60話 詠唱と無詠唱
「それでね、昨日アクリーナが美味しいお店があるって言うから行くとね……」
「そりゃあ良かったな。今度俺も行ってみたいな」
シャロンは教室までの道中アクリーナと街に出た時のことを楽しそうに話していた。
美味しいものを食べて歩いたのは俺も同じだ、もっとも前世に所縁のある食べ物が多かったがああいうのはたまに食べたくなるものだ。
「それで遅くまでで歩いちゃって……ふあぁ」
「大丈夫か?そんなだったら無理しないで……おっ」
「っ!」
教室に入るとある人物が目に入った。向こうもこっちに気がつき目が合うも、すぐに逸らされる。
テミスの親友にして、その親友に重傷を負わされた青髪ロングの女子生徒。
————サラ=テュルク
サラはクーラスと目が合うとすぐに目を逸らし俯く、その表情は恐怖に染まりガタガタと震えていた。
あの5人の中では比較的怪我は軽いし退院も早いか、今更どうこうしようとは思わんが伝言頼まれてるしどうするか。
俺は無言で彼女の目の前を通り過ぎてシャロンと共に着席した。
「ようアクリーナ」
「おはよクーラス、シャロン」
アクリーナの様子はいつもと変わらず元気そうだ。サラが来ているからてっきり震えたりしてるかと思ったが杞憂だったな。
チラリとサラの方を向くとこっちに目を向けようとはせずただ俯いているだけだった。
それにしてもアイツはまだ来ないのか、効果が無かったとしてもいい加減目覚めているだろうに。
そんなことを考えていると教室のドアがガラリと開いた。
ゴットハルトが来たか、そう思っていたが入ってきたのは副担任のエマだった。
「それでは皆さん席についてください」
エマがそう告げると立っていたり談笑していたクラスメイトらは自分の席へと戻った。
珍しいな、ゴットハルトが来ないなんてな。
毎朝欠かさず顔を見合わせていたのだが何か用事でもあったのだろうか?それにしても右手に持っている杖は何だろうか。
エマの右手には腰上くらいまである杖が握られていた。
「ゴットハルト先生は諸事情でしばらく学園に来れないので戻るまでの間私が臨時でこのクラスの担任をします」
諸事情……昨日の学園長との話からしてこの国の王へ報告しに行ったのだろうか。または例の魔族とやらの調査に行ったのか。
どちらにせよしばらくヤツの顔を見なくてすむと考えると気が楽になる。
クラスの大半の人間がヤツが来ないことに安堵している様子で、シャロンもその中の1人だった。
「よかったな、しばらく安心して過ごせるぞ」
俺がそう言うとシャロンは黙って頷いた。彼女にとって恐ろしい存在がいなくなったようなものだからな。
「それでは本日の授業は魔法の基本である、"詠唱"についてです」
確か詠唱は前置きの言葉みたいなヤツだったな。その後に術名を唱えたら発動する、みたいな感じだっただろう。
「まず魔法を行使する方法は大きく分けて2つあります」
エマが黒板に大きく詠唱と無詠唱という文字を書いた。
「ほとんどの方が知っていると思いますが魔法行使には詠唱と無詠唱があります。詠唱とは魔法を使う上で唱える呪文のことでそれを唱え、そして自分が使いたい魔法をイメージすると発動します」
ここまでは母シーナから教わった基本的な知識だ。それはここにいる全員は理解していることであろう。
「そしてもう一つ」
するとエマは右手に持っていた杖をくるくると回し上に掲げる。
「!?」
全員の注目がその杖に向いた瞬間、杖が強い光を発し教室にいた誰もが目を眩ませた。
「と、こんな感じに詠唱も魔法名も唱えずに魔法を行使することを"無詠唱"といいます」
エマが淡々と話す中、俺含むクラスメイトのほとんどは目が眩んでいた。
魔法使うなら事前に言ってくれよ、ああもう眩しすぎて目が開けれん。
「無詠唱で魔法を操るには鍛錬を積むか、このように魔法の杖を使用するかで発動させることができます」
グロリア達が使用していた杖はそれのことか、魔法の杖を使っていたから無詠唱で行使できてたわけか。
「前者の方ですと最低5、6年は毎日鍛錬を積まなければいけませんが杖を使えば誰でも簡単にできるようになります。ですが魔法の杖は希少ゆえにとても高価な品となっていますので一般の方々では手が出せないでしょう。この杖も学園に1本しかありません」
なるほどな、通りで持ってる人間が貴族に偏ってたわけか。グロリア含め、その信者共も全員爵位の高い貴族か。
そうなると奴らは杖が無ければ無詠唱で使えないという訳になる。杖を破壊したら急に詠唱になったのはそういうことなのだな。
それにしてもそんなに希少なものなら壊したやつ奪っておけば良かったな、俺なら直せるしそうしたら高値で売れたのに。
「さらに無詠唱にも細かく分けて2種類の行使があります。1つは先ほどのように何も言わずに行使するのと術名だけを言う方法です。『シャイニングライト』!」
エマは再び手を掲げてそう唱える。
またかよ!
俺は咄嗟に両目を覆い光に備える。その瞬間、周囲から「うわっ!」とかいう声が聞こえてくる。
今回は術名を言われたおかげで対応ができた。
「この術名を言う方法は学者によって考えが異なり、定義が曖昧になっています。そのため本によっては詠唱に分類される方法でもあります」
エマはそう言いながら黒板にこの方法を詠唱と無詠唱の間に書く。
まあそうだろうな、魔法を行使するのに『言っている』わけだからな。別にどっちでも構わないしどうでもいい。
「そして詠唱ですが、これにも色々な種類があります。今日はその中の2つを話したいと思います」
そう言ってエマは詠唱のところから樹形図のように線を伸ばし"詠唱省略"と"詠唱改変"と書いた。
「この2つはその名の通りに長い詠唱の呪文を省略したり一部を改変するものです」
するとエマがまた手を掲げる。
クーラス含むクラスメイトはまた光が来ると思い咄嗟に両目を手で覆った。
「『光よ、その聖なる力を以て漆黒の闇を照らせ』シャイニングライト!」
エマがそう詠唱するとまた光が教室内を強く照らす。今度は全員目を塞いだいたので眩むことはなかった。
「これがシャイニングライトの基本詠唱です。これを基に今の2つを説明します」
エマは手を降ろさず続けて詠唱を行う。
「『光よ』!」
「うわっ!」
先ほどよりも短い詠唱で同じ強さの光を発生させる。すぐに来るとは思っていなかった生徒が多く半分近くが目を眩ませる。
「と、このように魔力操作に長けた者は短い詠唱で魔法を行使することができます」
くそう、また目が……ていうか光以外の魔法で説明してくれよ。けど殺傷性がなく見せられる魔法となるとこの魔法ぐらいしかないか?
そう思っているとある女子生徒が手をあげる。
「あの、できれば光の強さを弱くして欲しいのですが……」
その女子生徒も今のに眩んだようで手で顔を抑えていた。
ちょうど俺も言おうとしてたところだ、このままじゃ体がというか目が持たん。
「わかりました。では次の詠唱改変では弱くなるように調整します」
そう言ってエマが手を掲げる。
今度は大丈夫、弱くするって言ってたし覆う必要はないはずだ。
「『聖なる光よ、その輝きを以て暗闇を照らせ』!」
すると先ほどまでよりも何倍も強い光が教室中を照らした。
「うおっ!?」
「わぁっ!」
「きゃあっ!!」
同じように両目を覆わなかったクラスのほとんどが悲鳴をあげた。その中にクーラスも含まれていた。
「く、うぅ……」
「——あら?おかしいですね?」
エマが首をかしげる。
おかしいですねじゃねえだろ、さっきよりも強えじゃねえか!何が弱くするだよ!
「まあ、とりあえずこれが詠唱改変です。単語を入れ替えたり変えたりすることでその単語の持つ意味によってこのように何倍もの威力を発揮させることができます」
何さらっと流してんだ、こちとら被害受けてんだぞ。
クーラスが少々怒りを覚えているとあることに気がついた。
そういえばシャロンらは悲鳴の一つもあげてないな、どうしたんだ。
俺はシャロンの方へ視線を向けると
「スピー」
「スースー」
シャロンとアクリーナはお互い寄り添うようにして眠っていた。
ああ、遅くまで出歩いてたと言ってたもんな。
今起こすのはかわいそうだな、授業終わった時にするか。
「基本的に無詠唱は詠唱よりも威力が劣ると言われていますが、それは術者のイメージが足りないことによって威力が落ちてしまうからです。なので魔法を行使するときしっかりと頭の中でイメージを持てば、詠唱よりも強い威力を発揮できます」
つまりは術者のイメージ次第、それで魔法の強さが変わる。詠唱も無詠唱も変わらない、改変や省略はイメージを補完するための役割を持っているということだな。
「これらの他に、魔法の威力を上げる方法はあります。それは魔力の量や——」
そこまでエマが言いかけた時、外で大きな爆発音が響いた。
教えるって、大変ですね(汗)