114話 発光現象
メリークリスマス
「なあクーラス」
「なんだ?」
チヨが出て行くとアレスにそう声をかけられ、俺は返事をする。
「この掛け軸に書かれてる文字さ、俺らには記号か何かにしか見えないけど、本当に文字として読めるのか?」
「……そうだ」
少し考えた後、俺は頷く。
さっきも動揺してしまったし、今さら隠し通せるわけもない。
「そうか……」
「……それだけか?」
「それだけとは?」
「なぜ読めるのかとか、気にならないのか?」
俺が逆の立場であればそんな事を聞いている。
もしくは同じ転生者ではないかと疑うかもしれない。
「いや、別に?」
「何か言いたくない事情があるみたいだし、無理に聞かないわよ」
「さっきも動揺して、言い淀んでからね」
三人にそんなフォローをされて少し心が軽くなる。
「そう、か」
だが、いつまでも隠すわけにはいかない。
今はまだ心の準備ができてないが、いずれは話そうとは思う。
俺には、前世の記憶があり、この文字が使われている世界から転生したと。
天使のことも話す必要はあるかな?
転生云々の件で突っ込まれたら、話そうかな。
「……あたしとしては、聞きたいところだけど、あんた達がそうなら聞くのは無粋だな」
よかった。できれば最初は親しい人達にだけ話したいからね。
そんな事を思ってると障子がガラッと開いて、そこからチヨと男の神主が入ってくる。
神主の格好は前世でのイメージとほぼ同じ格好だった。
リキューさんや、萌えないのにも力注いだんか?
まあ、リアリティを追求するのであれば気持ちは分からんでもない。
女の神主の姿なんていたのかもしれないけど、俺には想像つかない。
「初めまして皆さま、私はミリオン=リキューという者です。この千本神社の神主をしております」
そう名乗った初老の男性はお辞儀をする。
姓名がリキューということは子孫なのか?
にしてもまた名前を聞いて笑いそうになった。
ミリオンて……サウザンだから、そこから何百代と続いているのか?
「彼はこの国に文化を広めた、かのサウンド=リキューの子孫の一人です」
チヨがそう説明する。
断言するということは、間違いなく子孫なのか。
子孫にしては日本人らしい要素が遺伝していないということは、リキューも転生者だったのだろうか。
もしくは何百代とこの世界の人間の血が混ざったせいで、極限に薄れてしまったのだろうか。
どちらにしても、リキューの子孫の一人ということは、他にもいるのだろう。
「クーラス=ヴィルヘルムさんと言いましたね。貴方は間違いなく我が先祖が遺した書物が読めるのですね?」
「はい……」
俺は頷く。
「では……祈祷の準備をいたしますので、全員セイザをしてください」
神主にそう言われて俺以外の全員が首を傾げる。
「今、クーラスさんがしている座り方ですよ」
チヨに名前を言われ、アレス達が俺の方へ視線を向ける。
「そんな座り方をするんだ」
「何か意味はあるんですか?」
「我が先祖が言うには、『大事な話を聞く時の聖なる姿勢』だそうです。ただ、慣れてない人にはキツイので、限界が来たら崩して構いません」
聖なる姿勢って……
それ以外は間違っちゃいねえけどさ。
そういう誤解を招くような言い伝えになってるの、そりゃ何代と続けば途中でねじ曲がるだろうけど……
なんかなぁ……
神主にそう言われて皆は正座をする。
俺はなんていうか、畳だったから正座する習慣がついていたんだろうな。
十四年あまり経ってるが日本人の感性というやつだろうか。
「それでは、祈祷を始めます」
つーか、祈祷って何を祈るんだ?
大方、この世界に訪れるであろう災厄に対してことだろうけど。
「〜〜〜」
神主は先程のチヨみたいに理解できない言語?呪文のようなものを唱えながら、祈りを捧げている。
それから十数分が経過した頃。
「う、なんだか足が痛くなってきた……」
「私も……」
「これは、キツイわね……」
「ぐ……痺れてきた……」
俺以外の三人、そしてププも正座に慣れていないせいで、足に限界がきていたようだった。
「〜〜〜」
神主は相変わらず呪文を唱えていて、チヨはその横でただ立っているだけだった。
いつまでかかるんだ?
俺は平気だけど、俺以外が限界だぞ(主に足が)
それから数分が経過すると、とうとう俺以外に限界がきた。
「もう、ダメ」
「限界だわ……」
「う……」
ププ以外の三人が足を崩して、正座をやめた。
「ププさんは大丈夫なんですか?」
「あ、あたしはまだ平気だ……」
その割には顔がものすごく引き攣っている。
「クーラスも大丈夫なの?」
「ああ、全然平気だけど……」
俺は慣れてるからな。
この体でも平気みたいで良かったけど。
「これ、いつまでかかるんだろ?」
「さぁな……あ、あたしには分かんねぇ。こ、こんなこと初めてだからな……」
「あまり無理しない方が……」
「あたしはそんなにヤワじゃねえ!」
「ププさん、祈祷中はお静かに」
それまで黙っていたチヨがププにそう注意を促す。
俺ら普通の声量で会話をしてたのに、そっちを先に注意するのか。
「せめて小さい声でお願いします」
というか、普通は皆黙るものでは?
その辺りも曖昧すぎねえか?
「〜〜〜ミカエル〜〜七大天使〜〜」
と、そのとき神主が呪文の合間にそんな単語を言うのが聞こえてきた。
ミカエル、七大天使、いずれもこの世界で信仰されているものだ。
すると神主の声量が段々と大きくなっていった。
「ね、ねえシャロン。貴方、何が光ってない?」
「え?」
アクリーナの言葉に皆が注目すると、確かにシャロンの体は青白い光に包まれているのが見えた。
「な、なんだ?何が起きてるんだ?」
「大丈夫か?」
「う、うん。私はなんともないけど……」
いつから光ってんだ?
本当に何が起きてるんだ?
「……う、ぐうう……」
その時誰かのうめき声のようなものが聞こえてきた。
「お、おい今度はなんだ?」
「う、ああ……不快な祈りを、今すぐにやめるのじゃあ!」
俺の背後からそんな叫びが聞こえ、振り向くとフィリアが影から這い出てきた。
「おい、フィリア」
「うるさいのじゃあ!不快なその呪文を唱えるでない!」
苦しそうな表情をしながらフィリアは俺の影から飛び出し、神主の方へ飛びかかろうとした。
「お、おい!」
「のじゃああああ!!」
すると命令違反によって雷がフィリアの体に走り、そのまま気を失った。
「全くこいつは……」
よく考えたらコイツは魔族なんだし、聖なる呪文とかそういうのが弱点なんだろう。
とにかく何事もなくて良かった。
「う……」
パタン
「シャロン!?」
ホッと胸を撫で下ろした瞬間、シャロンがプツンと糸が切れたように倒れた。
「どうした!?しっかりしろ!」
「ねえシャロン!?どうしたの!?」
シャロンは目を瞑ったまま、眠っているように気を失っていた。幸い、呼吸もちゃんとしてるから死んでいるわけではない。
相変わらずシャロンの体は青白く発光したままで、何が起きてるのかがさっぱりわからなかった。