46話 天使
テミスは俯いたまま、黙っていた。
「行ったらどうなんだ?」
「……なんで」
「ん?」
「なんで、ここまでしてくれるの……?」
テミスの目には涙目になりながらクーラスを見た。
「……アクリーナが助けてやってと言ったからかな」
実際アクリーナの言葉に後押しをされたようなものだ。家族関係になると流石に俺も同情は感じる。挙句、『自分のせいで』ということになると余計にだ。
「本当に、本当に……あり……がとう……!」
テミスの両目から涙が溢れ嗚咽混じりにそう言った。
「礼を言うならアクリーナに言え、アイツの言葉がなきゃ助けはしなかったしな、んなことよりさっさと行ったらどうだ」
「う、うん」
そう言うとテミスは後を追って学園へと入って行く。
そういえばアイツ死んだことになってるよな、知り合いとか先生に見つかったら大変なことになりそうだ。
「ふわぁ」
まあ知ったことじゃないか。さっさとゴットハルトとかに言って寮に戻ろう、眠すぎる。
俺はゴットハルトにその事を伝えると複雑な表情をした。
「うーむ、まあそう言った事情があったのなら仕方はないが……」
「何か問題でも?」
別に人前で使ったわけではないし、シャロンたちも使える。それに知ってるから目の前で使っても問題はないはずだ。
「今後の授業でやることだが、『死者を生き返らせる』ということは死者を冒涜することになると言われていてな」
死者を冒涜、か。ということはこの世界もしくは国の宗教がそういう教えになっているのか、禁属性という由来も確かそうだったな。
「それは宗教か何かです?」
「そうだ。この国の宗教では死者を生き返らせることは罪とされている」
宗教ねぇ、正直バカバカしいなとは思う。
前世でも特に信仰していたわけではないが、都合よく一生のお願いとかで神に祈ったりしたな。
「今バカバカしいとでも思っただろう。俺もそうだ。神のように抽象的な存在などあまり信じてはいない」
たしかにその通りだ。実在するかもわからない抽象的な存在を信じ、まして崇めるなど——
「けどな、俺は天使の存在は信じている」
「は?」
思わず素の反応を返した。神を信じてないのに天使を信じている?いや、あまり信じてはいないと言ったか。
「ヴィルヘルム、お前の反応が正しい。俺自身もおかしなことを言っているのはわかってる。普通は逆だと思うだろう。だがな、俺だけじゃなく他の先生——アルカイドに住む、殆どの人間は同じことを言うだろう」
「………どう言う意味だ?」
「今ここで話してもいいが、いずれ授業でやることだ。今日はもう部屋に戻って体を休めろ。そして明日はちゃんと授業に出ろ」
ゴットハルトにそう言われた途端、思い出したかのように体が脱力するのを感じた。
忠告を無視して魔法を使ったのだからな。
「ああ………そう…さ……せ……」
そこで俺の意識は途絶えた。
◇◇◇
突然大きな金属音が耳元で鳴り響き、俺は飛び起きた。
「!?」
「む、ようやく起きたか。さっさと教室へと向かえ、もうすぐ授業だ」
俺のすぐ横にはゴットハルトが両手に剣を持って立っていた。
な、なんだ?どういうことだ。何が起こっているんだ?
俺は状況が理解できずただ呆然としていると
「何をボケッとしている。あの後お前はその場に倒れこんだんだぞ」
倒れこんだ……ああそうか。
昨日ゴットハルトと話をしている途中からの記憶がない、連日の疲れが溜まって限界を迎えたのだろう。というかここはどこだ?
「ここは仮眠室だ。ちょうど近くにある場所がここだったからな」
周囲を見るとベッドが8つ置かれており、俺は入り口に一番近いところにいた。
ところで俺が倒れた後にゴットハルトが俺をここに連れてきたんだよな、てことは……いや、考えたくない。
「何をしてる。早く行け、もう授業始まるぞ」
ゴットハルトに急かされ、俺は仮眠室を出て教室へと向かった。