32話 再戦
「1つ確認しますわ。全ての判断は審判の判断に任せる。これで間違いないですわね?」
グロリアはニヤニヤとした表情でそう言った。審判役の信者も同様な笑みを浮かべている。
「ああそうだ。あと言い忘れていたが、敗北条件はどちらかの降参だ。それで頼む」
「わかりましたわ。万が一にも私が降参するなんてあり得ないことですけど」
「無駄話が過ぎたな、早く始めようぜ」
俺はそう言って審判の方を向く。
「それでは、始め!」
審判役の信者の合図と同時に、俺は授業同様に身体中に魔力を這わせて身体強化を発動させ、グロリアに向かって走った。
「今ですわ!」
グロリアがそう叫ぶとファイアーボール、風刃、ストーンバレットなどの魔法が周囲五方向から飛んできた。
「なっ!」
俺は咄嗟にその場から飛び上がり攻撃を避ける。周囲から飛んできた魔法は俺の飛び上がった位置でそれぞれぶつかり爆発を起こした。
見ると審判含めた信者全員がこちらに向けて杖を向けていた。
「これは何の真似だ?グロリア」
「何の真似、とは?」
「これは俺とお前の勝負だろう。なぜ信者共が俺を攻撃するんだ?」
俺がそう言うとグロリアは笑い出した。
「フフッ、アハハハハッ!!貴方、私が言ったことを聞いていなかったんですの?これは授業ではないからルールに従う必要はないと。貴方も言ったでしょう?全ての判断は審判に任せると」
グロリアはそう言うと審判の方へチラリと視線を向けた。
「どうかされましたか?グロリア様」
審判は首を傾げあたかも反則も何も無いような感じでそう言った。
ま、こんなの予想通りだけどな。俺がわざとこうなるように仕向けたからな。
「貴方達!私が魔法を構築する間、相手してやりなさい!」
「「「了解しました!」」」
グロリアがそう叫ぶと信者共は同時に返事をした。
グロリアは後ろに下がり俺の周りを信者が囲んだ。全員の手には杖が握られ全て俺の方へと向けられていた。
「死になさい!」
「っ!」
信者の1人が俺に向けて《エクスプロージョン》を放つ、信者にも上級魔法を使える奴がいるとはな。これは火属性の爆発を起こす魔法だ。
俺は咄嗟に避けるもその瞬間に別の信者から魔法を絶え間なく放たれ続けて、いくら身体強化を使っているとはいえ避けるだけで精一杯だった。
「ほらほらどうしましたぁ?」
「さっきまでの威勢はどこにいったんですかぁ?」
「流石は平民、逃げるのだけは上手ですわね」
避けるだけで一切攻撃をしない俺に対し信者は好き勝手に言ってくれた。
身体強化を使っているから疲れは感じないものの、ただ一方的に避け続け煽られるのは気分は良くない。そろそろ反撃をしたいところだ。
「『左右の目の色が違う』ような気持ち悪い人外と、よく一緒に居れますわね」
俺が反撃をしようと隙を伺っていると、ある信者がそんなことを口走った。その瞬間、俺の頭の中にある人物の姿が思い浮かんだ。
「全くなんであんな……ぐぶぅ!?」
「てめぇ、今何つった?」
俺はその信者の首を掴み持ち上げた。
「が、は……や、やめ……」
ほとんど首吊り状態である信者はか細い声でそう訴えるも、クーラスの耳にそんな言葉は一切届かない。
「目の色が違うだけで人外扱いか?それだけのことで?ふざけるなよ、どいつもこいつも人外人外言いやがって、それ以外は全く同じ『人間』だろうが!」
アクリーナもそうだがアイツだけじゃない、弟スヴェンもそうだ。生まれつき右目が青く、左右で目の色が違う。
今まで『人外』と言う言葉はアクリーナに対するものとしか思っていなかったが今回は違う。
コイツは、はっきりと、『左右の目の色が違う』、そう言ったのだ。そう言われ、俺が真っ先に思い浮かんだのは弟スヴェンだった。家族を貶され、黙っている人間などいない。
クーラスはその言葉にキレて審判へと掴みかかった。
「か、彼女を放しなさい!」
信者の1人がクーラスに向けて魔法を放つも、それはすぐに霧散した。
「なっ!」
「ま、魔法が効かないならっ!」
別の信者がクーラスに向かって斬りかかる。腕に剣が当たるも、腕には傷一つ付くことなく剣はギィンという音を立ててそこで止まった。
「な、何でっ!」
「……お前らはバカか?授業でグロリアの剣が砕けたのを見ていただろう」
「ぐは……う……」
俺は持ち上げていた信者から手を放し、斬りかかってきた信者に向けてそう言った。
首吊りから開放された信者はその場に崩れ落ちるように倒れ、すぐ仲間から治癒魔法をかけられていた。
「お前らの攻撃なんて効かねえよ」
そう言って目の前の信者に向かって攻撃を仕掛けようとした時、彼女は杖を取り出し魔法を使おうとしていた。
俺は杖が取り出されたのと同時に剣を振り、杖を切断した。
「なっ!杖が……」
「そら、防御しねえと死ぬぞ」
再び剣を信者に向けて振り下ろした。
「っ!し、《身体強化》!」
彼女はそう言って後ろへと飛び退いた。
「今のを避けるとは貴族様も随分と逃げるのが上手だな」
俺は先ほど言われた台詞をそのまま言い返すと、彼女はムッとしてこちらに手を向ける。
「わ、我が手に集いし魔力よ……」
「え?」
先ほどまで無詠唱で魔法を使っていたのに急に詠唱をし始め、クーラスは面食らった。
急に詠唱?さっきまで無詠唱だったよな?一体どうしたんだ?まあいい、詠唱なら対処など簡単だ。
「刃となって……!!」
信者は急に声が出せなくなりとても焦っていた。
俺は禁属性魔法、《声音奪取》を発動させ声を出せなくさせた。詠唱ならばこれだけで対応することができる。声が出なければ魔法は使えないからな。
さて、他の奴らとの相手をするか。
俺が振り返ると今まで黙って見ていた他の信者共は、ハッとなってこちらに向けて魔法を放ってきた。
「効かないと言っているだろう」
俺は飛んでくる魔法を避けずに全て受け止めた。魔法が当たるたびに全て霧散していくので俺自身には全くノーダメージだ。
その内の1人に駆け寄り、同様に杖を切断した。
「あっ……!」
「そら!」
クーラスは剣を振り下ろし、ギィンと金属音が響く。
「……残念でしたわね」
クーラスの剣は信者の頭に当たる寸前で止まっていた。
これは物理攻撃用の防御魔法か。ふむ、これはしくじったな、付与魔法さえ解除してなければ《魔法貫通》で突き抜けていたのに。
理由はあまり強い付与魔法をかけすぎると剣自体が耐えられなくなるからだ。
クーラスの使用している剣は、入学試験の時に使用していた剣であるがその時の付与魔法は剥がされていたり書き換えられていた。
さてどうするか。いい加減コイツらの相手も飽きてきたな。
そんなことを考えていると突如足元に巨大な魔法陣が現れた。
咄嗟にその場から離脱しようと足に力を込めた。だが——
「っ!?あ、足が……」
クーラスの足はまるで地面に固定されたかのようにビクともしなかった。
捕縛系の魔法か?いや、こんなもの魔術の書には載っていなかったし俺も知らない。これは……
「オッホッホ、我がバイルシュミット家に伝わる大規模結界魔法《幽閉結界》ですわ。これで貴方はその場から一歩も動けませんわ」
そう言ってグロリアは改めて俺に両手を向けてきた。なるほどな、これで俺を動けなくさせたところで強力な攻撃魔法を打ち込んでくる気か。
「降参してもよろしいのですのよ?それが通れば、の話ですけど」
グロリアが不敵な笑みを浮かべならそう言った。俺は審判の方をチラリと見るとそいつはニヤニヤとしながら腕を組んでいた。
どうせ俺が降参を宣言したところで認めず試合を続行させる気だろう。魂胆なんて見え見えだ。
「フッ、その言葉そっくりそのまま返すぜ」
俺は鼻で笑い、そう言うとグロリアは笑みを崩さぬまま言った。
「あの世で後悔するがいいですわ。『神の御名の下、罪深きその者に、裁きを与えよ』!」
グロリアが詠唱をすると俺の真上に巨大な光の球が現れた。
「ほう、《最後の審判》か」
何もかもを消滅させる光属性の最上級魔法だ。
この魔法の最大の特徴は、どんな魔法や結界すら貫く、まさに神の裁きとも呼べる魔法だ。
グロリアお得意の詠唱を改変で威力は相当上がっているようだな。俺への怒りが表されているようだ。
「死になさい、《最後の審判》!!!」
グロリアがそう叫んだ瞬間、クーラスに向かって巨大な光の柱が降り注ぎ周囲が真っ白に染まった。
「くっ!」
あまりに眩しかったのか、思わずグロリアは腕で自分の視界を塞いだ。
「なっ、ぐはあっ!!」
「ガハッ!」
「や、やめ……がはぁ!!」
「ごふぅ……!」
「!?」
突然周囲から信者達の悲鳴が聞こえてきた。それに対してグロリアは思わず驚愕する。
「い、一体何が起こったんですの!?」
グロリアはそう周囲に問いかけるも何も返答は返ってこなかった。
一体何が起きたのかわからず、ただ驚いて光が収まるまで他に何も考えることができなかった。
「……う…ん、一体、何……が……!?」
ようやく光が収まり、グロリアは腕を下ろすと目に飛び込んできた光景に思わず絶句した。
「……うぅ…」
「うぐ、ふ……」
信者達は全員うずくまったり倒れて唸っていた。
そして、その中心には信者の1人の頭を踏みつけて不気味に笑っている男の姿があった。