36話 宴は、まだ終わらない
「あぁ………ゔぁ…うぅ……」
ソレの状態はあまりにも酷いものだった。耐性の無い人間が目の当たりにしたらショックで倒れてしまうかもしれない。
手足は切断され達磨に、眼は抉られ、鼻や耳も千切られ、胴体には無数の刺し傷のあるソレは他の4人に比べ一番酷い有様だった。最早生きているのが奇跡であった。
「うーん、相変わらずしぶといねぇ。ここまでやっても死なないなんてな」
聞こえているかわからないがソレに向かって呟いた。ソレはわずかに動く口を動かして「殺して」と繰り返していた。
万一にも死ぬことがないように結界内には《不死化》をかけている。闇属性の最上級魔法、この魔法をかけられたものは死ぬことができなくなる。
たとえ心臓を貫かれようとも決して死ねない、だが強力な魔法ゆえに今の俺では効果は1時間程度しか続かないだろう。
「……ん…」
その時グロリアが目を覚ました。
「あ、わ、わだじの腕ぇ……どこぉ……?」
「だ、誰がぁ……何も……見えないぃ……」
「ごろじで……ごろじで………」
「ヒッ!?……これ、は一体……うっ、オエェェ!!」
グロリアの目に映っていたのはまるで地獄のような光景だった。周囲には血の匂いが充満し、所々でうめき声が上がっていた。グロリアはこの惨劇を目にし、自分の部下に何があったのか理解した瞬間、勢いよく嘔吐した。
「……は、はぁはぁ」
「ようやく目が覚めたか、グロリア」
「あ、貴方……」
グロリアにはもう先程までの威勢はなく、ただ怯えたようにクーラスを見た。
「さて、ようやく一対一だな。これでやっと決着がつけられるぞ」
グロリアは一瞬体をビクッと震わせた後、腰が抜けたままクーラスに言った。
「………も、もう……降参しますわ……ですから………どうか……」
「おやぁ?降参するなんて『あり得ない』と抜かしていたの誰だったかなぁ」
「う、うるさい!!とにかく私は降参しますわ!」
俺はふうと息を吐いた。
「と、言ってるがどうするんだ?」
俺は倒れている審判に向かってそう問いかけた。だが
「ごろじで……早ぐごろじでぇぇ………」
審判役であるテミスだった『ソレ』はそう繰り返すばかりでクーラスの問いかけに何も反応を示さなかった。
当然だろう、五感のほとんどを潰されているのだ何が起こっているのか見えもしないし聞こえもしない。
「………どうやら試合続行のようだぜ?」
「なっ!私は降参すると言ったじゃありませんの!」
「全ての判断は審判に任せると言ったはずだ。お前も確認しただろう。審判が降参を認めない以上、終わらない。いや、終われないんだよ。グロリア」
クーラスが淡々とそう言って、冷酷な目を向けるとグロリアの顔は青く染まりガタガタと震え出した。
「そ……そ……そんな……い、いやぁ……」
「死にたくなけりゃ、殺す気でかかってこいよ。授業の時のように」
「ひぃ……」
「貴族なんだろう?偉いんだろう?強いんだろう?平民なんかにビビってんのか?あ?」
俺はそう言いながらグロリアに近づいて行った。
「いや……こないで……」
グロリアは腰が抜けたままその場から動かない。
「どうした?最初の威勢はどこいったんだよ、貴族様よぉ!」
「うげぁ!」
身体強化を使用し、グロリアを蹴飛ばした。受け身もとらず軽く吹っ飛び無様に転がった。
「ぐっ、がは……」
「何もしてこねえとかつまらねえぞ?強気でやり返してこいよ、昨日みたいにさぁ!」
「ぐはぁ!?」
仰向けになっているグロリアの腹を俺は思い切り踏みつける。グロリアはジタバタと悶え、必死に逃れようとするもビクともしない。
そんな様子を楽しみながら俺は力を込めたり緩めたり、動かしたりして反応を楽しんだ。
「うぎぃ!?がっ!や、やめっ!うげぇぇ!!」
「ハハハハハ!!!無様だなぁ、実に愉快だ。ほらほら少しは反抗してこいよ、うん?」
「や、やめで……ぐだざ……ごうざん…」
「だからそれは通らなきゃ意味ないっつーの、もう少し抵抗してみろよっ!」
「うげぇああ!!」
踏みつける足に一層力を込めた。グロリアはただ暴れるばかりで攻撃もしてこない、そのうち下の方から粗相をした。
「あ……あぁぁ……」
「おいおいおい、まさか貴族様が漏らしちまうなんてなぁ、ハハハハハ!」
「う……くぅぅ……」
クーラスは大声で笑いながら足をどけた。するとグロリアはお腹を抑えながらゆっくりと起き上がった。彼女は羞恥と苦痛の表情を浮かべ目には涙が浮かんでいた。
「こんな……屈辱……」
グロリアはキッとクーラスを睨みつけ、彼女の目には再び貴族としてのプライドが戻っているようで、どうやら覚悟を決めたようだ。
そうだ、それでいい。やっと戻ったな、壊し甲斐のある目になったな、こうでけりゃ面白くない。
「この……役立たずが!」
グロリアはそう一喝して立ち上がった。
「役立たずって、仲間に向かってよくそんなこと言えるな」
「平民なんかにやられる奴らなど、使えませんわ」
あーあ、言っちゃったな。でもまぁコイツらとのやり取りからして、仲間としてより道具として扱っていたんだろうな。
けどコイツらもコイツらだな、こんな奴のことを妄信的に信じて、グロリアの言うことは絶対みたいに行動した結果、この有様だ。
だからといって同情などしない、むしろ感謝したいくらいだ。
コイツらのおかげで、俺は、一切の躊躇なく、欲を満たすことができた。
ククク今思い出しても気持ちがいい、血飛沫、飛び交う悲鳴、生きた人間の臓器、絆の崩壊、一気に絶望へと叩き落としたあの感触、まだまだ手に残っている。
クーラスは堪えきれず不気味な笑みを浮かべた。
「ククク、クハハハハ!!」