111話 千本の桜
「お待たせしましたぁ〜」
アンコがワゴンを押して俺たちの食事を運んでくる。
そこはお盆じゃねえのかよ。
そんなどうでもいいことを考えながら運ばれてきたものを見ると、やはり名前の通り『白米』のご飯だった。
おお、実に十四年ぶりではないか……!
米だ……白米の飯だ……!
そして、配られた食器には『箸』があった。
「何これ?」
「食器、なの?」
「どうやって使うんだ?」
三人が箸を見て戸惑っている中、俺は懐かしさと空腹でいただきますも言わずにハクマイを頬張り始めた。
うむ、美味い!この世界の白米も、前世と変わらない味だ。懐かしい!
白米に何もかけず、ただの白飯だが今の俺にはそれで十分だった。
「……なんでクーラスは涙を流してるのかしら?」
「なんかこの国に来てから様子がおかしくない?」
「というか、あっさりこの棒を使いこなせてるのが気になるぞ」
やべ。また三人から不審な目で見られてるぞ。
どう誤魔化したものか。
「ええっとな……!」
と、ここで俺はとあるものが目に入った。
「そう!あれだよ、あれを見て使い方がわかったんだよ!」
俺が指さしたのは店の壁に貼られていたこの店のポスターだ。
それには箸を持ってご飯を食べる着物姿の女の人が描かれており、この店の宣伝をしていた。
「ああ、なるほどね」
「それでも、見ただけで分かるなんてすごいよ」
「いや、分かっても使いこなせるもんじゃないぞ?」
確かにアレスの言う通り、箸ってのは結構難しいのだ。
気がついたら使えてたから、いつ頃から訓練をしていたのかはわからないけど、幼少期から両親が使わせたんだろうなと思う。
「すいません、おかわり」
「もう食べたの!?」
久々に米を食ったので一気にかき込んでしまった。
「はっはっは、食欲旺盛だな!アンコ、大盛りにしてやれ!」
「はぁい、かしこまりましたぁ」
白飯だけで大盛りか、流石に食えるかどうか不安だ。
「シャロンたちは食べないのか?」
「い、いや、そもそも……」
「これが使えないから、食べたくても食べれないよ」
む、確かにそうか。
「スプーンとか置いてませんか?」
「あるぞ。あたしが持って来よう」
そう言ってププが店の奥へと消える。
いいのか、勝手に入って。
まあ店主と知り合いっぽいし大丈夫か。
その後、運ばれてきた大盛りの白飯を平らげて、デザートにこの店おすすめのものをいくつか持ってきてもらった。
その菓子とやらが……
「『生ヤツハシ』と『芋ヨーカン』、あと『ミタラシ団子』ですね」
またもや俺は吹き出して、皆から不審な目で見られました。
もうお腹いっぱいです。二重の意味で。
◇
「いやー食った食った」
「クーラス、よくあの量食べれたね」
「見ているだけでお腹いっぱいになりそうだったわ」
俺は別に大食いってわけじゃない。前世でも、この体でも一般的な量でお腹いっぱいになる。
さっきはそれ以上に、大食いチャレンジかと思うくらいの量を食べ切ったのだ。
「まあ……美味かったからな」
懐かしみもあった。この世界の料理は不味くも無いし、米に対して執着心も特になかったが、一度目にすると止まらなくなる。
「よーし、それじゃあ次はさっき言った『千本神社』に案内するぞ」
神社ねえ、特に信仰心とかないけど、都合の良い時だけ神頼みをしたもんだな。
この世界ではまだしたことないけど。
むしろこの世界に来て神頼みは無意味だと知らされた。
なんせ世界を創造した神が怠け者で部下に仕事をぶん投げてる駄女神らしいからな。
結局、自分の事は自分でやれって話だ。
そんな事を考えているうちにププがその千本神社とやらの説明を始めていた。
「その神社はな、建物の造りは全く違うが、アルカイドや他国でいうところの教会みたいな所で、神聖な場所なんだ」
まあ解釈は色々とあれど、仮にも日本人が伝えたものなんだ。ある意味で『神聖な』場所だろうよ。
「ちなみに名前の由来はな……」
そう言ってププが指差した先で、視界が桃色で埋め尽くされた。
「あそこに見える、千本のサクラが由来だと言われているんだ」
サクラ、桜ね。
この世界にも桜、あったんだ。
「きっちり1000本なんですか?」
「いや、多少の誤差はあるが1000本以上あるのは確実だ。毎年、役人が数えているから間違いない」
久しぶりに桜を見たな。
お花見とか幼い頃に行った事はあるけど、ほとんど記憶にない。
せいぜいテレビとかで今年はどうとかの記憶しかない。
それにしても、この世界の桜は前世と少し違うんだな。
もう夏だってのに、全てが満開に咲いているのだから。
「そして何より、毎年春になるとーー」
「それにしても、綺麗な花ですよね」
あまりにも美しく咲いていたので、俺は思わず言葉を口に出した。
「え?」
「視界一面を桃色で埋め尽くすほど、綺麗に咲いてますよね。今が開花の時期なんですか?」
そう言うと全員が首を傾げていた。
「え、何言ってるのクーラス?」
「あそこには緑の木しかないわよ?」
「は?」
コイツらは何を言ってるんだ?どう見ても、満開の桜が咲いているだろうが。
「いやいや、どう見ても桃色にしか見えないだろ?満開になってますよね?」
俺はププに確認を取るように言う。
「いや、彼らの言う通り……というか、サクラは春にしか咲かないぞ?」
え?
「そこのお方、もしや、あのサクラが咲いているのが見えるのですか?」
声がした方を見ると、巫女の格好をした女の人が現れた。