一蹴すんなよ。
「罪に……いや人間、すまなかった!この通りだ!だから、許してくれ!な?な?」
ほんと何なんだ。さっきと様子が変わりすぎだろ、口調も威厳のある喋りから随分と砕けてるし。
何だろう、サンダルフォンに嫌われたくないという一心で、メチャクチャ必死になっているように見える。
まさかとは思うがーー
「人間!頼む、サンダルフォンに嫌われたら我は、我はぁ…」
俺の手を取り半泣きで必死に懇願してくる。
「わ、わかった。わかりましたから」
「本当か!?本当だな!」
「本当本当、もう気にしてませんから」
本音を言うと正直これ以上メタトロンに関わるのが面倒くさかった。
「サンダルフォン!許しをもらえたぞ、だから嫌わないで……くれるよな?」
「さーっすがメタ姉だねーっ。寛容な心で彼を許してあげるなんて、やっさしー!」
また、きらーん☆とか効果音が出てそうな笑顔でサンダルフォンはそう返すと、メタトロンはあからさまにホッとした表情を浮かべた。
「七大天使の中でも最高!流石は自慢のお姉ちゃんだよーっ!大好きっ。きゃは☆」
「ぐはっ!」
サンダルフォンがそう言った瞬間、メタトロンは鼻血を噴射して倒れた。
間違いないな。メタトロン、シスコンか。それも、かなりのだろう。
天使の威厳もクソもねえな、こんなのが規律を司っていて、そんで殺されかけたってのに……
「ふっ、チョロい」
「!?」
サンダルフォンがアイドル?らしからぬゲスい表情を浮かべながらそう呟いたのを、俺は見逃さなかった。
……何だろう。天使って、みんな二面性があるものなのかなぁ。