54話 過去のトラウマ
森の奥へと進みながら俺たちは《索敵》を発動させながら周囲の獲物を探していた。
「あっちに何かいるみたいだよ」
「いや、アレは猪だ。たいした大きさじゃないし中型にもならないだろう」
「どうしてわかるんだい?」
クーラスは自分の作った立体型を使用していたので姿がわかる。その一方でアレスは一般的に使用されているレーダー型なので詳細まではわからない。
「禁属性で色々とな、といっても立体的に魔力を放出する形にすれば、姿を捉えられるぞ」
「へえ、よく思いつくね」
クーラスの言葉を巻いて聞きアレスも同様に立体的に魔力を放出して立体的型を発動させる。
「……これはすごいね、誰がどこにいるのまでもバッチリ見えるや」
シャロンといいアレスといい、こうまであっさりと使えるとはな。前にも思ったがイメージさえ掴めれば誰だって使えるんじゃないのか?ますます禁属性に対する疑問が膨らんでくる。
「とりあえずこの程度の訓練、さっさと終わらせようぜ」
「そうだね、僕たちだったらすぐに終わらせられるよ」
俺たちなら簡単に終わらせられる、禁属性があるから大丈夫、そう思っていた。
◇
——3時間後
「大分歩いたね……」
「クソ……周囲に全然いねえ」
周囲数キロに渡って《索敵》を行なったが、大型はおろか中型の獣すら見当たらなかった。
それもそのはず、クーラスたちは1番最後に森に入ったのだ。その前には12人も人間がこの森に入って狩りをしているのだ、クーラスたちの足で行ける範囲は大方狩り尽くされてしまっているのだろう。
「どうする?いっそ転移魔法で遠くまで行くかい?」
「……そうだな、そうした方が早かっただろうな」
もっと早く気がつくべきだった、俺たちの前に何人も先行しているのだ。後に入るほど獲物が少なくなることなど少し考えたらわかるはずだった。
「そんじゃ索敵範囲を広げてまだ狩られてない、それなりに距離がある場所で狩りをするか」
俺らは《索敵》の範囲を10倍ほど広げ、他のペアが周囲にいないかつ大型が密集している場所を探す。
「おっ」
「おや」
クーラスとアレスは同時に同じ場所を見つけ、そして同時に顔を見合わせた。その顔は何かを企んでいるかのような笑みを浮かべていた。
「なあアレス、ゴットハルトが言ってたことだけどさ」
「なんだい?」
「『獣を狩ってこい』とは言ってたけど、『横取りするな』なんて言ってないよなぁ?」
「ああそうだね」
俺とアレスは示し合わせたかのように同時に転移魔法を発動させ、《索敵》で見つけたソイツの場所へと転移する。
◇
クーラス達のいた地点から十数キロにて
「おいお前ぇ!何やってんだ!今の仕留められてただろ!」
「す、すまない!」
「グロロロ」
ゼウスのペアが大型のムーンベアーというゼウスたちの身長の2倍以上はある魔物と対峙していた。ゼウスがペア相手に対して一方的に命令をするばかりで自分は安全地帯から魔法を放つという連携も全くなっていなかった。
さらに自分の魔法が味方に当たろうとも心配するどころか「邪魔だ!どけ!」と罵るばかりだった。
「このゼウス様を苦戦させるとはお前、なかなかやるな。だが次で終わりだぜ!」
ゼウスが根拠もない自信で詠唱を始め、魔法を放とうとする。
「グアアア!」
だが魔物が律儀に待つわけもなくゼウスに向かって飛びかかる。
「へっ?」
「ひいいい!」
鋭い爪がゼウスの首を掠めようとした瞬間だった。
「おらよっ」
「そらっ」
ザシュという音と共に空を舞ったのはゼウスの首ではなくムーンベアーの首だった。
「いっちょ上がり」
「これは、ムーンベアーだね。この首回りの三日月のような模様が特徴的な熊の一種だよ」
「へえ、そうなのか」
前世でいうところのツキノワグマか、ほんと魔法ってすげえな。こんなでけえの余裕で殺れるとはな。
そこにはクーラスとアレスが魔物の死体を観察しながらそんな談笑をしていた。
「それじゃ、まずは1頭討伐できたね」
「お、お前ら!それは俺の獲物だぞ!!」
尻餅をついて呆然としていたゼウスが2人に向けて大声でそう叫ぶ。
「何でだ?別にルールに違反はしてないだろう」
「うるさい!それは俺の得物だ!さっさと渡せ!俺はヴォルシア家の長男だぞ!!」
「あ、そう。うるさい」
言い終わると同時に俺はゼウスに向けて《スパークボルト》を放った。
「あぎぎぎっ!」
ゼウスは少しの間痺れた後パタリと倒れ気絶した。
この分なら明日の朝まで目が覚めないだろうな、さてゼウスのペア相手は……
「うーん」
恐怖で気絶しちまってるか、まあいいか、とりあえず死体がならないように入り口まで転移させとくか。
クーラスは気絶した2人をゴットハルトの待つ入り口まで転移させ、アレスの方へと向く。
「そんじゃ、次を——」
次を探そう、そう言いかけた時だった。
「きゃああああ!」
茂みの奥から悲鳴が聞こえてきた。
「今のは……」
「シャロン!」
今の悲鳴はシャロンのものだ、間違いない。
瞬間、俺は悲鳴が聞こえてきた方へ走り出していた。
茂みを掻き分け、身体強化で速度を上げながら森の中を駆け抜ける。
頼む、無事でいてくれ!
◇
「やったね、もうすぐ10体目だよ」
「うんっ、それにしても私たち運が良かったね」
シャロン達は大型の猪の群れと遭遇し、それを全て討伐して大型をあと2体狩ればノルマを達成する状況であった。
「クーラス今頃どうしてるかなぁ」
シャロンがそんなことを考えていると茂みがガサガサと動いた。
「シャロン、くるわよ」
「うん」
2人が茂みに向けて剣を構えると、そこから大型の熊が現れる。
「グオオオ!」
「これは大型ね。シャロン!」
アクリーナがそう言ってシャロンの方を向くと
「あ、あ、あ……」
「シャロン?」
何やらシャロンの様子がおかしく、体は震え、表情は恐怖に染まっていた。
「き、きゃああああ!」
シャロンは剣から手を離し、頭を覆ってその場に悲鳴を上げながらうずくまった。
「シャ、シャロン!?どうしたの!?」
「グオオオオ!!」
アクリーナがシャロンの側に駆け寄り、うずくまる彼女に手をやった瞬間、隙を待っていたかの様に熊が2人に向かって飛びかかった。
「嘘っ、きゃあああ!」
思わずアクリーナも悲鳴をあげ剣を向けようとしたが、シャロンの側に駆け寄った時にその場に剣を置いてしまい手元になかった。
「させるかああああああああああ!!!」
「グオオッ!?」
そのとき大声と共に地面から熊に向かって氷柱が伸び、熊が首だけを残して凍りついた。
「くたばれデカブツ野郎!」
熊が凍りついた直後、クーラスが茂みから飛び出して剣を振り下ろし首を切り落とした。
「2人とも大丈夫か!?」
「ク、クーラス!ええ、私は大丈夫だけど……」
そう言いながらアクリーナが目線をシャロンの方へと向ける。
「嫌…!嫌…!嫌ぁぁ」
シャロンは頭を抱えて震えながらその場にうずくまっていた。
「シャロン!大丈夫か!?」
クーラスがそう声をかけると彼の声に気づきシャロンは顔を上げた。
「クーラス……?」
「ああ俺だ。大丈夫か?」
俺はシャロンに近づき目線を合わせる様に屈んで声をかける。
するとまるでダムが決壊したかの様に両目から涙が溢れ出し声を上げて泣き出した。
「あ、う、ク、クーラスぅぅうわあああん!」
「え、シャ、シャロン!?」
クーラスは思わずシャロンを抱擁し、そのまま彼女を撫でながら介抱する。
「うわあああん!ごわがっだあああああ!」
「よしよし大丈夫だ。俺がついてる、もう怖くない怖くない」
シャロンが泣き疲れて寝てしまうまで、しばらくの間そのまま彼女を抱きしめたまま俺は動くことができなかった。
「すぅ……」
「……ふう、やっと泣き止んだか」
俺はシャロンをお姫様抱っこしてアクリーナとアレスが張った野営へと寝かせる。
「子守お疲れ様」
「はは、もう子供じゃないんだがな」
それにしてもシャロンがここまで怯えるなんてこと、今までになかった。あの熊もさっき仕留めたやつと比べてもそこまで大きくはない、一体何があったのだろう。
「アクリーナ、あの時シャロンの様子はどんな感じだった?始まってから何か変わったか?」
「ううん、むしろシャロンは頑張ってるように見えたわ。私たちが猪の群れに遭遇した時も特に怯えたりはしてなかったし……あの熊を見て突然って感じだったわ」
「そうか……」
ふむ、そうなるとシャロンは熊を見て怯えたということか……そういえば父さんの時も熊に遭遇したな、あの時も俺が駆けつけて討伐したが。
もしかして————
「んぅ……」
シャロンが起きたら聞いてみるか。