63話 思わぬ助け
クーラス達が魔族に向かって窓から飛び出した後のこと、シャロンはアクリーナに手を引かれて逃げようと階段を駆け下りていた最中、急に立ち止まった。
「どうしたの!?早く逃げないと!」
「……私、やっぱりクーラスのところへ行く」
「何言ってるの!?」
シャロンは自らクーラスの向かった魔族だらけの所へ行くと言い出した。当然アクリーナが黙っているはずがなかった。
「クーラス……前もこうして無茶してたから……今度も、無事に戻ってこれるなんて……」
シャロンの目には涙が浮かんでおり、本気で彼のことを心配しているということが伝わってくる。
「……わかったわ、けど約束して」
「何?」
「私も逃げない、友達を置いてなんかいけないわ。一緒に逃げましょ?だから、絶対に無事に戻ってきて」
「アク、リーナ…うん、わかった。絶対に戻ってくるから!」
そう言ってシャロンは来た道を引き返して行った。
「んっ、そろそろここも危なくなってきたみたいね」
まだ学園に魔族による攻撃は行われていないがそれも時間の問題だった。衝撃や爆発音などゆっくりではあるが段々と近くなっているのが校舎に伝わっていた。
「とりあえず建物の外に出ないと、崩れたら下敷きになってしまうわ」
アクリーナはすぐに出口へと向かおうとした瞬間だった。
「きゃあっ!」
突然校舎が大きく揺れたと思うと足元の床に穴が空き、アクリーナは吸い込まれるように落ちていった。
「……っ、痛ぁ……な、何が……!」
目を覚ますと目の前は瓦礫に覆い尽くされていた。
「こ、ここから出ないと」
運良くアクリーナは瓦礫の隙間に落ちたのですぐに抜け出せた。そして周囲を見渡すと、瓦礫の山ができており校舎が崩れたのだと理解できた。
「だ、誰か助けて!」
「助けてくれぇ!」
すぐに逃げようとするも、辺りから自分と同じように瓦礫の下敷きになっている者たちから助けを求める声が聞こえてきた。
「あ、う……」
助けないと、頭ではそう思ってはいるものの怖くて足が動かなかった。もし救出している間に魔族が来たら?そうなったら自分まで死ぬ。
ならこの人たちを見捨てるのか?それはダメだ、母との約束を破ることになる。
「助けて!」
「足が抜けないよぉ」
助けを求める声が周囲から聞こえているのに、自分以外の人は逃げたり見向きもしていなかった。
今ここで動けるのは自分だけ、ならするべきことは一つだろう。
アクリーナは覚悟を決め、崩れた寮へと向かって走った。
「大丈夫ですか!?」
「う、あ、ありが…とう……」
身体強化を使って瓦礫を退かし、下敷きになっている人たちを引き上げていく。
「あとちょっとですよ!」
「うぐ、助かった……」
「早く避難を!」
「ああ、君も早く逃げるんだ!」
目に見える人達を全員助け、すぐにここから逃げようとした時だった。
「だ、誰か助け……て…」
まだ残っていたのか、そう思いアクリーナは周囲をキョロキョロと見渡すと離れたところに瓦礫の隙間から手が見えた。
「今助けます!」
アクリーナはすぐに駆けつけて瓦礫を退かし、埋まっている人の姿が見えるようにする。
「大丈夫です……か…!」
瓦礫を退かし顔が見えた瞬間、アクリーナは驚愕した。そこで下敷きになっていたのはかつて自分をいじめていたグループの一人、サラ=テュルクだった。
「うぅ、ありが……!」
サラもアクリーナを見て目を見開いて表情が青くなる。
やっと助かると思ったのに、助けに来たのは今まで自分がいじめていた人物だった。
そんな人間が自分のことを助けるなんてことするわけがない、それを悟り絶望した。
「い、いや……おねが……」
死にたくない、そんな思いでアクリーナに懇願しようとするもか細い声しか出なかった。
今まで自分が何をしてきたのか、どんな立場でお願いをしようとしているのか、それを考えると言葉が続かなかった。
『因果応報』、あの男が言っていた言葉が心に深く突き刺さった。
「あ、あ、あ……」
自分のしたことの後悔と死の恐怖が入り混じりサラは無意識に両目から涙を流した。
「っ!」
アクリーナはサラの姿を見た瞬間、伸ばした手を一瞬下ろしたがすぐにもう一度サラの手を掴んで引き抜こうとする。
「んんん!」
「え……なん、で…」
「早く、そっちも力込めなさいよ!」
サラは自分を助けようとする行動に驚いた。
なぜこんな自分を助けるのか、今までひどいことをしてきたというのに。
「なんで……私、貴方に……」
「今そんなことどうでもいいでしょ!いいから……早く力入れなさいよ…!」
アクリーナは身体強化を使いさらに力を込めてサラの手を懸命に引くがビクともしなかった。
「い、痛い!足が挟まれて……!」
サラの両足は柱と柱に挟まれ、さらに瓦礫が覆い被さっており引き抜くことが困難だった。
「もう、私なんか……置いて…」
「絶対に置いていくものですか。何があっても助けるわ」
「何で、何で私なんかを助けてくれるの……?私、貴方に酷いことを……」
「ええ特にアンタたち2人は殺したいくらいよ」
サラの言葉に被せるようにアクリーナが憎しみを込めた声で言い睨みつける。
身体強化を最大にまで高めてサラの足を挟んでいる柱を退かした。
「っだ、だったら何で……」
「それは……お母さんとの約束だからよ!」
言葉の最後の方に力を込めてサラの一気に手を引き抜き、サラを瓦礫から抜き出した。
「早く逃げるわよ」
「あぐっ!?ぎっ、あ、足が……!」
サラの足を見ると両足首は折れており、歩くことはおろか立つことさえできない状態だった。
「く、ほら捕まって!」
アクリーナはサラを背中に抱えて立ち上がる。サラは腕の力だけでしがみつき落ちないようにする。
「しっかり捕まってなさいよ」
「キキキ、女が2人も」
二人の目の前を一体の魔族が立ち塞がった。
「く……」
「なんだぁ?お前、混ざり物の一族じゃねえか。しかも片眼のロクデナシときた、キーキキキ!」
魔族はアクリーナに気づくと甲高い声で笑った。
人族でも魔族でもない中途半端な存在、それが朱眼の一族。その上アクリーナは忌子と呼ばれる嫌われ者、そんな奴に何ができるとばかりに嘲笑う。
「バカにするな!」
アクリーナは魔族をキッと睨みつけるとそう大声で叫ぶ。抱えられていたサラはビクッと震え、魔族は笑うのをやめてアクリーナを見た。
「ああ?この俺様に向かって随分な態度じゃねえか、そんなに死にたきゃ望み通りにしてやるよ!」
そう言って魔族は右手を鋭い刃に変化させるとアクリーナの首を狙って突き出す。
「っ!」
防御魔法を展開する間も無く高速で迫ってくる刃に、アクリーナとサラが死を覚悟したその時だった。
「ガギュ!」
宙を舞っていたのはアクリーナではなく魔族の首だった。
「……え」
「何をしている!早く逃げないか!」
目の前に刃が迫っていたと思った瞬間、次に目に入ったのはゴットハルトが魔族を殴り飛ばしてい
た光景だった。
「せ、先生……」
魔族の首は胴体から引き千切れるかのように吹っ飛んでいき、グチャリと音を立てて壁に当たり形を崩した。
「避難場所はあっちだ!早く行け!」
「は、はい!」
アクリーナはそう返事をするとゴットハルトの指差す方向へサラを抱えながら走り出した。
ゴットハルトは集まってきた魔族を次々に拳だけで相手をして、体の一部に穴を空けたり首を吹っ飛ばす。
「はあ、はあ」
しばらく走っているとアクリーナは体力が尽きて膝をついた。
背中に人を抱えて走るなど身体強化を使っているとはいえ運動が苦手な彼女にとって酷なことだ。
「う、うぅ……ごめん、なさい……」
サラはそんな彼女を見て思わず謝罪の言葉を口にする、その目には涙が浮かんでいた。
「大丈夫よ、今はそんなことより——」
「隙を見せたなぁ!」
アクリーナがサラの方へ振り向くと、それを待っていたと言わんばかりに影から魔族が飛び出し二人へ襲いかかった。
「え、嘘——」
先ほどのように防御をする間も無く魔族の鋭い刃が目の前に迫る。
「っ!」
「グボァ!」
思わず目を瞑り今度こそ死ぬと思った瞬間、魔族の悲鳴が耳に入った。
「がはっ…!し、死になさいっ!」
「グエアアア!」
目を開けるとそこには自身の腹を貫かれながらも魔族の胸元に剣を突き刺し、振り上げるグロリアの姿があった。