57話 報告
「お前ら、これを……こいつらとどこで戦った?」
「地図はありますか?」
アレスはゴットハルトにそう質問し、ゴットハルトの懐からこの森の地図が出される。
「ここから、十数キロ離れたこの地点です」
アレスが指差したのはシャロン達が大型の熊に遭遇し俺らがキャンプを張ったところで、王都に近い位置にあった。
あんだけ歩いたのにこの程度って、この森広すぎるだろ。
「ふむ、とりあえず首は仕舞え。慣れてない奴には刺激が強い」
ふと周囲を見回すと他の生徒らは口を押さえていたり目線を逸らしておりほとんどが一切直視せず体調を悪くしている者も見受けられた。
「とりあえず後で詳しく話を聞こう、一度学園に戻るぞ」
「あ、先生。ところで僕らは合格ですか?」
アレスが普段の調子でゴットハルトに問いかける。
さっきの荒ぶった様子とは大違いだ、何かの魔法か?
「ああそうだったな、コイツらは見た限り大きさはある。基準で言うなら合格だな、そもそも魔族を怪我一つ負わずに倒すお前らなど落とす気などない」
「えっ」
それを聞いたシャロンが驚きの声を上げる。
「だ、だって2人とも血が……」
「ああこれ、全部魔族の血だから」
前にも同じこと言ったような気がする。ていうかこの程度の雑魚、複数でかかってこられない限りシャロン達でも倒せるんじゃないか?
「とりあえず全員戻るぞ、いつ魔族がこちら側に現れるかわからんからな。ここらは危険がいっぱいだ、お前ら全員死ななくて運が良かったな」
じゃあ最初からここで訓練すんなよ、死ななくて良かったって誰か死ぬ前提で来てたのかよ。
「え、あの俺たちもですか……?」
その時ある男子生徒がゴットハルトに質問した。確かアイツはゼウスのペアだった奴だな、終了まで入り口で気絶してたうえに討伐数はほとんどいないはずだが。
「ああそうだ、さっきも言ったがここは魔族領とアルカイドの国境付近だ。魔族が出てもおかしくないからな、死にたければ勝手に居残るがいい」
「い、いえ!早く戻りましょう!」
「なら未だに寝ているソレを引きずってこい」
そう言われ男子生徒はまだ気絶から目覚めないゼウスを文字通り引きずりながらゴットハルトについて行った。俺たちも遅れてそのまま森を後にした。
結局ノルマ達成できなくても帰れるのか、一週間過ごせなどただの脅し文句だったんだな。
シャロンの話によると俺らが戻って来る前に「連帯責任だ!」とかで全員罰を受けさせようとしていたらしい、全く何のために頑張ってたのかわからなくなる。
ちなみにノルマを達成したペアは俺ら以外にシャロンとアクリーナのところだけだったらしい、他はノルマ達成とはいかなくとも8体、17体とか結構な数を狩っていたとのこと。
◇
「ヒィ!ヒィ!」
左腕を失い、傷口を抑えながら魔族は必死に走っていた。先ほどまで飛んでいたが人間との戦闘によって魔力が尽きそうになりすぐ地上に降りた。
「は、早く報告しなければ……!」
その魔族は人族が魔族領と呼ぶ、かつて人族が住んでいた城へと足を踏み入れた。
「何用だ」
「お、恐れながら申し上げます!」
大広間へとたどり着いたその魔族は、そこにいた者達に人間を襲撃したが自分以外は全滅させられたこと、傷を負わされたことを全て話した。
「なるほど、つまりお前は醜く尻尾を巻いて逃げたということだな?」
「は、はい……」
「ふむ、ならお前もソイツらの元へ逝くがいい」
「へ、あ」
その瞬間、手負いの魔族は頭と胴体が離れた。
「下等な人族になんぞ遅れを取るなど恥を知れ」
そう言って魔族の首を切り裂いた紅の鎧は大鎌を自分の手元へ戻す。
「だが今の話が本当なら、我々にとっても脅威になるのではないか?」
1人がそう発言すると、それを否定するような声が上がる。
「バカな、たかが人族ごときに!」
「でも〜実際に傷を負わされてたわけだよね〜あははっ」
「うぇぇ……嫌だ、死にたくないよぉ」
「グルルル……」
その場にいた全員が話を聞くと信じられないという反応や頭を抱えたり、または唸ったりなど各々の異なる反応をしていた。そんな中1人が手をあげる。
「なら我自らが出迎えてやろう。なに、少し予定を早めるだけだ。何も問題はない」
「貴様、勝手な行動は……」
「まあまあ、いーんじゃない?せっかく行くって言ってるんだしー?あはははっ死なないようにねーっ」
「フッ、もとより死ぬつもりなどない。たとえその話が本当だとしても、所詮は人族。我らに敵う者などいるはずがない」
そう言うと自らの翼を広げ、大広間から外を一網できる大窓から勢いよく飛び立った。
「……まったく、彼奴はいつになったら学習するのだ」
飛び立つ時の風圧によって、机や椅子はひっくり返り備品は散乱し酷い有様になっていた。
◇
「——なるほど、これで話は全部かね?」
「ええ、俺たちが体験したのはそこまでです」
俺とアレスはゴットハルトに案内され学園長室へと来て、今日の出来事を話していた。
「森の……それも王国に近い所に魔族が現れるとは……」
ルードルフ学園長、コールズは自分の額に手を置きわかりやすいように悩む様子を見せた。
ゴットハルトと違い、70近い老人は話を聞き終わるとまるで激しい運動でもしたかのように汗がたくさん出ていた。
今まで王国東に広がる森、通称『魔の森』で魔族が何度か出たがあったがここまで近い場所に出たことはなかったのである。
「魔族が何かを企んでいるのでは?」
「ううむ、一応この事は王に報告するべきであろう。それにしても……」
コールズはクーラス達に向けて視線を向け口を開く。
「まさか学園に入学したばかりの君たちが、魔族を倒すとはねぇ……」
「たまたまですよ、戦闘慣れしてない奴だったのでは」
「いいや、たとえ一度も戦闘をした事ない雑魚だったとしても、人間が怪我を全く負わずに倒すことなんて不可能だよ。魔族というのはそれだけ驚異な存在なんだ」
確かに魔力は人間を凌駕する量を持ってるように感じたが魔力が多いイコール強いとは限らない、だが質は明らかに人間のものとは違う、とても禍々しい感じだったがそれが関係しているのか?
「禁属性………いやまさかな」
コールズはそう言ってフッと息を吐く。それを見て俺は内心ホッとした。
禁属性と言われた瞬間、心臓が飛び出すかと思ったぞ。
俺はなんとか表情を繕い話を続ける。
「ですが、1匹だけ取り逃してしまいました……」
「大丈夫だ、痛手を負わせただけで十分だ。今頃はもう死んでいるだろう」
「なぜですか?」
「魔族というのはプライドの高い生き物でね、常に他の種族を見下しているんだ。自分たちが格下と見ている奴らから逃げたと知られたら他の仲間が黙っちゃいない」
プライドの高い他を見下す種族ねえ、ようはグロリア達みたいなものか。
「簡単に言えばこの国の貴族、例えばバイル……」
「コールズ!」
「おおっといけない、こんなことが聞かれたら私の首が飛んでしまうよ。二重の意味で」
はははと笑いながらコールズは自分の首をトントンと手で叩いた。
笑い事なのか……?まあグロリアの家がそういうのなのは見てわかることだし他の貴族も同じなのが多いのだろうか。
「さてゴットハルトよ、やはり例の魔族達が——」
「うむ、とりあえずその話は後にしましょう。お前らはもう戻って体を休めていろ」
「はい」
俺とアレスはそう返事をして学園長室を後に来た。
「よかったね、今日は授業なくてね」
「そうだな」
——例の魔族達か、俺らが対峙したものとは別の奴らでもいるのだろうか。
「なぁアレ——」
「ふああ、一晩索敵してたから魔力ももうないよ……これでゆっくり休め……ん?なんだい」
「いや、何でもない。ゆっくり寝てろ」
「そうだね、また明日」
そう言ってアレスは寮へと向かって行った。
アレスに聞こうと思ったが、あの様子じゃ辛そうだしな。
誰か魔族について何か知ってる奴いないかな?
そうだ、図書館にでも行って調べてみるか。