30話 叩きのめす
30話
そして9組の試合が終わり最後の1組、クーラスとグロリアのペアの番になった。
2人は中央のコートへと入りお互い剣を構えて睨み合う。周囲はAクラスの他の生徒が囲んでいた。
「きゃーグロリア様ーー!」
「頑張ってくださーい!」
「そんな奴さっさとぶっ飛ばしちゃってくださーい!」
特にグロリアの取り巻き、信者がグロリアに声援を送り、うるさく騒いでいた。
「では、最終試合、始め!」
ゴットハルトがそう合図すると同時に両者は駆け出し剣と剣を打ちつけあった。周囲にギィンと大きな金属音が響き渡る。
「あら、平民にしては中々やりますわね」
グロリアはそう言ってクーラスの剣を打ち払うと距離をとった。
なるほど、アクリーナの言う通り剣術も中々強い、これは父ラルスよりも強いかもしれないな。
それに動きも素早い、魔力に動きはなかったし身体強化なしでこの速さなら使ったら厄介だ、早々に決着をつけるべきか。
クーラスがそんなことを考えているとグロリアは杖を取り出しクーラスに向けて無数の《風刃》を打ち放ってきた。
ウィンドスラッシュと同じ中級魔法だがそれの上位互換で威力は高い。
周囲は無詠唱で魔法を使ったことに驚いているのとグロリアの信者が騒ぎ立てている。
だが、クーラスは怯むことなくそれらに向かって突っ込んで行く。
「あの男死にましたわね」
「わざわざ魔法に突っ込んで行くなんて馬鹿なことを」
その様子を見てグロリアの信者達は嘲り、周囲もザワついていた。もちろんシャロン達もその中に含まれている。
「クーラス!」
思わずアクリーナが声を上げた瞬間
「効かねえよ」
「なっ!?」
「この程度か」
風の刃はクーラスに当たる寸前で消滅した。そしてそのままグロリアに向かって剣を振り下ろした。
その時俺は横から魔力を感じて即座にグロリアから飛び退いた。その瞬間、俺の目の前をファイアーボールが横切った。
飛んできた方向に目を向けるとグロリア信者の1人が枠内に侵入してこちらに杖を向けているのが見えた。おそらく奴が俺に向けて魔法を放ったのだろう。
そんなことをして当然ゴットハルトが黙っているはずもなくすぐにその信者に向けて怒鳴る。
「何をしている!!結界の中に入って邪魔をするな!!」
すると信者は悪そびれた様子もなく言った。
「すみませぇ〜ん、つい興奮して周りを見ていませんでしたぁ」
「ふざけるな!明らかにヴィルヘルムを狙っていただろう!!」
俺は視線をグロリアの方に戻すといやらしい笑みを浮かべていた。やっぱコイツの仕業か、相変わらずやることが汚い。
「いいですよ、先生。興奮してたらそりゃあ誤射もしますよ」
「だがしかし…」
「大丈夫ですって、それよりもまだ終わってませんし早く再開したいんですけど」
「むう……お前がそう言うなら別に構わないが」
ま、こんくらい想定の範囲内だ。最初っから怪しいとは思ってたんだよ、ここを囲むようにぐるっと信者が配置されてるからな。あらかじめどこからでも妨害ができるようにしていたんだろう。
「さて、つまらないことで中断されちまったが再開するぞ」
「そうですわね。興奮してうっかり魔法を誤射するなんて、部下が迷惑をかけましたわね」
グロリアは先ほどと同じ笑みを浮かべながらそう言った。
さてと、全員ちゃんと結界の外に出たな。
クーラスは全員が結界の外に出たことを確認すると結界に向けて《進入不可》の魔法をかけた。
これで勝敗が決まるまで誰もこの中に入ることはできなくなった。
そしてクーラスは再びグロリアとの距離を詰め、剣を振り下ろした。
しかし、その剣はグロリアに当たらなかった。正確にはグロリアに当たった瞬間、それは残像のように消え失せた。
「なっ、これは……!」
思わずクーラスは驚愕した。
これは《幻影》か、幻影を作り出す光属性の上級魔法、流石は貴族様だ。無詠唱で上級魔法を操るなんてな。
クーラスがそう感心しているとシャロンが声を上げた。
「クーラス!後ろ!」
グロリアはいつのまにかクーラスの背後に回っており、剣を横に構えていた。
「これで終わりですわ」
グロリアはそう言うとクーラスの首めがけて剣を振った。
なるほど、《幻影》に気をとらせているうちに俺を殺すつもりだったのか。けど——
クーラスの首もとにグロリアの剣が当たる瞬間、誰もがその惨劇を見たくないと目を瞑ったその時だった。
ガキィン、という一際大きな金属音が周囲に響いたと思うと宙を舞っていたのは首ではなく、剣の破片だった。
「……え…」
グロリアは何が起こったのか理解できず、疑問と驚きの入り混じった声を上げた。
自分の手元を見るとそこには粉々に砕けた剣がそこにあり、目の前にいる男は首と胴体が繋がっており、かすり傷一つすらついてなかった。
「な、なにが起こっ…でぇっ!?」
その瞬間グロリアの顔面にクーラスの剣の持ち手がめり込み、グロリアの体は宙を舞った。
グロリアはそのまま後ろに殴り飛ばされ気を失った。
「それまで!勝者クーラス=ヴィルヘルム!」
ゴットハルトがそう合図すると同時にグロリアの信者はすぐさまグロリアに駆け寄った。
「グロリア様!」
「大丈夫ですか!?」
「ああ!鼻から血が……」
グロリアの顔はクーラスに殴られたことによって鼻が折れ出血していた。
案外大したことねえな、大言壮語吐いてたのはどっちなんだか。色々とどうブチのめそうか考えてたがアッサリ勝敗がついたな、つまらない戦いだった。
そんなことを考えているとグロリアが目を覚まし、ゆっくりと起き上がった。
「グロリア様!」
「ああ良かった…」
「あ、貴方。反則するなんて卑怯ですわよ!」
グロリアはクーラスを睨みつけながらそう糾弾する。
「反則?なんのことだ」
とぼけたようにそう返すとグロリアの表情が怒りに満ちて何かを叫びかけた時、先に信者がキレた。
「ふざけないで!拳で殴るなんて明らかにルール違反でしょう!」
「そうよ!ルールには"剣"か"魔法"を使って戦うと書いてあったじゃない!」
「先生もちゃんと見ていたんですか!?」
口々に反則だのルール違反だの叫ぶうるさい信者共を見て、俺は呆れたように言った。
「お前らの目は節穴か?俺は剣の持ち手で殴ったんだぞ。ちゃんと俺は剣を使ったんだからルール違反も反則もしていないだろう?なぁ先生」
「その通りだ。ヴィルヘルムはちゃんとルールに則って戦い、勝利した。ただそれだけだ。それを言うならば貴様らがしたことの方が反則ではないのか?」
ゴットハルトはそう言ってグロリア達を睨み、信者達は思わず目を背けた。
「ま、とにかく勝負は俺の勝ちだな。グロリア」
クーラスがそう言うと信者達は納得できない様子で言い返してきた。
「こんな勝負で納得なんてできませんわ!」
「そうよ!そうよ!」
「そもそも殴るなんて鬼畜外道よ!」
口々にクーラスに向かって糾弾する。その様子を見てクーラスは呆れた。
「あのなぁ…」
「やかましいぞ貴様ら!」
「先生は黙っててください!」
「教師風情が口出しするな!」
「なんだと貴様!!」
ゴットハルトが一喝すると、今度はゴットハルトに向けて信者達は糾弾し、罵倒大会が始まった。
「こんなので勝ったつもりだなんて、流石はあちらの人外とつるんでるだけありますわね、気持ちの悪い」
グロリアはクーラスに向かってそう言った。するとクーラスの様子が変わった。
「なんだと?」
「あら?私は事実を述べただけですわよ」
昨日クーラスに言われたことをそのまんま言い返し、グロリアはニヤリと笑う。
「………わかった。放課後だ、放課後にもう一度ここへ来い。今度こそ決着つけてやるよ」
クーラスは冷静な口調でそう言った。
「放課後ですわね、首を洗って待っていることね」
グロリアはそう言って立ち上がり、信者を引き連れて教室へと戻っていった。信者共はその間俺に向けて嫌味や悪口を言ってニヤニヤとしていた。
「……さて、放課後ここ貸切にしてもいいか?」
俺は早速ゴットハルトにそう聞いた。
「ああ、構わん。だが殺すんじゃないぞ」
「分かってますよ」
殺して楽にするなんて、俺の趣味じゃない。