45話 感動に値しない
「手を出せ」
テミスの返事を待つ前にクーラスは彼女の左手首を掴んだ。
「な、何を……!」
「転移魔法を使う」
「え、転移……?」
「今すぐそこへ行くにはこれしかないだろう」
俺がそう言うとテミスは複雑な表情をした。
「どうした?」
「私……今更会いに行く権利なんてあるのかな……」
「今更何を言う。だったらもう一度死ぬか?今度はアイツらごとまとめてあの世に送ってやるぞ?」
少し脅すようなことを言うとテミスは声を荒げた。
「っやめて!リィナ達は関係ないでしょ!」
「だったら黙ってろ。それに、今のお前に拒否権はない」
そう言うとテミスは黙って俯いた。
「そうそう、さっきも言ったが俺は今魔力が足りなくてね、複雑な魔法を使うには誰かから借りなきゃいけないんだ」
「………わかったわ」
少し間を開けてテミスはそう答え、クーラスに向けて自身の魔力を放つ。
よし、これで行けるはずだ。場所は先ほど索敵で見た路地裏をイメージして——
「《転移》!」
2人の下に魔法陣が現れた瞬間、白い光に包まれ2人は消えた。
「お母さん、お腹空いたよぉ」
「ごめんね、もう少しでご飯食べれるからね」
まだ6歳になったばかりのリィナはお腹を空かせて泣いていた。
「お家に帰りたいぃ」
「ごめんね、ごめんね」
一方で母親は謝ってばかりだった。
自分の娘が自殺をしてから夫に離婚を突き出され、家を追い出されてから2日、食べる物もなくただ街を彷徨っていた。
ヴォルシア家はバイルシュミット家に次いでこの国で権力のある貴族で、そんな家の者が悪事を働いたことが知られれば信用が地に堕ちたも同然だ。
とばっちりを恐れて親類は皆縁を切り、頼れる者はおらず四面楚歌だった。
「おっと、ここから先は通行料が必要だぜ」
2人の前に細身で目つきの悪い男が1人立ち塞がった。
「有金全部置いていきゃ、命だけは助けてやるぜ」
「すいません、私たち一銭も持ってないんです……」
母親がそう言うと、男は機嫌を悪くしたように口調が強くなる。
「ああん?嘘ついてんじゃねーぞ。アンタのその身なりからして、持ってないわけねーだろうが」
「っ……私たちは、違うんです……」
「違うってなんだよ」
「その……家を……追い出されて……」
「チッ、よく見りゃ随分と汚ねぇ格好だな。仕方ねえ、そこの嬢ちゃんを連れて行くとするか」
男がそう言うと母親は娘を庇うように抱きしめた。
「こ、この子だけは!やめてください!」
「さっさとこっちに引き渡さねーと2人とも殺すぞ」
そう言って男は短剣を引き抜いて2人にゆっくりと近づいて行く。
「お、お願いします!どうかこの子だけは……!」
「早くしろ、さもないと………」
男が短剣を振り上げ母親は死を覚悟し目をつぶった瞬間だった。
「や、やめて!」
テミスが両腕を広げて間に割り込んだ。
「あん?なんだテメェ」
「こ、この2人には……手を出さないで……!」
「お前に用はねえんだよ、さっさとそこを……」
男は再び短剣を振り上げ、テミスは震えながらぎゅっと目をつぶった。
「はいそこまで、ズドンっと」
「がはっ!!」
突然男が吐血してその場に倒れこんだ。
「いきなり飛び出して行くとはな。ま、俺としてはお前が無事じゃなかろうと関係ないが」
クーラスが男の後ろからゆっくりとテミス達の方へと右手を鉄砲のような形をさせながら歩いて行く。
「で、後ろのお2人さん怪我はないか?」
俺はテミスの後ろで子供を抱きしめている女性に声をかける。
「は、はい……その……」
母親がそう言いかけた時、先に子供が口を開いた。
「お姉ちゃん!」
「リィナ……」
テミスが返事をし、その子の名前を呼んだ。それに続いて母親も口を開く。
「テ、テミス……?」
「お母さん……」
テミスの目には涙が浮かんでおり、母親はテミスの姿を見て驚いた様子だった。
「テミス……あなた……」
「お母さん!」
テミスは2人に駆け寄り抱きしめた。そして声を上げて泣き出す。
「ごめんなさい、私のせいでぇぇ……!」
「テミス、テミスなのね……!良かった……生きてたのね……」
「お姉ちゃん痛いの?」
3人はお互いに抱きしめながら1人が声を上げて泣いているという状況をクーラスは真顔で見ていた。
感動的な再会だな、と普通の人間ならば思うだろうがアイツはイジメを扇動していたクズだ。そんな人間のこんな状況を見て、感動してもらい泣きするなんて俺には到底考えられないな。
さて、そろそろ水を差すとするか。
そう思っていると先に母親の方が声をかけてきた。
「あの、助けていただいてありがとうございます!本当に、助かりました!」
「いえいえ、俺は彼女の手助けをしただけです」
罪の償いをさせるというね。
「とりあえずこんなところに居てはまたコレみたいなのがいつ来るかわかりませんし、一度学園の方へと行きませんか?」
俺は倒れている男を足蹴にしながらそう言って、3人に近づく。
「え、いえ助けていただいたうえにそんなことまで……」
「テミス、《転移》を使うから手を出せ」
母親の言葉を流し、俺はテミスの手を掴む。それと同時に俺の体に魔力が流れ込んできた。
「お2人さんも手をしっかり掴んでてくださいね」
「は、はい」
俺は手を掴んだのを確認すると魔法を発動させた。
「《転移》!」
下に魔法陣が現れ白い光に包まれて4人の姿は消えた。
「さ、到着しました。とりあえずお2人はお腹も空いているだろうし食堂でご飯を食べて来てください、その後は風呂にでも入って体を綺麗にしてゆっくりと身体を休めてください」
「何から何まで……本当にありがとうございます」
母親は深々とクーラスに頭を下げる。それを真似してリィナも頭を下げた。
「お兄ちゃんて強いのー?」
「そうだね、少なくとも君のお姉ちゃんよりはね」
「すごーい!」
リィナは興奮気味にそう言って母親に手を引かれて学園へと入って行った。
あとでゴットハルトとかに話を通しておかないとな。
俺はそんなことを考えながらテミスの方へ振り向く