33話 貴族で遊ぶ
「《最後の審判》!!!」
グロリアがそう叫んだ瞬間、俺に向かって巨大な光の柱が降り注ぎ周囲が真っ白に染まる。
俺はそれを黙って受け止める。この光は触れるとその瞬間にそこが消え失せる。普通はどんな魔法を展開していようと貫かれる。
だがそれでも禁属性魔法ならば、あらゆる魔法を貫くという魔法すら防ぐことが可能だ。一見矛盾しているようだが『あらゆる魔法を貫く』ということを封じて俺は|《魔力霧散》を発動させて攻撃を無効化している。
「さてと、やるか」
俺は《魔法解除》を発動させグロリアの《幽閉結界》を無効化させた。それと同時に身体強化を使用した。
「よう」
「なっ……がはぁ!!」
周囲が光に包まれ何も見えないのを利用して、俺は信者の1人に向かって走り、鳩尾に思い切り右ストレートを食らわす。
不意を突かれたその信者はその場に崩れ落ちるように倒れた。
「あと4人」
俺はすぐその場から離脱し他の信者共の元へ走り、これを4回繰り返した。
「ふぅ」
「が……や、やめ……ぐっ」
最後の1人がうつ伏せに倒れたので俺はそいつの頭を踏みつけ光が収まるのを待った。
「い、一体何が起こったんですの!?」
そう叫ぶグロリアの声が聞こえた。しかし屑共は何も喋らない、しばらくはせいぜい唸ることしかできないだろう。
そうしていると光が収まり、他の屑共やグロリアの姿を捉えることができるようになった。
さて、楽しい時間の幕開けだ。
思わずクーラスは笑った。
「なっ……こ、これ……は、い…一体……!?」
この光景を目の当たりにしたグロリアは呆然としていた。
当然だ、確実に仕留めたと思った相手は無傷で、自分に従う優秀な部下が全員倒されていたのだからな。
「ぐはぁ!う、ぐ……」
俺は踏みつけていたモノを思いきり蹴飛ばし、グロリアにゆっくりと近づいて行く。
「クックック、残念だったなぁ。グロリア」
剣をグロリアに向けながらそう言うと、グロリアはハッとした。
「な……なぜアレを受けて……」
「俺に、あんな魔法なんぞ通用しない」
俺はそう言いながら魔法を構築し、至近距離でファイアーボールを放った。
「っ!ぎゃあ!」
火の玉は顔面に命中し、グロリアは避ける暇もなくただ悲鳴をあげた。
「さて、これはほんの挨拶だ。さっさと再開しようじゃないか」
「あ、貴方……魔法を……」
顔を抑えながらグロリアは驚いたようにそう言った。
「無詠唱で使えるのがお前らだけだと思ったか?」
俺はそう言いながら次々と魔法を放った。
「くっ!」
それに対してグロリアは、まるで先ほどの俺のように避けるのに精一杯で滑稽な踊りを見せていた。
「貴族様も随分と避けるのが上手だな」
クーラスがそう言うとグロリアはギリリと歯ぎしりをした。
しばらくクーラスが一方的に魔法を打ち続けグロリアがそれを避けるという状況が続いた。
「ふむ、一方的に攻撃だけするのはつまらんな」
突然クーラスは魔法を打つのをやめ、剣を地面へと突き刺した。
「ハァハァ、何の…真似、ですの?」
息を切らしながらグロリアは不服そうに言った。
「何、ハンデをやろうと思ってな。俺はこれから1分間、一切攻撃もしないし防御もしない、もちろん魔法も使わないぞ」
クーラスがそう言うとグロリアは屈辱的な表情を見せた。
「この私を……虚仮にして……!」
「さ、来い」
俺はグロリアを挑発するように手招きをする。
「死になさいっ!!」
グロリアは身体強化を使い一瞬で距離を詰めて剣を振り下ろした。
「フッ」
俺は鼻で笑いながらグロリアの剣を紙一重で避けた。
「この程度か?」
「っ!はぁぁぁ!!」
「クックック、威勢だけはいいな」
グロリアの剣を避けながら、俺は挑発する。その度にグロリアは怒り、剣筋が悪くなってくる。こうなってしまえば身体強化を使わずとも避けるのは容易い。
「ゼェゼェ……」
「そら、もう30秒は経ったぞ」
グロリアは怒りのまま剣をただ振り回すだけで一太刀も俺に当たらなかった。そのせいで体力を使い果たしたようだった。
「お得意の詠唱改変はどうした?」
そう言うとグロリアはキッとこちらを睨みつけて手を向けた。
「全てを焼き尽くす業火よ、神に刃向かう愚か者に、永遠の苦しみを与えよ『火炎牢獄』!」
グロリアが詠唱すると真下に魔法陣が現れ周囲を炎の壁が俺を囲んだ。巨大な炎の壁の中に閉じ込める火属性の最上級魔法だ。
すると炎が俺を飲み込もうとしてきた。
炎が俺に触れた瞬間ジュワァァと音を立てて全て消滅した。《魔力霧散》が発動したのだ。
「なっ……!?」
「はっはっは、《最後の審判》でさえ効かなかったんだぞ?魔法が俺に通用すると思うな」
「貴方……魔法は使わないと…!」
「ああ使ってないぞ?これは防具に付与された効果が勝手に発動しただけだ」
「屁理屈を……!」
グロリアはギリリと強く歯ぎしりをした。
「さて、1分経ったぞ。そんじゃ——いぎっ!?」
クーラスが魔法を打とうとグロリアに手を向けた瞬間、背後から拳大サイズの石が飛んできて後頭部に当たった。
「ハァ……ハァ…グロリア様に……手出しはさせない……!」
振り返ると信者の1人が立ち上がって俺に石を投げつけていた。
身体強化も身体硬化も使用していなかったので物理ダメージは入る。
グロリアに集中していたので背後で信者が立ち上がって攻撃することに全く気がつかなかった。
「グ…グロリア様……」
「申し訳……ぐっ、ありません……」
彼女を筆頭に呼応するかのように次々と信者達が立ち上がった。だがダメージは抜けきっていないようで腹を抑えながらや剣を杖代わりにして立ち上がる者もいた。
「まだ、これからですわ」
そう言ってグロリアは剣を構え直した。その表情にはいくらか余裕が戻っていた。
「クックック、ハーーハッハッハ!!」
「な、何がおかしいんですの!」
「お前、それでどうやって俺を切るつもりだ?」
「なっ…」
俺がそう言うとグロリアの両腕が剣ごとボトリとその場に落ちた。
「いっ……いぎゃああああああ!!!」
「グ、グロリア様!!」
痛みで思わずグロリアは絶叫する。
「がああああ!!痛い痛いいいいい!!腕がぁぁぁぁ!!」
「アハハハハハ!!」
激痛から少しでも逃れようとのたうち回る姿、激痛を少しでも紛らわそうとあげる絶叫、それらが滑稽すぎて俺は思わず声を上げて笑った。
切断面からは白い骨が見え、ドクドクと血が流れ、のたうち回るたびに周囲に血を撒き散らし、あたりには血が散乱している。その景色が何よりも俺にくるものがあった。
「あ、ああ……うぅ……」
しばらくのたうち回り、体力が尽きたのか段々と大人しくなっていくグロリアに俺は言った。
「なぁグロリア、お前は一体何をやっているんだ?」
「グ、グロリア様!腕が……!」
「うぇ……!?」
グロリアは自分の腕を見て驚愕する。そこには先ほどまで無くなっていた肘から先の腕があった。まるで最初から何事もなかったかのように綺麗だった。
今のは何だったのか?グロリアは周囲を見渡したが、辺りには血が散乱しており確かにそれは現実であると嫌でもわかった。
「あ、貴方……一体何をしたんですの……?」
「いやぁ?ちょっと遊んだだけだ」
俺がそう言ったとき、信者の1人が切りかかってきた。
「よくもグロリア様を!!」
俺はそれを同じように剣で受け止めた。
「ふむ、先にお前らを潰す必要があるか」
そう言って俺は信者を剣で押し返した。すると信者は尻餅をつき、それを見て俺は右手を上げた。
「ぐっ!?か、体が……勝手に……!や、やめ……がっ!!」
グロリアは剣を自らの体の方へと向け、そのまま腹へと剣を突き立てた。
「グロリア様!!」
「が……ごぷっ……」
グロリアは血を吐き、意識を失いその場に倒れこんだ。
「あ、貴方!!一体何を!」
「なぁに、少しの間眠っててもらうだけだ」
禁属性魔法、《操り人形》でグロリアの体を操って剣を突き立てさせた。闇属性にこれに似た《傀儡人形》という魔法もあるがそちらは意識ごと乗っ取る魔法だ。
それを改良して意識を残したまま他人を操るように開発されたのがこの《操り人形》だ。魔術の書に載っていた上級魔法だ。
「は、早くグロリア様の手当てを!!」
信者の1人がそう叫んで2人がグロリアの元へと駆け寄った。
「許さない……!」
「よくもグロリア様を!」
残った3人の信者が俺に向けて殺気を放ってきた。
ククククク、こうでなくちゃ面白くない。さぁ前菜を楽しもうか。