50話 北極星の国
次の日、俺は寮を出て教室に向かっているとゴットハルトに声をかけられた。
「ヴィルヘルム、少しだけ時間あるか?」
「ん、ええ大丈夫ですが」
ホームルームまで時間はまだあるし、それに担任がコイツだからな。
「ヴォルシアのことだが」
「ゼウスが何か言ってきたんですか?」
おかしいな、確かに昨日ヤツの記憶は消したはずなんだが何か間違えたか?
「いいや、そっちではなく姉の方だ」
「……ああ」
そういえばすっかり忘れていたな、この二日間あいつらは何をしていたんだろうか。
まあ、特に騒ぎになってはいないようだしテミス自身が誰かと接触したなんてことはないみたいだな。
「彼らの事情は知っているが、流石にいつまでも学園に置いておくわけにはいかないだろう」
「俺にどうしろと?」
確かに俺はアイツの家族を助けた。ただそれだけだ。今後のことなど俺の知ったことではない。
「生き返らせたのはお前だろう?もし、このまま置いてヴォルシアが誰かと接触して騒ぎにはなった時、どう説明する?間違いなくお前の名前を出すのではないか?」
「うっ」
ゴットハルトの言う通り、そうなったら口止めしているとはいえ名前を出してしまうだろう。
クソ、安易に使うんじゃなかったな。
「……わかった。で、奴らはどこにいる?」
口調を変え俺はゴットハルトに尋ねる。
「客人を泊める部屋にいる。放課後、案内してやる」
そう言ってゴットハルトは立ち去り、それに伴い俺も教室へと向かった。
◇
「よう」
「あ、クーラス。おはよう」
教室に着くと既にシャロンが来ていた。
「アクリーナは?」
「なんか、今日は休むって」
「そうか……」
やはり昨日の一件だろうな、ゆっくりと心身のケアをしてやらないとだな。それに……
俺はチラリと反対側へと視線をやった。そこには誰も座っておらずただの空席だった。
まだアイツは来ていないか、初めてあの魔法を使ったし効果がいつ現れるのかわからない、こんなことなら効果強化でも使えば良かったかな。
昨日グロリアに使った《人格再構成》はその名の通り対象の人格を一度破壊して再構成するもの、魔術の書に載っていた闇魔法だ。これで良心を持つ人格が構成されてりゃいいんだが。
「よーし、お前ら席つけ」
そんなことを考えているとゴットハルトが教室に入ってきて授業を始めた。
「今日はエマ先生の代わりに俺が座学を担当する。昨日、教師に反抗して授業を妨害した生徒がいたそうだからな」
そう言ってゴットハルトはゼウスの方をギロリと睨みつけた。それに伴いクラス中の視線がゼウスに集中し、彼はなぜ自分が注目されているのかわからないと言った様子だった。
当然だろう、昨日の記憶は俺が消したのだからな。
「さて、今日は"禁"属性についてだ」
昨日に引き続きそれか、まあゴットハルト相手ならゼウスも昨日みたいな行動は起こさないはずだ。
案の定というか何か言いたげな表情はしたものの立ち上がろうともしない。
「まずはこの魔法の歴史についてだ」
今から数千年前、まだ魔族によって支配されていた時代、とある魔術師が思ったことが思いのままに使える魔法を開発した。それが『禁属性』魔法だ。
当時にそんな呼び名はなかったが魔族への対抗手段として開発されたこの魔法は、構成や魔術式が複雑な上に魔力の消費が激しく、使いこなせる者がいなかった。そのため魔族に対抗する手段として使用されることはなく、死者を蘇らせることもできるほどの禁忌の魔法として"禁"属性という名がついた。
それから何百年か経った頃、これを使いこなす者が現れた。古い文献などの記録によると、『この魔法を使いこなした魔術師はたった1人で魔族に立ち向かい殲滅し、人族に四大元素などその他六属性の魔法の技術を向上させ、禁属性なしでも魔族に対抗できるようになった。』とされている。
その後、魔術師がどうなったのかは記録にも残っていないためわからないという。
歴史的活躍をした人物が歴史に残っていないとはねぇ、一体何があったのだろうか。
それからまた年月が経ち、今からおよそ600年前には禁属性を使いこなす魔術師はいなくなってしまったらしい。
その頃は魔法の技術が発達して《最後の審判》のような魔法が開発されて魔族は完全にアルカイド王国の東に広がる領土へと押しやられたという。
「——と、文献にある禁属性に関する歴史だ。架空の存在だのおとぎ話だのバカなことを抜かす輩もいるが、記録として残っているのだからないわけがなかろう」
ゴットハルトが煽るような態度でそう言うと、当然ながらゼウス含むクラスメイト達は不満そうな表情になっていた。
だが昨日みたいにゼウスは行動を起こそうとはしなかった。そりゃ相手が悪いしな、反論しようものなら怒鳴られるのは目に見える。
「よく考えてみろ、お前達が普段使う強化魔法や付与魔法を。アレは何属性に分類される?火か?水か?どれでもない、では何と呼んでいる?よく"無"属性とお前達は呼んでいるだろう。だがそれは正式な呼び方ではない」
だろうな、母シーナも「強いて言うなら」と言っていたし魔術の書にも属性が記載されているところに付与魔法と分類されていたしな。
「では正式な呼び方は何だ?答えは『無属性』だ」
ゴットハルトがそう言った瞬間、俺を含めクラス全員が何を言っているのかわからないという顔をした。
無属性と呼ばないのに無属性?どういうことだ?
「禁属性の話を思い出せ、アレは『思ったことが思いのままに使える』魔法だ。今言った無属性と呼ぶ強化や付与魔法に当てはめると《身体強化》は『身体能力を上げたい』という思いを表したもの、付与魔法でいうなら《硬化》は『硬くして壊れないようにしたい』という思いの具現化だ。無属性は禁属性の一種という話は聞いたことがあるんじゃないか?」
なるほど、そうして考えると禁属性は無属性で、無属性は禁属性ということになる。つまりはどちらも似たり寄ったり、いや同じ魔法なのだ。
ゴットハルトがそう説明するとクラスメイトはある程度納得したような様子を見せたが腑に落ちないという者もいた。
「腑に落ちない、という顔をしているな。別に無理して信じる必要はない、あるということを言いに来たわけでもない。俺は禁属性について授業をしているだけだ。さて一通り話は済んだ、時間もまだ余っていることだ。まだもう少し話そう」
そう言ってゴットハルトの話は次へと進んだ。
◇
授業が終わり俺はゴットハルトの案内で客人を泊めるための教室へと向かった。
中ではテミスのその妹が談笑しているところだった。
「ゴットハルトから説明を受けてると思うが、今後どうするつもりだ?」
「そう言われても……親類からはほとんど縁切られて頼れるところがないし……」
「母親の実家にも戻れないのか?」
「それは……お母さんに聞いてみないと…」
その時ちょうど母親が戻ってきたのでテミスはその質問を投げかける。
「私の実家は、遠い国にあるの。それに戻ろうにもお金がないからそもそも無理なのよ……」
「遠い国ってー?」
「ポラリスよ」
聞いたことがない国だな、確か前世じゃ北極星にあたる星だったかな。この世界の国の配置がそれに準ずるとするならドゥーベ王国の先、それもかなり遠いところだろう。
「ふむ、確かその国はドゥーベ王国の従属国にあたる国だな。それにここからだとかなりの距離がある」
ゴットハルトが顎に手を当てそう答える。なるほど、やはりこの世界は北斗七星に則した国の配置なのだな。
まあそんなことはいいとしてそんな遠い国からわざわざアルカイドまで嫁入りしてくるとは何かあるんだろうか。
「お金なら、私が稼ぐよ!」
テミスが自らの胸に手を当てそう高々と宣言する。
「え……」
「どのくらいかかるかわからないけど、冒険者になって私が……」
「それは無理だ」
テミスの言葉を遮りゴットハルトが断言する。
「冒険者登録は成人していない者はできない仕組みになっている。今登録しようとしても仮登録という形になる」
「仮登録とは?」
俺はゴットハルトに尋ねた。
「実戦訓練でいずれやる予定だが名前だけギルドに登録して冒険者の仕事を体験するものだ。報酬は出ないが成果を出せば成人して改めて登録した時に上位ランクからスタートできるようになっている」
「なるほど」
「それに、冒険者というのは職業だ。この学園に通っている生徒である以上、成人しても本登録はできない。ま、例外もあるが。」
つまり卒業するまで冒険者になれない、ってことか例外というのが気になるが今はそれを聞いている場合ではないか。
「そ、そんなぁ……」
テミスの顔が一気に悲しみに染まる。
俺は1つの案が浮かび、それを提案してみることにした。
「それなら、《転移》を試してみるか?」
テミスの家族の所へ行くのにも、彼らを連れて学園に来るのもにも使った転移魔法、これならば金もかからないどころか一瞬で目的地に着くが
「え……こんな、長距離を?」
「通常の《転移》ならできないが、俺ならできることを知っているだろう?」
「で、でも……他に方法なんてないし……」
「ヴィルヘルム」
「わかってるよ、けどこれは人助けだ。それに、俺のケジメでもある」
何かを言いたげなゴットハルトを無視して俺はテミス達に問う。
「お母さん……」
「本当に……行けるのですか?」
「場所さえ、正確にわかればですが」
「おかーさーん」
テミスの母親は少しの間悩む仕草をして、結論を出した。
「わかり、ました……本当に、本当に何から何まで……」
「大丈夫ですよ」
そして俺はテミスの方に視線を向けてた。
「最後に親友に会わなくていいのか?」
「っ」
そう言うとテミスは表情を暗くした。
「……うん、いいわ……今更、合わせる顔なんてないもの……」
「そうか」
「1つだけ、伝言を頼める?」
「ああいいぞ」
「あのね——」
俺は伝言を聞くとまた母親の方を向いた。
「それじゃあ、手を繋いで場所を正確に思い浮かべてください」
「はい」
テミスの母親は目を閉じて自分の故郷を思い浮かべる。俺は《感覚共有》でそれを読み取る。
場所は……周りは……家は……
——ここだ!
「《長距離転移》」
そう詠唱するとテミス達は白い光に包まれた。
「じゃあな」
テミス達が立っていた場所に俺はポツリと呟いた。
「これでもう問題はないな?部屋に戻らせてもらうぞ」
「ああ、構わん」
ゴットハルトは腕を組んで何やら不満そうに言った。俺はそれを背に部屋を出ようとした。
「っ!」
急に体がふらりと倒れそうになった。なんとか持ちこたえ姿勢を戻す。
使うなと言われた魔力消費の激しい魔法を性懲りも無く使い続けているのだ、当然だ。いっそ倒れてしまった方が楽だが、また仮眠室に連れて行かれるのはごめんだ。
「……《転移》」
視界が白く染まったと思うと次の瞬間寮の部屋にいた。いっそ倒れるなら自分の部屋で倒れよう。そう思い俺は最後の力を振り絞って禁属性を使った。
そして俺は全身の力が抜けたようにその場に崩れ落ちる。同時に意識も無へと落ちていく。
……そういえば、俺の部屋こんなにいい匂いがしたっけ?落ちていく意識の中、そんな疑問を抱いたがすぐに何も考えられなくなり意識は落ちた。