41話 説教
「さて、改めて聞こう。ヴィルヘルム、禁属性魔法を使えるだろう?」
俺は医務室のベッドに座ったまま、ゴットハルトにそう質問された。
「……ああ、そうだ」
ゆっくりと俺はそう答えた。その瞬間カレンは驚愕した。
「え?え?禁……って、え??」
そんな様子を気にも留めないようにゴットハルトは続けて言う。
「それを、どうやって使えるようになった?」
またこの質問か、何度聞かれようが答えは同じだ。
「知らん、物心ついた時から俺たちは当たり前のように使っていた。それだけだ」
俺はゴットハルトを睨みつけながらそう答える。
「俺『たち』?」
やべ、つい口を滑らせてしまった。ゴットハルト《こいつ》が何を企んでいるかわからない以上、余計なことを言うべきではない。
なんとしてもシャロンに手出しはさせない。大丈夫だ、まだ名前を言ったわけじゃない。
俺は焦り色々と思考を巡らせていると
「大丈夫だ。別に使えるからと言ってお前やフレンツェンをどうこうしようとする気は全くない」
「っ!」
シャロンの名前を出され俺は思わず動揺する。なぜわかった?いや、俺との関係性を考えればわかるか。
「なぜわかった、という顔をしているな。理由は簡単だ。筆記試験の最後の問題を覚えているか?」
「………その魔法が実在していたらどうしたいかという自由記述のことだろう」
「そうだ。表向きはただの自由記述だが、本来は禁属性魔法を使える者がいるかどうかを調べるために出題されている。毎年何人か答える者はいたが、いずれも使える者はいなかった」
「それで、何故俺だとわかった?」
そう言うとゴットハルトは無言で懐から紙の束を取り出した。それは筆記の解答用紙で1番上が俺のであった。
「お前の回答の仕方だ。今までの連中はここまで具体的に答えていない、せいぜい『金貨を増やして金持ち』だの『不死身になる』だの子供みたいな発想する者ばかりだった」
俺はゴットハルトから束を受け取り俺の回答と他を見比べる。確かにこの記述問題は俺以外の連中1行程度、多くても2行しか書いていないのに対して俺の回答は何行にも渡って書かれている。
『 私はまず盗賊や悪徳商人などの施設を襲う。そこで宝や品を強奪して回る。そして報復されないように手足を潰して二度と自力で動けないようにする。もしも舌などを噛んで自害しようものなら、そうできないように魔法をかけて自らの罪を生きて償わせることにする。悪人に対してかける情けなどないので非道な行為とは思わない。』
時間が大幅に余ったからその分ここに費やした結果がこれか、どうやら禁属性魔法は存在しないと考えている者が多いのだな。
そう考えながらクーラスは束をパラパラとめくっているとシャロンの解答用紙を見つけた。そこにはクーラス同様に具体的な内容が記述されていた。
『 私は傷ついた人の怪我を治したり争いが起こらないようにこの魔法を使いたいです。例えば誰かを傷つけようとする人がいたらその人の中にある良心を大きくし、未然に防いだり不治の病などもこの魔法を使えば治すことができると思います。』
誰かを助けようとしたり争いをしたくない、実にシャロンらしい内容だ。
「お前らの2人の回答で共通しているのはいずれも『もし実在したら』のような言葉が書かれていない、まるで自分たちは使えるからこういうことをすると言わんばかりの内容が書かれていた」
確かにそうだな、俺はそれに書いた内容の半分はすでに叶ったというか実行したが。
そんなことを考えていると今まで空気だったカレンが手を挙げて口を開いた。
「あ、あの〜お話の内容が全く見えないのですが……」
ああそういえばこの先生の存在をすっかり忘れていた。にしても困惑したような様子だな。
いきなり目の前の2人が禁属性魔法を使えること前提で話を始めたのだから当然だろう。
「実は……」
俺が自分は禁属性魔法を使うことができると言おうとした時、ゴットハルトが制した。
「カレン先生、今日ここで話したことは聞かなかったことにしてもらいたい。彼が禁属性魔法を使えることも、これから話すことも」
「き、禁属性て……」
カレンは最初のように困惑した様子でそう言った。それを無視してゴットハルトは続ける
「ヴィルヘルム、ここからが本題だ。昨日の件についてだ」
やはり聞かれるか、当然だろうな。ゴットハルトの目の前で再戦を挑まれ、全員を瀕死にまで追い込んで、1人(自殺だけど)死なせたんだからな。
「昨日のアレはいくらなんでもやりすぎだ」
それに対して俺は反論する。
「殺すな、と言われた通り誰1人として俺は殺してはいないが?」
「む、確かにそうだが……」
「それに、悪人に対してかける情けなんて俺にはない。本当だったら殺したかったくらいだ」
実際言われなければグロリアだけは殺していたかもしれない、記憶を覗いて思ったが奴どころか一族もろとも皆殺しにするべきだと思うぞ。
「確かに奴らのしてきたことは許されることではない、だからといって殺してしまえば罪にもなるし人を殺した、という事実を一生背負うことになるんだぞ」
だからどうしたというのだ。奴らを殺したところで俺に罪悪感など一切生まれない。俺は口に出さずにそう心で思った、このまま反論し続けたら延々と説教を受ける羽目になるだろうしな。
「それにお前自身は殺していなくても事実、1人亡くなっている。それについてはどう考えているんだ?」
ゴットハルトがクーラスをギッと鋭い目つきで睨む。それに対し彼は正直に述べる。
「散々罪を重ねておいて、最後は後悔したように自殺して己の罪から逃げたクズなんかに思うことなんて、全くねえな」
クーラスの口元は笑っていた。それにゴットハルトは気がついていたがそれを咎めることはなかった。彼もまた、同意見だったからだ。
「ふん、流石はアルデバランとのやりとりを覗き見ていただけはあるな」
「何のことだ?」
「あの時アルデバランから彼女以外の魔力を感じたのを俺が気づかないとでも思ったか、それに魔力の波長がお前とそっくりだったからな、すぐにわかった」
………まさか魔力で人を見抜くとは。
「クラス全員、魔力だけでわかるのか?」
「そうだな、俺が試験の時に相手をした奴らなら全員わかるぞ」
「……へぇ」
こいつは只者じゃないな、剣の実力だけでなく魔法も俺が思ってる以上に強いのだろう。おそらく、今の俺では全く歯が立たない。
「話を戻そう、お前のその強力な力、禁属性魔法は今後人前で使おうとするな。特に王族や兵士といった者の前ではな、もし知られてしまえば間違いなく戦争に利用される。魔族とだけじゃなく他国との戦争にもな」
強力な魔法は戦争に利用される、4年前に母シーナから聞いたことだ。それだけこの魔法は貴重なものなのだということを改めて実感させられた。
「別に好き好んで使っているわけじゃない、昨日のはあくまで奴らに圧倒的な力を見せつけるために使っただけだ」
「それならいい、とりあえず話はこれで終わりだ。もう夜も遅い、明日は実戦訓練だからな、さっさと帰って寝ろ」
そう言われた後、俺は医務室を後にした。去り際カレンが何か言いたげな表情をしていたが俺はそれを気に留めず出て行った。