49話 懲りない貴族
部屋に戻ろうとした時、俺は気がついた。
このままゼウスを放っておいたら目が覚めた時にまた突っかかってくるだろう。そうなったら面倒だ。
俺は一旦足を止めてゼウスの倒れている場所へと戻った。そしてそいつの頭を掴む。
「《記憶消去》」
今日あった出来事を含め、俺らに関わったことに関する記憶だけを消去した。
これでよし、コイツのことだ、何でここに倒れてたのかなんてすぐに忘れるだろう。
改めて俺は部屋に戻ろうとした時だった。
(たすけて!)
「!?」
突然頭の中に助けを呼ぶ声が響いた。
今のは《思念会話》か、一体誰だ?
そんなことを考えているとまた頭の中に声が響く。
(誰か助けて!)
この声は……アクリーナ!
アクリーナに危機が迫っているのを察知し、俺は彼女に呼びかけてみる。
(アクリーナか!?一体どうしたんだ!)
アクリーナからの返事はなかった。
くそ、何だ?何が起こっているんだ!?考えてる暇はない、アクリーナを探さないと!
俺は《索敵》を発動させてアクリーナを探した。
(どこだアクリーナ!無事でいてくれ!)
彼女の姿はすぐに見つかった。その光景を見て俺は驚いた。
アイツ……!いや、すぐに駆けつけないと!
俺は転移魔法を発動させ、彼女の元へと向かった。
◇
30分程前
「アクリーナ、また後でね」
「うん」
用があるというシャロンと別れ、アクリーナは先に寮へと戻っていると。
「少しよろしくて?」
「え……!」
声をかけられ振り向くとそこにはかつて長い間自分を苦しめてきた相手、グロリア=フォン=バイルシュミットがそこに立っていた。
彼女の様子はいつもと違い、表情は怒りに満ちて目元には隈ができていた。
「あ……あ……」
アクリーナは思わず言葉を失い、グロリアを見つめ、頭の中で『たすけて』と繰り返しながら体をガタガタと震わせた。
思わず一歩後ろへ下がるとグロリアはツカツカと距離を詰めできた。
「貴方のせいで……!」
「あぐっ!が、はっ」
ダンっとアクリーナは背後の壁へと叩きつけられ、グロリアに首を絞められる。
「や、がっ…!やめでっ……」
「貴方のせいでっ!私はこんな目にっ!!」
「い、ぎ、たすっ……」
だんだんと薄れる意識の中、アクリーナは無意識に《思念会話》を発動させていた。
(誰か助けて!)
一瞬視界が白くなったと思うと誰かの声がした。
「おい」
俺はグロリアの肩に手をかけると身体強化を最大に発動させ、思い切りグロリアの体を背後へ投げ、壁に激しく叩きつけた。
「がっ!は……」
グロリアは口から血を流しながら気を失い倒れた。
「アクリーナ!大丈夫か!?」
「ゲホゲホッ!グ、クー…ラス……」
すぐに俺はアクリーナに治癒魔法をかけた。
本当に危ないところだった、あと数秒でも遅れていたら最悪死んでいたかもしれない。
「は、はぁっ」
「大丈夫か?一体何があった?」
アクリーナの息が整ったところで俺は先ほどの一件について尋ねた。すると彼女はゆっくりと話してくれた。
クーラスはそれを聞き、静かに怒りをあらわにした。
「ひぐっ、うぅ……怖…かった。怖かった……」
あまりの恐怖にアクリーナは体をガタガタと震わせ泣きそうになっていた。
「あ、ぐ……」
話を聞き終わったと同時にグロリアが目を覚ました。俺は立ち上がりそいつの方へ歩いて行く。
「ぐっ……がはぁっ!?」
「グロリア、お前いい加減にしろよ」
俺はグロリアの首を掴み、そのまま片手で持ち上げた。
力を込めて首を掴んでいるので宙吊りにされているグロリアの様はまるで絞首刑のようだった。
「言ったはずだ。今後、俺らに関わるなと。それを性懲りも無く本当にふざけるな」
「げぇっ…がっ……かっ」
グロリアは首から手を外そうと必死に抵抗するもビクともしなかった。そして先ほどのアクリーナ同様に段々と意識が薄れていく。
「ク、クーラス!そこまでしなくていいよ!」
アクリーナがクーラスの側に駆け寄りそう言う
「がはっ!げぇ、がっ……はぁっ!はぁっ!」
俺はすぐに手を離しグロリアを解放すると、身体は地面に落ち、首を抑えて激しく呼吸をする。
「……悪いな、アクリーナ」
アクリーナの方へ振り返り、俺は彼女の肩に手を置くと、転移魔法を発動させた。
「え?ク、クーラ……!」
名前を言い終わる前にアクリーナは白い光に包まれ転移した。
俺はアクリーナを寮の部屋へと転移させ、この場から強引に離れさせた。
「さて」
「あぐっ!?」
俺は再びグロリアの方を向き顔面を鷲掴みにして持ち上げる。アクリーナはそこまでしなくていいと言っていたが、個人的に俺はグロリアを許せなかった。
「あのさ、『こんな目に』遭ってるのはお前らの因果応報なんだよ。わかってるのか?」
「あ、ぐっ……わ、私は…何も悪ぐ……ぐぅ!?」
掴む力をより強くしその先の言葉を言わせないようにする。
「言わせねえよ、そもそもお前らがいじめなんてしなけりゃ良かった話だろうが」
「かっ、下等な人外のくせに……!貴族に指図なんか……がはっ!!」
ますます力を込めるも、何一つ出てくる言葉に変わりはない。自分を苦しめるだけだというのに、コイツは何も反省をしようとしない。
「……ああなるほど、そういうことか。ここまでしてお前が反省しない理由がわかったよ。お前には他人の痛み、つまり良心てのが全く無いんだな」
なぜ気がつかなかった、少し考えればわかったはずなのに。以前記憶を覗いた時にコイツの一族がどれだけ腐ってるのか、そんな環境で育ったら良心なんてもの持ち合わせてるはずなんてない。
「下民なんか……虫ケラ同然……のっ、ような人外が…」
「だったら他人の痛みがわかるようにしてやるよ。グロリア、お前を今から壊してやる」
壊してやる、そう言った途端グロリアの表情が青くなった。
「今更後悔したところで遅い。今度は冗談じゃねえぞ」
「やっ…やめ……命だけはっ……」
「は?命なんか取るかよ、俺は壊してやると言ったんだ」
グロリアは何を言ってるのかわからないという表情をした。
「お前の今の人格を完全に破壊し、再形成させる。ま、記憶や知識まで消さないからお前自身が失われることはない」
最初から良心が植え付けられていないのなら、良心を植え付けた新たな人格を形成して他人の痛みをわからせる。
「けど、今のお前は完全にいなくなるから結局死ぬことと同義だろうがな」
そう言うと再びグロリアの表情が青くなる。
「ひっ、や、やめ——」
「じゃあな、《人格再構成》」
「ぎゃああああああああ!!」
グロリアの体に電流が流れているかのように激しく痙攣し、しばらくすると白目を向いて意識を失った。
そのまま俺は無言でグロリアを部屋に転移させその場を後にした。