43話 彼女への選択肢
テミスは虚ろな目をしてただそこに突っ立っていた。アクリーナの怯え方から何かこちらに向けて恨み言を呟いてたり睨んでたりしてるのかと思ったぞ。
けどそりゃ当然とも言えるか、何せいじめの実行犯の中でも先導していたような奴だからな。
「シャロン、アクリーナのことを頼む。俺は少し『アレ』に用がある」
「え、あ、うん……」
シャロンは何がことだかわかっていないようだがアクリーナを頼むと言われすぐそっちへ意識が向いた。
シャロンにはアレが見えてないようだな、だがそれでいい、むしろ見えていたらアクリーナ同様に怖がっていただろう。
俺はソレの目の前まで歩いていき声をかけてみた。
「おいテミス」
だがテミスは微動だにせず一点を虚ろな目で見つめている。
生者の声は聞こえないのか?けどこのまま何もしないとアクリーナが………
………テレパシーみたいに直接意識に問いかければいけるか?
俺は《思念会話》を発動させ、もう一度ソレとの会話を試みる。
(おい聞こえているか?テミス)
するとテミスがピクッと反応したあと、周囲をキョロキョロと見渡した。
(お前の目の前だ)
(!)
テミスはクーラスの姿に気がつくとビクッと震え、後ろへ下がった。
(聞こえてるな?)
(な……何……?何なの……)
(おい、何を怯える必要がある。別に今更どうこうしようとは思っちゃいない)
テミスの様子は生前のようにガタガタと震えており泣きそうな様子だった。だが頭からは血が流れているので涙が混ざっていてもわからないがな。
(少し、聞きたいことがあってな)
(……何)
(なぜ死んだ?)
(!)
クーラスがそう言った瞬間、テミスはビクッと大きく震えた。
(死んだところで、罪から逃げられるとでも思ったのか?そんなに逃げたければお前の霊魂ごと消滅させてやるぞ)
(………それで、いい……)
(は?)
思っていたことと違う返事が返ってきて俺は思わず疑問の声を上げた。脅しのつもりで言ったのだがそれでいいとは。
(それでいいとは何だ)
(……むしろ……私の、存在を消して……)
(理由は何だ)
俺がそう言うとテミスはゆっくりと語り出した。
あの後病院に運ばれ治療を受けたが、親友に対して行った仕打ちの後悔や俺に対する恐怖に耐えきれなくなり夜中に病室を抜け出し飛び降りた。
そして死んでも成仏できずに彷徨っていると、いつのまにか実家に戻っており、最後に家族の顔を見ようとして入ると、家の中はとても荒れており母親や幼い妹が出て行くところだった。
母親の顔には誰かに叩かれた痕が残っており、父親は出て行く2人の後ろからヴォルシア家の恥さらしだのそんなことを言ってドアを閉めたとのこと。
ようは自殺して遺書でいじめがバレたってことだろう。自業自得だとはいえ、関係のない人間にまで影響が出ているのは釈然としないな。
話を聞くと母親は嫁入りした立場らしく、それじゃ一方的に縁切られるのも仕方ないか、母親の方の親戚もこの一件で縁を切ったらしい。
なるほどな、そうなっては頼れるところもない、帰る家もない、これではいずれ何処かで野垂れ死んでしまうだろう。こうなってしまった責任を取るために存在を消してくれと。
(お願い………私を………)
(断る)
(っ!)
(テミス、お前はそんなこと言える立場なのか?そもそもお前らがアクリーナをいじめなければこんなことにはならなかっただろう)
(そ、それは……!)
(『家族に迷惑をかけてしまった。だから存在を消して』それで償いのつもりか?甘えんな、結局お前は自分の犯した罪から逃げたいだけだろう)
そう言うとテミスの目に涙が浮かんだのが見えた。冷酷だと思われるだろうがこんなことになったのはテミスの自業自得だ。それにこんな奴にかける情けなど俺にはない。
(罪を償いたいのなら『生きて』、『自分で』、『罪と向き合い』、償うものだ)
俺がそう言った途端、テミスの表情が悲しみに染まった。
(う……うぅ、もう……どうすれば………)
テミスは顔を手で覆いながら泣き出す。『生きて償え』この言葉は今の彼女にとって絶望を与えた。
(けど結果的にとはいえ、関係ない人間まで巻き込んでしまったのは俺のポリシーに反する。だからお前に選択肢をやろう)
(選択肢………?)
(一つは、このまま未来永劫この場所で後悔し続けるか)
一呼吸おいてもう一つの選択肢を言う。
(もう一つはお前自身が生きてちゃんと罪を償うか)
俺がそう言うとテミスの表情が絶望に染まった。
それもそのはず、この選択肢は今の彼女にとってどちらも大差ないものだからだ。