59話 怨念を従える
その日の夜、俺は何かに呼びかけられた。
目を開けるとそこは異空間というかふわふわとした感覚の場所だった。
ああこれは夢か。
「小僧……」
俺がそう思っているとまた呼びかけられ声がした方を向くと、そこには黒いもやみたいな形のはっきりしない何かがあった。
「俺を呼んだのはお前か?」
俺はその黒いもやに向かって問いかける。
「そうだ。小僧、お前は何者なのだ?」
「何者って、そりゃ見ての通りただの人間だ」
そう返事をすると黒いもやは不満そうな声で返してくる。
「小僧……お前が初めてなのだよ……」
「何がだ?」
「我に飲まれず、そして恐れを抱かず、ましてやこうして話をする者など……」
別に夢だしな、怖い夢を見ることはたまにあるがこんなわけのわからないものに対して怖いとか思わないな。
「わけのわからないものか。フッ、我も随分と甘く見られたものだ」
「で、お前は一体なんだ?俺の夢に出てきて何の用だ?」
俺がそう問いかけると黒いもやははっきりとした口調で言った。
「我は、お前が昼間に買った『呪いの剣』だ。正確にはその怨念と言うべきか」
なるほどそうきたか。
呪われた武器に封じられし魔物とかそういう類のやつだな。
どうせ怨念が強すぎて意志を持つようになった、というやつだろう。
「ほう、理解が早いな」
「そりゃどうも」
こういう話なんて俺の世界にいくらでもあるしな、恐怖どころか興味が湧く。
「俺の世界?小僧、お前この世界の人間ではないのか?」
おっと心を読まれたか、というかさっきからそうだな、まあ夢の中だしそりゃそうかって話だな。さて質問に答えようか。
「そうだ。俺は死ぬ前の記憶を持ったまま、この世界に生まれた。いわゆる転生ってやつだな」
「ほーう、まさか他にもいるとはなぁ」
他?やはり俺以外に転生者、というか異世界からやってきた奴がいるのか?
「お前の世界の人間かどうかは知らぬ、だが少なくとも我が出会った人間の中に見知らぬ記憶を持っていた者はいた。それこそ、我に飲まれた奴とかな」
黒いもやがニヤリと笑った気がした。
しかしそうか、やはり俺以外にも前世の記憶持ちはいるのか。俺のいた現代日本とは限らないがそいつがジャンクフードとか伝えたのだろうか。
とりあえずこの話より気になっていることがある。
「なぜ俺は怨念に、お前に飲まれず平常を保っていられる?」
「それこそ我が聞きたい、だが一つだけ言うならお前の中に既に殺伐とした感情や猟奇的な念を強く感じる。恐らくそれらが原因であろう。我は人間のそのような感情を増幅させ、その人間に殺戮を起こさせる」
なるほどな、既に強い怨念みたいなものを持っているため侵食できないというわけか。
そんなの当然だ、俺は他者を苦しませたり、殺すことで悦に入る。すなわち殺戮というものを楽しんでいるのだからな。
「それだけではない。普通我に飲まれた者、殺戮の感情に取り憑かれた者は自我がない。それも含めてお前は異常だ」
つまりは俺の強固な殺戮を楽しむという意思があるおかげで念にも飲まれず、自分を保てているわけか。
「異常ね、前世で散々言われたさ。だがな、俺はこういうことで性的な喜びを感じる異常性癖者なんでね。むしろ褒め言葉だな」
「今の我ではお前を侵食できそうにない、しばらくの間眠っているとしよう」
「へぇ、眠るなんていうなよ。意思のある剣なんて素晴らしいじゃねえか。そのまま使ってやるよ」
「我を従わさせるというのか?戯けたことを」
「従うさ、俺がどういう人間なのかわかるだろう?俺に従えば沢山殺すことができるかもしれないぜ?」
「かもしれない、保証はしないというのか」
「まあ俺も人間なんでね、関係ない人間を傷つけるような真似はしたくないさ」
そう言うと黒いもやは笑った。
「はっはっは、傷つけたくないのに殺戮を好むか。中々面白いやつだ、よかろう。お前に服従してやろうではないか」
「話が決まったようだな、そんじゃよろしくな"サクリファイス"」
「なんだそれは」
「お前の呼び名さ、無いとお前を呼び出す時に不便だろう?」
サクリファイス、犠牲という意味の単語だ。1000人以上もの人間を殺してきた剣に名付けるのならピッタリの言葉だろう。
「よかろう、今日から我は"サクリファイス"だ!」
黒いもや、もといサクリファイスはそう言い残すと霧散するように消えた。
"殺戮剣サクリファイス"意思を持つ怨念の塊ような存在。
俺も段々と意識が落ちていき、俺を呼ぶ声がして目が覚めた。
「クーラスッ」
「ん、シャロン……おはよう」
ベッドの脇にはシャロンが立っており俺を揺さぶっていた。
もはや俺の部屋にいることに疑問も思わん、それよりも……
俺はシャロンとは反対の方を向くとそこには空間収納に仕舞ったはずの『黒い剣』が俺を覗き込むように床に突き刺さっていた。
「その剣どうしたの?」
「ちょっと昨日街に出て質が良かったから買った」
「そうなんだ。なんかカッコいいね」
そう言ってシャロンが剣に手を伸ばした。
「やめとけ」
俺はシャロンの手を掴んで寸前で触らせないようにした。
「なんで?」
「この剣は呪われてるらしいんだ」
「えっ!?」
そう言うとシャロンは手をバッと引っ込めた。
「クーラス身体は大丈夫なの!?」
「うおっと落ち着け、俺は何だか知らんが耐性があるらしくて効かないんだ。だから全然平気だ」
「よ、よかったぁ!」
シャロンは俺の両腕を掴んで涙目になりながら揺さぶった。平気だということを告げるとホッとしたように抱きついてきた。
相変わらず心配性だな、平気なのは見ればわかると思うのに。
俺は宥めるようにポンポンとシャロンの頭を撫でる。
「そろそろ支度したいんだが」
「あ、うんっ。そうだね」
パッとシャロンが離れて部屋を出て行く。それを確認して俺は着替えて軽く朝食をとり教室へと向かった。