38話 噂
ひとしきり泣いた後、シャロンは泣き疲れてそのまま眠ってしまった。
どうするか、起こして部屋に送り届けるか?いやでも——
「スー」
この寝顔を見ていると起こすのがとても申し訳ない。仕方ない、俺の部屋で寝かすとしよう。ちょうどここは2人部屋だしもう一つのベッドで寝かせればいいか。
クーラスはシャロンをベッドに運んで寝かすと自分自身も疲労による眠気で自分のベッドに戻った瞬間ばたりと倒れこんでそのまま眠った。
次の日、俺は妙な暑苦しさで目が覚めた。それになんだか動きにくい、隣を見るとシャロンが俺の腕に抱きつくようにして眠っていた。
あれ、確かシャロンをもう一つのベッドに寝かせたよな?もしや俺が寝ぼけて間違えたのか?そう思って周りを見ても確かにこれは俺がいつも使っているベッドだ。
となれば考えられることは一つ、シャロンがこのベッドに入り込んできたのだ。
まあいい、とりあえずシャロンを起こさないと俺も起きれない。無理に振り解こうとしてもガッチリホールドされているので起き上がることもできん。
「おーい、シャロン」
「ん、えへへ」
「夢見て笑ってんじゃない、お前が起きないと俺も起きれないぞ」
俺はシャロンに声をかけながら体を揺さぶる。何度か繰り返すとようやく起きた。
「う……ん…」
「起きたか」
「ん……!!!???」
目が合った瞬間、シャロンは驚いたように飛び起きた。
ふう、やっとホールドが外れた。これでようやく体を起こすことができる。
「ふぇ!?あ、え、ククククーラス!!?」
「落ち着け、気持ちは分かるが驚きたいのはむしろこっちの方だ。俺そっちのベッドに寝かせたはずだよな?」
「え、えっと……」
シャロンは昨夜の状況を思い出すように考え込んだ。
「……!!」
「どうした?」
「な、ななな何でもないっ!」
顔を真っ赤にしながらそう言った。
昨夜、トイレに起きた後そのままクーラスのベッドに入り込んだなど、言えるはずもなかった。
「そ、そうか。とりあえずさっさと着替えないと授業に遅れる」
「う、うんっ」
シャロンは一度準備をしに自分の部屋に戻って行った。
「なんだったんだ…」
……とりあえず準備するか、そういやアイツらは今どんな様子になってんだろうなぁ。ククク、こんなことなら見れるようにしておくんだったな。
クーラスはニヤニヤと悪い笑みを浮かべながら着替え始めた。
「………んで、これはどういうことかな?」
「何が?」
シャロンが俺の左腕に抱きつきながら歩いている。この状況を他人が見たら付き合いたてのカップルのように見えるだろう。どうしてこうなったのかよくわからない。
着替えて女子寮の入口でシャロンを待っていると寮から出てきた途端に抱きついてきた。
「なぜ抱きつく必要がある?」
「……怖かったから」
「怖かった?」
シャロンは無言うなづく。
怖かった?あーつまりそういうことか、怖い夢でも見て怖くなって俺の布団に入ってきたあげくこの状態ってわけか。なるほどな、まあシャロンの性格上それは仕方ない、しばらく俺が我慢すればいい話だ。
俺はそう結論付け、そのまま歩き続けた。
シャロンのペースに合わせて歩いたので始業ギリギリで教室の前に着いた。ここに来るまでの間、周囲の視線がかなり痛かった。俺らを見て驚いたりヒソヒソとする者が多かった。
「なぁ、シャロンそろそろ離れ——」
「ダメ……?」
目をウルウルとさせながらそう言った。やめろ、そんな目で見るな。思わず俺はドキッとしてしまいそれ以上は何も言えなかった。
「……入るぞ」
俺は意を決して教室のドアを開け、中へと入った。その瞬間、クラスの注目が一斉に集まりざわつく。
くっ、やはりこうなるか。だがむしろこの状態でこうならないなんて無理な話か。さっさと席につこう、流石に席に座りゃシャロンも離れるだろう。
そう思い自分の席に向かおうとした時
「え!?ク、クーラス!?」
突然アクリーナが大声をあげ席から立ち上がり俺らの方へ駆けつける。
「どうした?アクリーナ」
「な、なんで……どうして……だって、死んだんじゃ……?」
「おいおい、なんで俺が死ぬんだよ。このとーりピンピンしてるぞ?」
俺はその場で跳ねてみせた。シャロンのホールドのせいで動きにくかったものの元気だということは見せられたはずだ。
「………幽霊?」
「それだったらこんな感じにシャロンが抱きつけるはずないだろ」
俺の左腕にはしっかりとシャロンがくっついていた。
「……嘘、じゃあ……まさか……」
アクリーナの表情が青く染まる。
「どうした?」
俺がそう言いかけた時、教室のドアが開きゴットハルトが入ってきた。
「む、お前ら席つけ、イチャつくならもう少し場所をわきまえろ」
「っ!!!!!」
ゴットハルトがそう言うとシャロンは恥ずかしそうに飛び退いた。ホールドが外れたので俺は自分の席に着くと、なぜか隣にシャロンが座った。
「お前の席アクリーナの隣だろう」
「で、でもクーラスの席って隣いないし、べ、別に問題はないでしょ……?」
「……」
シャロンは顔を赤らめながらそう言った。それにしても教室の空気がおかしい、クラスメイトが何かこちらを見てボソボソと話している。
かろうじで「殺した」だの「死んだ」だの不穏な単語が聞こえてきた。シャロンの感じといい、アクリーナの様子も何だか変だったし何があったんだろうか。
にしてもやけに空席が目立つな、グロリア含め来ていないのは昨日の信者共か、手足が折れた状態で無事に帰れたのだろうか?ま、心配する必要なんかない。
そんなことを考えているとゴットハルトが真剣な表情をして口を開いた。
「……知っている者もいるだろうが、昨日このクラスの人間が5人重症の怪我を負い、病院に運ばれた。そして昨夜、そのうちの1人が………亡くなった」
ゴットハルトがそう言った瞬間、俺は驚愕した。
死因はおそらく、俺が負わせたものか、手足や眼球は元に戻したがあの出血量じゃ1人や2人死んでもおかしくはないか。
人を殺めた、というのを突きつけられ俺は感じたことのない感覚に内心色々と複雑だった。
なるほどな、これが人を殺すという感覚か。なんて………
————なんて気持ちのいい感覚なんだ!この世から汚物が1つ消えた。それを直接手がけた。なんて気分が良い。
俺がそんな清々しい感覚に酔っていると
「亡くなったのはテミス=ヴォルシア、死因は自殺だそうだ。遺書も見つかっている」
アイツか、6人の中で一番酷い状態にしてやった奴だ。思い出しても気持ちいい、親友を手がけさせたり、希望を与えてから絶望へと叩き落とした時の表情、今思い出してもそそるわぁ。
「他の4人も、しばらく学園にさえ来れない状態だそうだ」
まあ肉体的にも、精神的にも徹底的に追い詰めてやったしな。いくら腕とかが元どおりでも体に刻まれた感覚など忘れたくても忘れられまい。
しかし他の4人とゴットハルトは言ったな、テミス含めて5人、あと1人はどうしたのだ?
そんなことを考えていると教室のドアが開き、その瞬間再び教室がざわついた。
「……遅れ、ましたわ」
入ってきたのはグロリアだ。だがいつものような高飛車な態度は一切見られず、目の下のクマが酷く、髪も掻きむしったように乱れ、昨日までの印象とは遥かに違っていた。
「っ!あ、ああ早く座れ」
ゴットハルトも彼女の様子に面食らった様子でそう言った。
ククク、あの様子なら相当な効果が出たようだな。俺が昨日去り際に奴らにかけた魔法は《断罪の悪夢》、犯した罪の重さに応じた内容の悪夢を見せる闇属性の魔法だ。
この魔法をかけられたら最後、罪が完全に償われるまで恐ろしい悪夢を見続ける。
グロリアの場合だとそうだな、一族郎党皆殺しの挙句、奴隷身分に落とされ男たちの処理道具として毎日休みなく使われる悪夢をしばらく見続けるだろうな。
残りの奴らも内容は同じだろうがグロリアよりは期間は短いだろう。そうだな、グロリアが1ヶ月なら2週間といったところかな。